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第三章『魅了H。駆出し淫魔は大悪魔に誘惑され、黒い天使は嫉妬する』

第五十八話「職場の女の子と二人で遊園地で遊ぶって、普通のことだよね?」

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「芥さん? ここって……」

 普段使わない路線で揺られること一時間。

 改札を出ると、歓喜と殺伐が入り混じったような異様な雰囲気。
 でも、みんな一様に笑っている。

「ん? TDP。私も来るのは初めてだが」

 そこは、日本で知らない人はいない、恋人聖地庭園、東京ドリームパーク(TDP)だった。

「そ、そう。僕もなんだけど……。ってか、どうしてここに?」

 目の前に立つ芥さんは普段のスーツではなく、おしゃれな私服姿だった。
 印象的なのは、黒と紫色をベースにした、悪魔モチーフのダークファッション。

 元々スタイルがよく、肌の白い彼女の着こなしは見事。
 一見コスプレか何かと見間違えそうだけど、ここ、夢の園ではなんら問題ない。

「この前買った文庫の、応募者キャンペーンで、当たったから。ペアチケット」

 芥さんは刺々しいデザインのカバンから文庫を取り出した。

 そこには、『夏到来! 購入者限定応募企画、夏を満喫するプレゼントキャンペーン』と、本より目立つ帯が巻いてあった。
 文庫の売り上げ促進のために開催された企画なのだろう。
 そこには確かに、一等賞としてTDPのペアチケットが書かれていた。

「本当だ、すごい。芥さんは運がいいんだね」

「まあ、大抵のことはどうにでもなる」

 そこまで喜ぶことではないと、そっけない返事。
 ミステリアスというか、いまいち雰囲気が掴めないんだよね。

「でも……どうして僕と? ペアチケットって、普通彼氏彼女でいくものだよね?」

「そういう考え……童貞なの?」

「なっ!? え、いや」

「違う?」

「え、あ、まぁ…………。はい」

 またやらかしてしまった。

 童貞特有の、なんでもかんでも物事はカップルのために存在していて、独り身の自分には関係ないと皮肉る痛いヤツ。
 しかも童貞は一応卒業してるのになんとまあ、しどろもどろな回答。

 あーあ、絶対童貞だと思われてるよ。

「へぇ、違うんだ……。ふーん」

 ここで、初めて彼女が本気で興味を示すような態度を見せた。

 だけど、そもそも何でここに芥さんといるのか理解できてない僕は、睡眠不足も相まってイラついてくる。

「僕のことなんてどうでもいいよね? 僕と芥さんは、職場が同じだけの関係なんだから」

「すまない……悪かった」

「あ、こちらこそ、ちょっとムキになってごめん……」

 あっさりと謝られて、逆に申し訳なくなる。
 でも、こんなに迫られると、美人局とか本気で心配するんだ、男は。

 それに、倉林さんみたいな例もあるし。

「実は……宋真さんの気持ちを知りたくて」

「……? 芥さん? それってどういう」

 僕が訝し気に聞き返すと、彼女はなぜか僕らの背後を凝視していた。

 何かあるのかな?
 僕も視線を向けるけど、大勢の人だかりで何も見えない。

 やがてこちらに振り向き直ると、僕の唇にそっと人差し指を当てた。

「──紫織。ノット芥。オーケイ?」

「……オーケー」

「私は宋真さんとTDPで遊ぶの、オーケイ。宋真さんは?」

「い、いや遊ぶのはいいんだけど、どうしてかなって」

「私が、宋真さんのこと、気になっていたから。それじゃダメか? 私のこと、信用できない?」

 僕より身長の高い芥……紫織がじっと僕のことを見つめてくる。

 道の真ん中でずっと立ち止まっているから、僕たちを避けるようにして大勢のカップルが通り過ぎていく。

 その様子を見てたら、僕は自分が馬鹿らしくなった。

 こういうところなんだ。
 僕が童貞だった理由。

 なまじ女の子に優しい、ガツガツしてない風を装って、その実内面では女の子の好意が確認できないと自分から動けない。
 そんなんだから、女の子は僕に近づいてこないし、僕もまた、自ら女の子を遠ざけていた。

 職場の女の子と遊園地で遊ぶ。
 別に恋愛感情がなくなって、遊ぶことぐらい世間では当たり前のことだろう。

 後は、僕がしたいかどうかだ。

「……正直、僕もTDP、初めてだから楽しみなんだよね」

 いつもテレビや雑誌で紹介されてるのを見て、『馬鹿みたいにはしゃいであほらしい』なんて思っていた。

 でも違う。

 本当は、僕もしてみたかった。

 例えば、恋人と二人で絶叫マシンに乗ったり、キャラ物のアクセをお揃いでつけたり、一つのアイスを二人で分け合ったり……。

 別に恋人じゃなくてもいい。
 そんな線引きは重要じゃない。

 女の子と、デートらしいデート、してみたい。

「じゃあ、初めて同士、たくさん経験しよう」

「うわっ?」

 芥さんは僕の腕に自分の腕を絡ませると、そのまま入園口に向かう。

 温かくて、柔らかい感触。
 それと、ふわりと香る女の子の匂い。

 端から見れば、僕たちのそれはカップルにしか見えないだろう。

 僕は少し照れつつも、入園口のゲートをくぐるのだった。

 背後の、見えない気配に気づかずに。
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