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第四章『魔王城で婚活を!?」
第74話 鎮魂の舞
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いくらか日が経過した。
魔界戦線にはクライドの暴走が知れ渡り、魔物の群れとの戦闘で負傷した人数は約三〇〇〇人に及び、一二〇〇人近くが命を落とした。
死亡者には、ヴィーヴィルに感染し、行方不明となっていた兵士達が大勢いる。
彼らは、捕縛しようとした兵士たちを殺し、捕縛された者も暴走した挙句、絶命したのだった。
不幸中の幸いというべきか、魔王が世界に誕生してから継続的に襲来する魔物の群れはめっきりと数がり、ヴィーヴィルに感染した兵士が現れることも無くなった。
襲ってきたとしても、ヴィーヴィルに感染していないはぐれ魔物が数匹程度で、負傷者が多い防衛部隊でも暇を持て余すほどだった。
そして今日、雨がしとしと降る中で、戦死者の正式な弔いが、戦線から少し離れた場所で行われた。
防衛部隊、支援部隊、救護部隊、戦線を維持してきた全ての者達が、急造の墓標の前で悔恨の言葉を口にする。
「あらあらまぁまぁ。ウチより先に逝っちまうなんて、ほんと罰当たりな奴らだね。十年二十年付き合ったあんた達のことは、本当の家族だと思ってたんよ」
いつも通り箒にのってふわふわと浮かぶリルムの声色は、少し震えているような気がした。
ヒミカやユーマ、誰しもがやるせない想いを遺体を燃やす篝火へと向ける。
けれど、どれだけ悲壮に顔が歪もうと、決して涙を見せない男がいた。
男は、見えない岩で押しつぶされるかのような重たい空気を躊躇わず引裂いた。
「さ、悲しむ時間はもう終わりだ。今日も戦線を守れたことだし、またいつもらしくパーッとやってこうや」
「ガイさん……」
「おうよ、防衛部隊隊長、ナイスガイのガイだぜ、はっはっは」
茶化すようなガイの態度に、周囲は凍り付いたままだ。
誰もが、宴を開くような気分ではない。
それは、友が死んで生きる希望がないとか、死者への冒涜だとか、不謹慎だからという理由だけでなく。
「そんなこといったって、両腕が……っ!」
ガイの右腕は肘から先が、左腕は肩口からばっさりと無くなってしまっていた。
「おいおい、泣くなって嬢ちゃん。俺ぁ女の涙にゃ弱いんだからよ」
照れて頭を掻こうとして、ガイは初めて両腕が無いことに気付く素振りをした。
「はっはっは。……ったく。手がないからどうしたよ?」
「どうしたって……!」
「可哀そうに見えるってか? そりゃ嬢ちゃんが決めることじゃねぇな。腕が無くたって足がある。そりゃあ酒は飲みにくいし他の兵士と比べたら実力は劣るだろうさ。けどよ、腕のある無しや実力の差なんて、本当に大事なことの前じゃあ関係ねぇ。自分がどうしたいか、さ。踊り子の嬢ちゃんなら分かるだろ?」
「……っ!」
うん! と言いたかったけど、無性に涙が止まらなくて嗚咽しかでてこない。
「あ、俺にとっての一番大事なことは防衛に成功した後の酒な」
初めて、周囲の兵士達の硬直が解け、朗らかな笑いに包まれた。
「そうそう! もう悲しい顔しないの、ヒミカ! シャキッとしなさい!」
「リルムさんだって、涙で顔がしわくちゃです!」
「誰が婆ァだって!?」
「よし、よし。少し温まってきたな。身体も心も。そうだ、お嬢ちゃん」
「はい?」
「嬢ちゃんたちはこれから魔王城へ向かうんだろ? なら、出発前にここで一発踊ってくれねぇか?」
「踊るって、急に言われても」
「俺はともかく、他の奴らはまだまだ辛気臭くてよ。嬢ちゃんの踊りならこいつらを元気づけることができるんじゃねぇか?」
「そうでしょうか」
「それだけじゃねぇぞ。どうせ俺達は勇者じゃないただの兵士だから、魔王城には行けねぇ。地割れもあるしな。だからパーッと見送ってやりたいんだよ、魔界線線を救った勇者を。土ン中のこいつらもそうさ」
役立たずの【踊り子】にできることなんてないと思っていた。
ローブで肌を隠して、目立たないように旅を続けるのが当たり前になっていた。
「俺達も、真っ当な冒険者や騎士、傭兵から外れた役立たずさ。ここに【踊り子】の嬢ちゃんを馬鹿にするヤツはいねぇ。皆、後に歴史に名を残す勇者ヒミカの踊りを見てみたいんだ」
気付けば、周囲の視線がヒミカに注がれていた。
今までだったら、赤面して何か言い訳をしたり、ユーマを頼ったりしただろう。
けれど、弱いヒミカをガイが、ここにいる皆が吹き飛ばしてくれた。
力が湧いてくる。
心の底から、お礼をしたい。
「みんなに、私の踊りを見てほしい、です」
自分の口から初めて、前向きな言葉が出た気がした。
ローブを脱ぎ捨て、真紅のベラが露になる。
「……【鎮魂の舞】」
天に向かって手を掲げる。
土の中で眠る死者の魂の架け橋となるように。
ステップを踏む。重ねる。一つ、二つ、三つ。
「──綺麗」
誰かが息を吞んだ。
降りしきる雨の中を軽やかに舞う勇者の姿は、荒れ果てた土地に咲く一輪の花のように燦然と輝いていた。
(ガイさんの言う通りだ。悲しむことも大切だけど、今もう十分だ)
【踊り子】が戦いに全く不向きな【適正】だとしても、魔王を倒さなければならないように、戦線の兵士達も前を向かなくちゃならない。
だからこそ、悲壮を奏でるのではなく、勇気を鼓舞するのだ。
(やらなくちゃ。見てなさい……私が魔王を堕とす)
「おい、見ろよ!」
「空が急に……?」
誰かが指を差し、空を見上げる。
分厚い雲に覆われていた空がみるみる内に裂け、光がカーテンとなって降り注ぎ、重なるようにして虹が架かった。
「すごい、今日はずっと雨だと思ったのに」
「勇者様のお力だ!」
地鳴りのような歓声と拍手がヒミカを包み込んだ。
「あ、ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げるヒミカは中々顔を上げられない。
恥ずかしいのだ。
これまでと違って、嬉しくて。
「いやあ嬢ちゃん、すんげぇ踊りだったぜ! 出発しちまうのが名残惜しい程によ!」
『そうさ、今度は我のお家で踊ってもらうからね』
晴れているのに、雷鳴が鳴り響いた。
ただの雷ではない。
屈強な兵士達でさえもが、思わず委縮してしまう程の重圧。
「なんだ?」
「この声……まさか魔王!?」
『いかにも。我は魔王。勇者を迎えに来たのさ』
魔界戦線にはクライドの暴走が知れ渡り、魔物の群れとの戦闘で負傷した人数は約三〇〇〇人に及び、一二〇〇人近くが命を落とした。
死亡者には、ヴィーヴィルに感染し、行方不明となっていた兵士達が大勢いる。
彼らは、捕縛しようとした兵士たちを殺し、捕縛された者も暴走した挙句、絶命したのだった。
不幸中の幸いというべきか、魔王が世界に誕生してから継続的に襲来する魔物の群れはめっきりと数がり、ヴィーヴィルに感染した兵士が現れることも無くなった。
襲ってきたとしても、ヴィーヴィルに感染していないはぐれ魔物が数匹程度で、負傷者が多い防衛部隊でも暇を持て余すほどだった。
そして今日、雨がしとしと降る中で、戦死者の正式な弔いが、戦線から少し離れた場所で行われた。
防衛部隊、支援部隊、救護部隊、戦線を維持してきた全ての者達が、急造の墓標の前で悔恨の言葉を口にする。
「あらあらまぁまぁ。ウチより先に逝っちまうなんて、ほんと罰当たりな奴らだね。十年二十年付き合ったあんた達のことは、本当の家族だと思ってたんよ」
いつも通り箒にのってふわふわと浮かぶリルムの声色は、少し震えているような気がした。
ヒミカやユーマ、誰しもがやるせない想いを遺体を燃やす篝火へと向ける。
けれど、どれだけ悲壮に顔が歪もうと、決して涙を見せない男がいた。
男は、見えない岩で押しつぶされるかのような重たい空気を躊躇わず引裂いた。
「さ、悲しむ時間はもう終わりだ。今日も戦線を守れたことだし、またいつもらしくパーッとやってこうや」
「ガイさん……」
「おうよ、防衛部隊隊長、ナイスガイのガイだぜ、はっはっは」
茶化すようなガイの態度に、周囲は凍り付いたままだ。
誰もが、宴を開くような気分ではない。
それは、友が死んで生きる希望がないとか、死者への冒涜だとか、不謹慎だからという理由だけでなく。
「そんなこといったって、両腕が……っ!」
ガイの右腕は肘から先が、左腕は肩口からばっさりと無くなってしまっていた。
「おいおい、泣くなって嬢ちゃん。俺ぁ女の涙にゃ弱いんだからよ」
照れて頭を掻こうとして、ガイは初めて両腕が無いことに気付く素振りをした。
「はっはっは。……ったく。手がないからどうしたよ?」
「どうしたって……!」
「可哀そうに見えるってか? そりゃ嬢ちゃんが決めることじゃねぇな。腕が無くたって足がある。そりゃあ酒は飲みにくいし他の兵士と比べたら実力は劣るだろうさ。けどよ、腕のある無しや実力の差なんて、本当に大事なことの前じゃあ関係ねぇ。自分がどうしたいか、さ。踊り子の嬢ちゃんなら分かるだろ?」
「……っ!」
うん! と言いたかったけど、無性に涙が止まらなくて嗚咽しかでてこない。
「あ、俺にとっての一番大事なことは防衛に成功した後の酒な」
初めて、周囲の兵士達の硬直が解け、朗らかな笑いに包まれた。
「そうそう! もう悲しい顔しないの、ヒミカ! シャキッとしなさい!」
「リルムさんだって、涙で顔がしわくちゃです!」
「誰が婆ァだって!?」
「よし、よし。少し温まってきたな。身体も心も。そうだ、お嬢ちゃん」
「はい?」
「嬢ちゃんたちはこれから魔王城へ向かうんだろ? なら、出発前にここで一発踊ってくれねぇか?」
「踊るって、急に言われても」
「俺はともかく、他の奴らはまだまだ辛気臭くてよ。嬢ちゃんの踊りならこいつらを元気づけることができるんじゃねぇか?」
「そうでしょうか」
「それだけじゃねぇぞ。どうせ俺達は勇者じゃないただの兵士だから、魔王城には行けねぇ。地割れもあるしな。だからパーッと見送ってやりたいんだよ、魔界線線を救った勇者を。土ン中のこいつらもそうさ」
役立たずの【踊り子】にできることなんてないと思っていた。
ローブで肌を隠して、目立たないように旅を続けるのが当たり前になっていた。
「俺達も、真っ当な冒険者や騎士、傭兵から外れた役立たずさ。ここに【踊り子】の嬢ちゃんを馬鹿にするヤツはいねぇ。皆、後に歴史に名を残す勇者ヒミカの踊りを見てみたいんだ」
気付けば、周囲の視線がヒミカに注がれていた。
今までだったら、赤面して何か言い訳をしたり、ユーマを頼ったりしただろう。
けれど、弱いヒミカをガイが、ここにいる皆が吹き飛ばしてくれた。
力が湧いてくる。
心の底から、お礼をしたい。
「みんなに、私の踊りを見てほしい、です」
自分の口から初めて、前向きな言葉が出た気がした。
ローブを脱ぎ捨て、真紅のベラが露になる。
「……【鎮魂の舞】」
天に向かって手を掲げる。
土の中で眠る死者の魂の架け橋となるように。
ステップを踏む。重ねる。一つ、二つ、三つ。
「──綺麗」
誰かが息を吞んだ。
降りしきる雨の中を軽やかに舞う勇者の姿は、荒れ果てた土地に咲く一輪の花のように燦然と輝いていた。
(ガイさんの言う通りだ。悲しむことも大切だけど、今もう十分だ)
【踊り子】が戦いに全く不向きな【適正】だとしても、魔王を倒さなければならないように、戦線の兵士達も前を向かなくちゃならない。
だからこそ、悲壮を奏でるのではなく、勇気を鼓舞するのだ。
(やらなくちゃ。見てなさい……私が魔王を堕とす)
「おい、見ろよ!」
「空が急に……?」
誰かが指を差し、空を見上げる。
分厚い雲に覆われていた空がみるみる内に裂け、光がカーテンとなって降り注ぎ、重なるようにして虹が架かった。
「すごい、今日はずっと雨だと思ったのに」
「勇者様のお力だ!」
地鳴りのような歓声と拍手がヒミカを包み込んだ。
「あ、ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げるヒミカは中々顔を上げられない。
恥ずかしいのだ。
これまでと違って、嬉しくて。
「いやあ嬢ちゃん、すんげぇ踊りだったぜ! 出発しちまうのが名残惜しい程によ!」
『そうさ、今度は我のお家で踊ってもらうからね』
晴れているのに、雷鳴が鳴り響いた。
ただの雷ではない。
屈強な兵士達でさえもが、思わず委縮してしまう程の重圧。
「なんだ?」
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