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第三章『王子様、現る!?』
第70話 剣扇舞踏
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突風が巻き起こる。
勇者の墓を支える柱に亀裂を生むほどの烈風に、クライドとユーマは目も開けて居られない。
「クソが……ッ! 武器一つ手に入れて私最強ってかぁッ? ふざけんな! 勇者もたまたま、武器もたまたま。そんなご都合主義、納得できるワケねぇだろうが! 聖剣だが聖扇だが知らねェが、そいつは俺のモンだ!」
「……っ」
ヒミカは遅まきながら、ようやく覚悟を決めた。
(もう、誰かの所為にしない。『好きで勇者になったんじゃない』なんて言い訳しない)
例えば、目の前で魔物に襲われそうな人がいたとする。
誰かが助けなければならない。
怖くても、足が竦んでも、誰かが助けなければその人は死んでしまう。
自分の力が足りなくて、助けられないかもしれない。
逆に自分が襲われるかもしれない。
(それでも)
他責思考で、言い訳並べて、見て見ぬフリをして後悔したくないから。
魔物が魔王で、襲われた人が世界そのものであったとしても。
(だから、クライドにその役目は渡せない。私が、勇者なんだ!)
「はあああっ!」
風を纏って華麗に舞う。
追いかけるようにクライドも脚力を活かして跳躍する。
空中で大剣を振りかぶり、文字通り風穴を開けてヒミカへ肉薄する。
剣と剣が激突した。
岩のような切っ先を扇の親骨で防ぐ。
「力で受け止められるなんて、思い上がるなよ!」
(──わかってる)
だからヒミカは、受け止めた瞬間に、手首を返しながら、開いていた扇を畳む。
「何っ!?」
正面から対抗するのではなく、受け流す。
まるで社公ダンスの如く、剣扇を起点としてくるりと身を翻した。
端から見れば、踊っているようにしか見えない。
ただし、その踊りはひたすらに速く、華麗で、そして鋭いのだ。
「ぐああああああっ!?」
すれ違いざま、ヒミカが脇をすり抜けた直後、剣扇に切り裂かれたクライドの左足から鮮血が噴き出した。
「なぜだ、なぜ俺様が、役立たずのヒミカに負ける!? なぜ、魔物達が墓に雪崩れ込んでこない!?」
「魔物……?」
「ヒミカさん、今、戦線はクライドが呼び寄せた魔物の群れが再び襲ってきて、大変なことになっています。みなさん、宴の途中で、負傷してしまった人も……っ」
視界の端でユーマが悔しそうに項垂れた。
「クライド……っ!」
頭に血が昇って、剣扇を握る手が震えた。
「残念だったなァヒミカ、そうだよ。俺がけしかけたんだよ。聖剣を手に入れるのと同時に、ウザったい戦線を崩壊させようってなァ。さぁどうする? こんな狭い墓穴なんざ、すぐさま魔物がヒミカを苗床にしようと雪崩れ込んくるぞ?」
「でもヒミカさん、きっと大丈夫です。なぜなら──」
「分かっとるやん、ユーマ」
「その声は……っ!」
暗闇から箒に乗ったリルムがふわふわと浮きながら現れた。
箒の柄はあちこちがささくれて、衣装も無残な姿になっている。
「クライド、あんたが言ってた魔物の群れってこいつのことやろ? 最近肩と腰が痛かったからいい運動になったわぁ」
ドサリ、と何かがリルムに投げいれられた。
ジャイアントオークの頭だった。
首の断面は焼き切られた跡があり、血は止まっている。
「馬鹿なっ!? まさか、全て倒したと言うのか!? しかも、魔物の中でも強力な上、ヴィーヴィルによって手が付けられないほど凶暴化していたはずなのに」
「いちいち驚くなって。ウチと優秀なあんたの部下で、おーる燃やし尽くしたよ。クライドもウチのことはよーく知っとるでしょ?」
「リルム、この……先代勇者と一緒にさっさと逝っちまえばと思っていたが、こ、の……妖怪ババァがあああァッ!」
「怖い顔すんなや。化け物なのはどっちさ」
リルムが杖を振るうと、小さな火球が放たれ、クライドに激突した。
「がああああっ!?」
万全のクライドなら苦もなく避けられただろう。しかし、ヒミカの剣扇によって右手を失い、左足を負傷している今、回避が間に合わない。
「その身体、勇者の攻撃しか効かないんでしょ? でもこの状況、どう考えてもあんたが不利だけど、まだ続けるつもり?」
「クライド、もうやめて。腕と足は、本当にごめん。でも、今ならまだ命は助かるからもう──」
「やめるだと? とまんねぇよ。知ってるだろ、ヴィーヴィルに感染したヤツはな、遅かれ早かれ暴走する。だから、さっさとお前を孕ませなきゃならないんだよ、ヒミカァアアアアッ!」
闇雲に突進する。すかさずユーマが大盾で進路を塞ぐ。
クライドは片足のみで跳躍してユーマを躱すと、魔物のように鋭く尖った左手を振るう。
しかしヒミカが払いのけるように剣扇を振るうと、巻き上がる突風にあっけなく身体を攫われ、転がり落ちてしまった。
「もう、ヒミカのダンスの相手は務まらないよ」
ポツリとリルムが呟いた。
仰向けに倒れたクライドはもうピクピクと身体を蠕動させることしかできない。
(暴走……)
サブルブ村で会った村長の有様が脳裏に浮かぶ。
「う、ううぅウッ! 孕む! 孕ませロ、ヒミカァアアッ!」
「クライド! もうどうにもならないの? クライドが小さい頃から、お金持ちで、負けず嫌いで、見栄っ張りなことは知ってたよ! でも、勇者になるために魔王の眷属になるなんて、クライドらしくない。めちゃくちゃだよ!」
ヒミカを嘲笑うかのように、露出したペニスがケタケタと揺れた。
「クライド……お前と僕は、勇者にはなれませんよ」
あらぬ方向へ飛んで行ったはずの折れた剣を拾ったユーマが、クライドに近づいていく。
「お前と僕は、ヒミカさんと違って、優しくないですから」
「ユーマ?」
「ヒミカさん、トドメを」
ユーマは振り返らないまま、確固たる意志で言った。
勇者の墓を支える柱に亀裂を生むほどの烈風に、クライドとユーマは目も開けて居られない。
「クソが……ッ! 武器一つ手に入れて私最強ってかぁッ? ふざけんな! 勇者もたまたま、武器もたまたま。そんなご都合主義、納得できるワケねぇだろうが! 聖剣だが聖扇だが知らねェが、そいつは俺のモンだ!」
「……っ」
ヒミカは遅まきながら、ようやく覚悟を決めた。
(もう、誰かの所為にしない。『好きで勇者になったんじゃない』なんて言い訳しない)
例えば、目の前で魔物に襲われそうな人がいたとする。
誰かが助けなければならない。
怖くても、足が竦んでも、誰かが助けなければその人は死んでしまう。
自分の力が足りなくて、助けられないかもしれない。
逆に自分が襲われるかもしれない。
(それでも)
他責思考で、言い訳並べて、見て見ぬフリをして後悔したくないから。
魔物が魔王で、襲われた人が世界そのものであったとしても。
(だから、クライドにその役目は渡せない。私が、勇者なんだ!)
「はあああっ!」
風を纏って華麗に舞う。
追いかけるようにクライドも脚力を活かして跳躍する。
空中で大剣を振りかぶり、文字通り風穴を開けてヒミカへ肉薄する。
剣と剣が激突した。
岩のような切っ先を扇の親骨で防ぐ。
「力で受け止められるなんて、思い上がるなよ!」
(──わかってる)
だからヒミカは、受け止めた瞬間に、手首を返しながら、開いていた扇を畳む。
「何っ!?」
正面から対抗するのではなく、受け流す。
まるで社公ダンスの如く、剣扇を起点としてくるりと身を翻した。
端から見れば、踊っているようにしか見えない。
ただし、その踊りはひたすらに速く、華麗で、そして鋭いのだ。
「ぐああああああっ!?」
すれ違いざま、ヒミカが脇をすり抜けた直後、剣扇に切り裂かれたクライドの左足から鮮血が噴き出した。
「なぜだ、なぜ俺様が、役立たずのヒミカに負ける!? なぜ、魔物達が墓に雪崩れ込んでこない!?」
「魔物……?」
「ヒミカさん、今、戦線はクライドが呼び寄せた魔物の群れが再び襲ってきて、大変なことになっています。みなさん、宴の途中で、負傷してしまった人も……っ」
視界の端でユーマが悔しそうに項垂れた。
「クライド……っ!」
頭に血が昇って、剣扇を握る手が震えた。
「残念だったなァヒミカ、そうだよ。俺がけしかけたんだよ。聖剣を手に入れるのと同時に、ウザったい戦線を崩壊させようってなァ。さぁどうする? こんな狭い墓穴なんざ、すぐさま魔物がヒミカを苗床にしようと雪崩れ込んくるぞ?」
「でもヒミカさん、きっと大丈夫です。なぜなら──」
「分かっとるやん、ユーマ」
「その声は……っ!」
暗闇から箒に乗ったリルムがふわふわと浮きながら現れた。
箒の柄はあちこちがささくれて、衣装も無残な姿になっている。
「クライド、あんたが言ってた魔物の群れってこいつのことやろ? 最近肩と腰が痛かったからいい運動になったわぁ」
ドサリ、と何かがリルムに投げいれられた。
ジャイアントオークの頭だった。
首の断面は焼き切られた跡があり、血は止まっている。
「馬鹿なっ!? まさか、全て倒したと言うのか!? しかも、魔物の中でも強力な上、ヴィーヴィルによって手が付けられないほど凶暴化していたはずなのに」
「いちいち驚くなって。ウチと優秀なあんたの部下で、おーる燃やし尽くしたよ。クライドもウチのことはよーく知っとるでしょ?」
「リルム、この……先代勇者と一緒にさっさと逝っちまえばと思っていたが、こ、の……妖怪ババァがあああァッ!」
「怖い顔すんなや。化け物なのはどっちさ」
リルムが杖を振るうと、小さな火球が放たれ、クライドに激突した。
「がああああっ!?」
万全のクライドなら苦もなく避けられただろう。しかし、ヒミカの剣扇によって右手を失い、左足を負傷している今、回避が間に合わない。
「その身体、勇者の攻撃しか効かないんでしょ? でもこの状況、どう考えてもあんたが不利だけど、まだ続けるつもり?」
「クライド、もうやめて。腕と足は、本当にごめん。でも、今ならまだ命は助かるからもう──」
「やめるだと? とまんねぇよ。知ってるだろ、ヴィーヴィルに感染したヤツはな、遅かれ早かれ暴走する。だから、さっさとお前を孕ませなきゃならないんだよ、ヒミカァアアアアッ!」
闇雲に突進する。すかさずユーマが大盾で進路を塞ぐ。
クライドは片足のみで跳躍してユーマを躱すと、魔物のように鋭く尖った左手を振るう。
しかしヒミカが払いのけるように剣扇を振るうと、巻き上がる突風にあっけなく身体を攫われ、転がり落ちてしまった。
「もう、ヒミカのダンスの相手は務まらないよ」
ポツリとリルムが呟いた。
仰向けに倒れたクライドはもうピクピクと身体を蠕動させることしかできない。
(暴走……)
サブルブ村で会った村長の有様が脳裏に浮かぶ。
「う、ううぅウッ! 孕む! 孕ませロ、ヒミカァアアッ!」
「クライド! もうどうにもならないの? クライドが小さい頃から、お金持ちで、負けず嫌いで、見栄っ張りなことは知ってたよ! でも、勇者になるために魔王の眷属になるなんて、クライドらしくない。めちゃくちゃだよ!」
ヒミカを嘲笑うかのように、露出したペニスがケタケタと揺れた。
「クライド……お前と僕は、勇者にはなれませんよ」
あらぬ方向へ飛んで行ったはずの折れた剣を拾ったユーマが、クライドに近づいていく。
「お前と僕は、ヒミカさんと違って、優しくないですから」
「ユーマ?」
「ヒミカさん、トドメを」
ユーマは振り返らないまま、確固たる意志で言った。
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