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第三章『王子様、現る!?』

第65話 魔王

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 ぴしゃりと手を撥ね除けられた。
 驚いて漏れた声は、喉に引っかかって、呼吸の仕方さえ忘れてしまう。
 
 次の瞬間、思いきり胸ぐらを掴まれた。
 乱暴に扱われても、深紅のベラは破れることなく、大きすぎる胸が零れ落ちるように外側へはみ出した。

「お前が俺の夢をぶち壊したのか、ヒミカ」

「なに、言ってるの、クライド……?」

「今お前が言っただろう! ヒミカ、お前が勇者だと! ふざけるな、ふざけるな!! あの役立たずのヒミカが、役立たずの【踊り子】の分際で、最強【竜剣士】であるクライド様を差し置いて勇者だと? しかも娼館で働いている娼婦で魅了の力? なんだそれ。ああそうだな、確かにお前は汚らわしい」

 目には見えない言葉が、鈍器となって頭蓋を殴打し、刃物となってヒミカを串刺しにしていく。
 拒絶されても仕方ないと思った。拒絶されるべきとも自身を断じた。
 けれど勇気を出して伝えたのは、幼い頃の記憶がヒミカとクライドを今も繋いでくれていると思ったから。

 こんな結末は、あんまりだ。

「どうして……。どうしてそんな言い方をするの? 私だって、学び舎スクールでクラスの子にイジメられていた私を慰めてくれた、クライドのことを……っ! クライドだって!」

「俺が、ヒミカのことを……?」

 澄み切ったアクアマリンの瞳は、鉛色に濁っていた。

学び舎スクールトップの優秀な剣の成績を修め、次期勇者候補だと崇められた俺様が、貧乏人で役立たずなお前に声をかけた理由がわかるか?」
 
 知りたくもない。
 すっかり怯えきたヒミカを嘲笑うクライドの、端正な顔の口元が耳まで裂けるほどに歪む。

「ヒミカぁ、お前がガキのくせにエロい身体していたからに決まってんだろ」

「……っ!?」

「けどお前、恥ずかしいのか知らないけど、一丁前にガードが堅いのなんのって。勇者候補の俺が雌豚を抱いてやるってのによ。挙句の果てに学び舎スクールを中退してお預けだと? 調子に乗りやがって、お前まで俺を馬鹿にするのか? ああ、そうだ。ヒミカ、今ここで俺の時間と、夢をぶち壊した詫びをしろよ」

 まくし立てたクライドが、何のためらいもなく下半身の鎧とズボンを自ら剥ぎ取った。

「ひっ……」

 異形の男性器。
 先日、ヒミカが手で扱いたとは全く違う。

 竿全体が充血して血のように赤い。
 蜘蛛の巣さながらに張り巡らされた血管の一つ一つが、遠目から見ても脈打っているがわかる。
 先端はやじりの如く尖っていて、一度挿入したら簡単には抜けないようにがついたエラを張っている。

「なによ、これ」

「ククク……クカカ! 勢い余って、俺様が人間辞めてるってことがバレちまったぜ! まぁいいさ。目的の勇者が目の前にいるんだからよぉ」

「クライド……? いや、あなた誰なの!?」

「誰も彼も、ボクだよ。正確には、遠隔でヴィーヴィルと繋がっているだけの精神的な存在だけどね」

 急に、声の雰囲気が幼い子供の声に変わった。

「魔王……!? あんたが全ての元凶……っ!」

 ヒミカは思わず後ずさるも、そこが限界だった。
 レンガの破片がパラパラと音を立てて落下していく。

「バカだよねぇも。遊撃部隊だかなんだか知らないけど、ノコノコ魔王城の近くに現れてさ。ヴィーヴィルならともかく、魔王族は勇者の力を宿した神聖武装がないと倒せないのになぁ。たまたまの練習をしていた、ボクと出会っちゃったのが運のツキだね。余りにも弱っちくて、『力が欲しい、勇者になりたい』って嘆くもんだから、お望み通り力を与えてやったんだ。勇者を滅ぼす側として、ね」

「クライドは、ヴィーヴィルに操られて……?」

「おおっと。都合よく解釈しようとしているけど違うよ。ボクは魔王であって、クライドの別人格じゃない。だから勇者ヒミカ、クライドがキミに対して吐いた、ボクでさえドン引きする程の汚らしい言葉の数々は、正真正銘の本音、本物だよ」

 涙が頬を伝う。
 暴言を笑って流せるほど、ヒミカは強くない。
 今更被害者うるつもりなんてない。
 
 悲劇のヒロインを演じようなんて思わない。
 
 ただ、夢を見ていたかった。
 どれだけ貧乏でも、苦しくても、いつか素敵な王子様が助けてくれる。
 そんなありきたりで平凡な夢を見ることすら、許されないのだ。

「さて、と。それじゃあボクは眠くなってきたし、退散するよ」

 クライドが欠伸をするように唾を吐き捨てると、何か黒いものがべちゃり、と落ちた。
 唾液塗れのヴィーヴィルだった。

「なんだ? 今、一瞬意識が……? まあいい。俺の役目はまだ成長途中の魔王様に代わって勇者を殺すこと。……いや、すぐには殺さねぇ。その前にヒミカ、お前の身体はこのクライド様がしゃぶり尽してやるよ」

 魔王の意識がクライドに戻ったらしいけど、もうどうでもよかった。
 ヒミカは全身の力が、抜けたまもう動けない。
 踊り子としても、勇者としても必要とされてない。

(私に、一体何の価値があるの? もう、どうでもいいよ)

「魔王族と勇者のセックスなんて前代未聞だよなぁ。たぁっぷりナカ出ししたら、悪魔の子を孕むのか? ククク、魔王様には申し訳ないが、先に美味しく頂きますか」

「う……」

 ウネウネと動く肉の触手と、蛇のように長い舌を揺らしながら、クライドがヒミカに襲いかかった。

「う、うああああああああああああああっ!」
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