悪役令嬢の兄のやり直し〜侯爵家のゴーストと呼ばれた兄ですが、せめて妹だけは幸せにしたいと思います〜

ゆう

文字の大きさ
上 下
26 / 49
やり直し

20

しおりを挟む
アリサがいなくなり数日。僕は母親がいなくなってしまったような寂しさを感じていた。

だがそんな時は彼女にもらったリボンを取り出す。

それは自分の幸せを願ってくれている人がいるという証のようで、眺めているだけで勇気づけられる気がした。

そして、せっかくならそのリボンを使えるようになろうと、ティアに髪の結い方を教わりはじめた。その結果、僕は編み込みや凝ったアレンジまで色々な結い方が出来るようになった。

まあそのせいで、最近ティアの髪をセットしてあげるのが僕の役目になってしまったのだが。


そうして落ち着きを取り戻しつつあったある日のこと、ゾーイから手紙が届いた。話したいことがあるのでまた家に遊びにこないかとのことだ。

ティアとテオもぜひという言葉に僕は承諾の返事を書いた。

彼女がこんな曖昧な手紙を送ってくるのは珍しい。話とは一体何だろうかと気になりつつアダムス伯爵家へと3人で向かった。

ちなみに、テオもティアほどではないが彼らとは面識がある。なので、僕達3人はすっかり伯爵家の人たちと打ち解けていた。それこそ本当の両親以上に…

伯爵家に到着し、見慣れたクリーム色の廊下を進む。彼女たちの肖像画にも慣れたもので、まるでここの方が自分の家のように落ち着く気さえした。

「ジョシュ!久しぶりね。」

部屋に入るとすぐ彼女が出迎えてくれた。相変わらず元気一杯の彼女に自然と笑顔になる。

「ゾーイ!久しぶり。元気だった?」
「ええ、元気よ!」

「ゾーイ嬢、お久しぶりです。」
「…久しぶりね。」

テオとティアも各々に挨拶をする。ティアはまだゾーイと折り合いが悪く、少し気まずいようだ。

やや程度の差はあれ4人で数ヶ月ぶりの再会を喜び合い、後ろにいる彼女の家族たちにも挨拶をする。

そして、ひと段落したところでアダムス伯爵が口を開いた。

「今日は呼び出してすまない。ぜひジョシュア君に話したいことがあってね。」
「僕に話、ですか?」

伯爵が直に僕に話があるなど今まで無かったことだ。やや緊張して次の言葉を待つ。

「ああ、ゾーイとのことだ。ぜひ君に婚約を申し込みたいと思ってる。」

「なっ!?」
「なるほど。」

僕が反応するより早くティアとテオが声をあげた。

「お兄様に婚約なんて、まだ早いですわ!」

いやいや、ティアは僕より年下なのにもう婚約してるよね?と彼女の言葉に突っ込みたい気持ちを抑えて伯爵を見る。

「大変嬉しい申し出なのですが、なぜ僕に…?」

すると伯爵は一瞬ゾーイに視線を向けた後、気まずげに咳払いをした。

「あー、まあなんだ。君たちは幼い頃から仲がいいし、ジョシュア君なら娘を預けても安心だからだ。うちは伯爵家だが、様々な商会とのつながりもあるし金銭的にも裕福だ。侯爵家としても婚姻を結ぶメリットはあると思う。」
「はい、それはもちろんです。むしろ侯爵家としては願ってもない申し出だと思います。ただ…ご存知の通り僕は後継ではありません。爵位を賜われるかも怪しいのにゾーイの婚約者など…彼女の立場を不安定にしてしまいます。」

ゾーイと家族になることができたらとても幸せだろう。だが、僕は平民になるかもしれないというのに、彼女を巻き込むことはできない。

「ジョシュ、私はそんなこと…!」
「いや、こんな状態じゃ、君の婚約者になんてなれないよ。もし僕が平民になったら、君は家族や友人たちと同格でいられなくなってしまう。」

そう言って伯爵に向き直る。

「このようなありがたい申し出を頂いておきながら恐縮ですが、お断りさせてください。」
「…そうか。それは残念だ。こちらとしては君が平民になったとしても我が家が援助をすれば問題ないと思っていたのだが。」
「婚約者の家族に支援してもらって生活をするなんてできません。」
「そんな…ジョシュ…」

ショックを滲ませる彼女に、女性側からの婚約の申し出を断るという無礼を働いたことを申し訳なく思う。

あと、なぜかホッとしたように胸を撫で下ろしているティアには、もう少し空気を読んでもらいたい。

「ふう、それなら仕方ないな。だが、一つ聞かせてくれ。君はゾーイをどう思ってる?」
「ゾーイは…明るくて優しくて、僕が知る限り最高の女の子です。彼女と結ばれる人は幸せだと思います。」
「なっ!」

僕がそう答えるとゾーイは顔を押さえてそっぽを向いてしまった。何か気にさわるようなことでも言ってしまっただろうか。

そして、その回答を受けて考え込んでいた伯爵が再び顔を上げる。

「そうか。君の気持ちは理解した。ゾーイとの婚約が嫌なのではなく、あくまで彼女のためを思っての選択ということだね?」
「はい。」
「では一つ、婚約に代わる約束をしないか?」
「約束、ですか…?」

僕が首を傾げると、彼は面白そうに笑って続きを口にした。

「ああ、ひとまず今日は婚約の話は無かったことにする。だが、将来君の立場が確定したとき、それがどんなものであってもゾーイが婚約を望めば婚約をしてくれないか?代わりにアダムス伯爵家は君を援助する。」

その提案に僕は目を瞬いた。

「援助と言われましても、僕など何も…」
「今はそれでいいし、必要なければそれでもいい。だが婚約の件だけだと一方的すぎるからね。君にリスクを背負わせる分の対価だとでも思ってくれ。」

確かにアダムス家の支援があれば今度ティアの未来を変える際に役立つかもしれない。だがそんな事情にゾーイを巻き込んでもいいのだろうか。

「ゾーイには平民になるリスクをしっかり教えておくし、それが無理だと思ったら別の人に嫁がせる。そもそも君は先ほどの理由で言うと誰とも婚約をするつもりはないのだろう?」
「ええ、それはまあ。」 
「なら悪くない申し出だと思うのだがどうだろう?」

僕は彼の提案について考えてみる。確かに、僕は誰とも婚約などするつもりはなかった。

だからその申し出で制約を受けるとすれば、ゾーイが全てを受け入れ僕との婚約を望んだ場合、それを断れないということだけだ。

むしろ都合の良すぎる内容に、何か裏があるのではと勘繰ってしまう。

だが彼の真剣な瞳からは娘の幸せを願う父親の顔しか伺えなかった。

「わかりました…そのお話、謹んで受けさせていただきます。」 

するとゾーイと伯爵は歓喜の表情となり、後ろに控えていた彼女の家族たちも「よしっ!」だとか「良かったわね!」だとか各々で歓声をあげている。

唯一後ろから「そんな!」という悲痛な声が聞こえてきたが、反応している余裕はなかった。

「それでは、不甲斐ない僕ですが、もし彼女が僕を選んだとしても恥ずかしくないよう、精一杯頑張りますので、これからもどうぞよろしくお願いします。」

僕はそう言ってその約束を受け入れた。

「ああ!よかった。ゾーイもこれで良かったろ?」
「も、もうっ!お父様ったら強引なんだから。でも、まぁ…良かったわ。」
「ああ、そうそう。この話はウッドセン侯爵にも私から手紙を書くから。」
「え?でもそんなことしたら…」

アダムス伯爵家はお金持ちだ。ゾーイが僕と婚約するかもしれないなんて話をしたら、お父様はなんとしても縁をつなげようとするのではないだろうか。

「こちらとしても悪い話ではないのでな。君は気にしなくてよろしい。」
「そう、ですか…そう仰るなら分かりました。」

これはティアの運命を変えるだけでなく、ゾーイを幸せにする力までつける必要がありそうだ。

ずいぶん難易度は上がってしまったが、僕は不思議とふわふわした気分で帰路に着いた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。 これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい…… 王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。 また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでのこと。 ……やっぱり、ダメだったんだ。 周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中 ※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。 ※諸事情により3月いっぱいまで更新停止中です。すみません。

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

処理中です...