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第三章『魅了H。駆出し淫魔は大悪魔に誘惑され、黒い天使は嫉妬する』

第六十七話「告白初夜」

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「え……」

 思わず、シトラスは箸をテーブルの下に落としてしまった。
 何も持っていない右手だけがそのまま、時が止まったかのように硬直している。

「たまにドジな所や、シトリーを真似した喋り方。ミカエリや、僕に対してだってそう、シトラスは甘い。とても、僕が知っているような悪魔らしくない」

「宋、真」

 わなわなと肩を震わせるシトラス。
 その瞳には、強い困惑の様子が見て取れた。

「でも僕は、そんなシトラスのことが、好きなんだ」

「……なっ!?」

 あまり驚かれると、こっちも恥ずかしくなってくる。

「告白の続き。さっきは言えなかったから」

 シトリーの【魅了魔法】で、僕はシトラスに想いを告げる時のことを思い出す。

 あの時は強引に射精を導かれ、快感に屈してしまった。
 男なら仕方ないと思うかもしれないけど、悔しいものは悔しい。

 だから、今度こそハッキリと言う。

「で、でも。我のこと、悪魔に向いてないって」

「うん。一番最初に会った時、僕はシトラスを天使だと勘違いした。実際に、君の正体は悪魔見習いじゃなくて、ミカエリと同じように天使だった。そして、今も」

「う、うむ」

「だから、僕にとってシトラスは悪魔なんかじゃない。僕の人生をこんなにも照らしてくれた、天使なんだよ。僕は、天使のシトラスが大好きだ」

「…………!」

「それに、甘いというのは、僕も同じだからね。むしろ、シトラスが残虐な性格じゃなくてよかったと思ってるんだ」

 心地良い沈黙が僕達を包み込む。

 シトラスは呆けたように、僕のことをまじまじと見つめる。
 次に、今度は視線を下げて、僕の作った料理に視線を配ると、話題を逸らすように喋りはじめた。

「そ、そういえば。宋真が作ってくれた料理は、どれもおいしかったぞ」

「えへへ、一生懸命レシピを調べたんだ。そう言ってくれると嬉しいな」

「ところで、このニラ玉や、牡蠣の炊き込みご飯。レバーの串焼き。どれもこれもその、精がつくものばかりだな」

「そ、そうだね」

「こんなに精力をつけて、どうするつもりなのだ? まるで、誰かとエッチする準備みたいだぞ」

「うん。多分、シトラスが考えている通りだよ」

「…………、」

「…………。」

 お互いに顔を真っ赤にして固まる。
 気まずさから逃げるように、無言で箸を動かし合う。

 どうしよう。すごく、恥ずかしい。
 けど、ここまで来たらなるようになるしかない。

 やがて、沢山あった料理は綺麗に胃袋に収まった。
 二人揃って手を重ね合わせる。

「「ごちそうさまでした」」 
 
 同時に、空気を読んだ給湯器が、お風呂が沸いたことを告げた。

 うん、ここはレディファーストだ。

「シトラス、お風呂沸いたから、先入っていいよ。しばらく入ってなかったから、気持ち悪いでしょ?」

「う、うむ」

 食器を片付けたシトラスがそろそろと部屋を出ていき、浴室の中へと消えた。
 ごそごそと服を脱ぐ音が聞こえて、ようやく僕は一息つく。

「宋真?」

「えっ、あっ、なに? 何か忘れ物でもした?」

 振り向くと、ドアの隙間から顔を出したシトラスが、顔を赤らめながらこっちを見ている。
 首から下は裸なのだろう。
 もう何度も見ているハズなのに、僕は興奮して目を逸らす。

「宋真も一緒に、入ろ?」

 鼓膜を突き刺す一撃。
 渾身のストレートを顔面に喰らったかのような衝撃。

 でも痛みじゃない。これは、嬉しさだ。

 覚悟を決めた。

 始まるんだ。

 僕とシトラスの、恋人同士の、甘い時間が。

 二人は吸い寄せられるように、狭い浴室の扉の奥へと消えていった。
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