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第一章『復讐H。職場の嫌いな女先輩』

第十三話「夜の仕事場。先輩と二人きり。何も起きないハズもなく……」

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 金曜日。
 午後七時。

 図書館は二時間前に閉館して、窓の外はすっかり暗くなっている。
 司書の仕事は、一般的な会社員と比べて激務ではない。
 だから、カウンターの裏側も、残業している人はほとんどいない。

 氷室先輩と、彼女にこきつかわれている僕。
 二人きりだ。

「あーあ。アンタが休んでた分、私の仕事全然できなかったのよねー」

 隣でわざとらしい独り言を呟く。

 僕は知っている。
 氷室先輩は仕事が遅い。
 なぜなら、二分に一回はスマホを手に取って、マッチングアプリの通知を確認しているからだ。

 一方の僕は、一つのことに集中するのが得意だ。
 だから、あれだけ積まれていた書類も半分以下になっている。

「あら、簡単な仕事ばかりで退屈そうね。やる気いっぱいのアンタの為に、大事な仕事を任せるわ」

 氷室先輩は横目で吐き捨てると、一枚の書類を僕の机に放り投げた。

『企画:オリンピックの歴史と、これからの世界平和に向けて』

 定期的に行われるイベントの企画書だ。

 時期やシーズンに合わせて、図書のピックアップや、講演等を準備する。
 何をやるか、どのような方針でやるか。関係者へのアポイントメント、POPや飾りつけを普段の業務と同時にこなさなければならない。

 つまり、めちゃくちゃ大変な仕事ってことだ。

「先輩これ、準備期間があと一週間しか……」

「何? ずっと事務作業ばかりやってるつもり? アンタの仕事なんて中学生のバイトでも出来るんだから、たまには頭使って仕事しなさいよ」

 今まで頭使わずに放置していたのは、氷室先輩である。

「でも、これ氷室先輩が主催を立候補した企画じゃ……」

「ごめーん。連絡来てるから」

 僕が反論しかけると、わざとらしくトイレへと駆けていく。
 たった二歳年上なだけで、これだけ横暴を働けるのだ。

「はぁ。どうしよ……。一人じゃ絶対間に合わないぞ……」

 溜息吐くのも束の間。

 思わず、僕は口の端が歪んだ。
 チャンスが来た。

 氷室先輩の机の上には、飲みかけのコーヒーが湯気を躍らせている。

「シトラス、聞こえる?」

『ウム。【契約】中は呼びかければ即座に宋真と同調する。つまり、いちいち説明しなくてもわかるぞ』

「本当にうまくいくかな?」

 僕はポケットから小さな小瓶を取り出した。
 中で赤ワインのような色の液体が跳ねる。

『ネガティブなことばかり考えるのは宋真の悪い癖であるぞ。自信を持て』

「そうは言っても……」

『案ずるな。今までは周りに押し込められていただけで、宋真にはちゃんと力があるのだ』

「……ありがとう、シトラス。僕、やってみせるよ」

「ウム。強くなった宋真の力、存分に評価してもらうといい」

 僕は先輩が戻ってくる前に、魔法で生み出した媚薬を数滴垂らす。
 無味無臭で、混ざってしまえばわからない。
 ただの美味しそうなコーヒーだ。

 やがてカツカツと足音が聞こえてきて、僕は慌てて手の中に媚薬を隠して、机に向き直る。

 そして心の中で念じる。

 飲むんだ。
 僕の魔力をたっぷり注ぎ込んだ、この媚薬で。

 今まで僕に対してやってきたことを、後悔させてやる。
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