『ルームメイトの服を着てナニしているのを見られちゃいました。』他、見られちゃった短編集

雨月 良夜

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『ご主人様に専属執事を辞める、異動届けを見られちゃいました。』

赤い蜜薬 (清都side)

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約束どおり、次の日の朝、執務室の机には異動届けが置いてあった。さすが、うちの諜報部は優秀だ。

内容を見ると、笹部が言っていた通り、蒼紫の秘書をへ異動を希望する内容だった。

理由は最もらしく、『自信のスキルアップのため』云々と、いかにも形式ばったものが記載されていた。もちろん、本音ではないだろう。

身内に病気だとか、そういった事情も聞いていない。

 
いよいよ、兄貴に好意を抱いているとしか思えない。


俺は自分の中に、ドロリとした黒い淀みが、底から広がっていくのを感じた。


一体いつから、ハルの心は兄貴に向いていた?

俺の知らないところで、二人は情を交わしていたのだろうか……。
それとも、ハルの片思いだろうか?
それはそれで、激しい嫉妬に苛まれそうだ。
 

正直に聞いたところで、ハルは決して本当の理由を言わないだろう。

 
じっくりと、理由を聞き出すしかないな。

俺とハルの間柄に、他人が入るなんて教養出来ない。
出来れば、俺以外の存在をハルの視界から消し去りたいくらいだ。
ましてや、他人が横から拐おうとするなんて、許せるはずがない。

 
ちょうど、次の長期休暇に別荘に行く予定だ。
ハルと共に、羽を伸ばして過ごそうと思っていたが、そうはいかなくなった。
 
二人で長く過ごせるなら、ゆっくりと話ができる。


聞き出す方法は色々ある。
こちらが縋って乞い願えば、真実を教えてくれるかもしれない。

でも、俺の奥底に沈んだ淀みが穏やかではなかった。
このドロリとした胸に渦巻く感情を、どうやってハルに分からせようか。


もっと大胆に、もっと執拗に。もっと淫靡に。

ハルが誰のものなのか、
思い知ってもらわなければならない。

 
 

別荘には、俺とハルだけが屋敷を出発して向かった。最低限の使用人だけにしたのは、俺がこれからハルにする蜜事を秘密にするためだ。

信用している使用人しか、今回は別荘に行かせなかった。

別荘に到着して荷ほどきを終えたあと、書斎で読書に耽っていた。
休憩用の茶菓子とお茶を運んできたハルは、『話があるから時間をもらえないか。』と言い出した。


……いよいよか。

 ハルから切っ掛けを作ってくれるとはな。
異動の件を、俺に黙っているのも良くないと考えたのかもしれない。

 
ハルは、俺に対して何と答えるのだろう。
素直に、本音を吐露してくれればいいのだが……。
そうならないだろうな。


夕食後に時間を取ることにして、ハルには寝室に酒の用意もお願いする。俺も、ハルと話したいことが沢山あるんだ。

すべての手筈が整った。

 
夕食後に寝室でくつろいでいると、コンコンっと控えめにドアがノックされる。
了承の返事をすると、いつもの執事服を着たハルが、寝室に入ってきた。

テキパキとローテーブルに酒やら、軽食を並べていく。そのどれもが、俺の好みのものばかりだ。以前に美味しいと俺が言った、チョコレートも小皿に乗せられている。
ほぼ独り言だったのに、覚えてくれていたようだ。

こういった俺を特別扱いしてくれているのが、堪らなく胸を暖かく満たしてくれる。
自然と微笑みが漏れてしまった。


ハルは、テーブルの用意を済ませると緊張した面持ちをして立っていた。


「久々に晩酌に付き合え。ハル。」

俺は、ハルにも酒を酌み交わすよう促した。
ハルはだいぶ渋っていたものの、俺が駄々を捏ねると折れてくれた。

 二人きりだと言うのに、ハルは立場を気にして堅苦しい。それに、少し身体が強ばっていて緊張しているようだった。

俺は、昔みたいに気兼ねなく話をしようと、ハルに命令した。これは半分本心でもある。もう半分は、多少リラックスしてもらわないと、後程困るからだ。
 
これで、ハルはお酒を飲むしかなくなった。


俺は、用意しておいた赤ワインのボトルを、小型のワインセラーから取り出した。ハルには、友人から貰ったと説明したが、もちろん嘘である。
 

ハルはワインが好きなのだ。この日用意したのは、年代物の果実の芳醇な香りが漂う、口当たりの良いもの。

赤ワインのブドウの渋味が、良い具合に薬の苦味を巧みに隠す。臭いはアルコールと果実の香りで全く分からないだろう。

 
薬は眠気を誘い、ほんの少し身体を熱で火照らすものを。害がないように、お抱えの医者にも相談済みだ。
リラックスさせたのは、緊張で薬が効かないことがないようにするため。

医者は俺の親友で悪友だから、嬉々として協力してくれた。


俺は、強引にハルの手を引いてソファに座らした。久々に繋いだハルの手は細く、しなやかで、すぐにでも手折れてしまいそうだ。

ハルを座らせると、飾り棚に仕舞っていたワイングラスを取り出した。
繊細な植物の模様が彫られたグラスに、暗い闇を纏った赤い蜜薬が注がれていく。


まるで、俺の心に沈んでいるものを写した色だ。

赤は、これから始まるであろう、淫靡なことに対する期待。
ほの暗い黒は、獲物が他のものに目移りをしたという、怒りと嫉妬。

混ざりあった色は、性欲と支配欲にまみれた、見事なボルドーだった。


ワインを注いだグラスを、ハルに差し出す。
蜜薬がバレることはないだろうが、口をつけるまでは安心できない。

俺もワイングラスを片手に持ち、乾杯の合図とともに口元にグラスを運んだ。グラスを傾けて、中身を飲んだふりをする。

ハルもワイングラスの縁に口を当て、傾けて蜜薬を口に含んだ。喉仏がゴクリと小さく上下したのを確認する。

一口ワインを飲んだハルは、味に酔いしれて微笑んだ。
どうやら、中身が蜜薬だということには気が付かなかったようだ。


内心で俺はほくそ笑む。


しばらくして、ハルの表情が変わっていく。頬は赤くうっすらと上気し、吐息はほんの少し熱を帯びていく。
本人も異変に気がついたのか、困惑と焦りが見える。

そして、必死に俺の方を見たあとに、ほっと安堵の息をはいた。
自分自身の身が危険だというのに、先に主人である俺の心配をするとは。執事の鏡だな。

俺としては、もっと自分自身のことを大切にしてほしいものだ。


身体に力が入らなくたってきたのだろう。
ハルが持っているグラスが傾いて、中身が溢れそうだ。
そっとグラスを取り上げる。

焦点の定まっていない、ぼんやりとした目でこちらを見るハル。さすがに、俺が冷静すぎる様子に違和感を覚えたのだろう。
困惑の色が表情に浮かんでいる。

やがてハルの麗しい瞳が瞼で覆われていく。眠気に抗おうとして、睫毛が小刻みに震えている。


「おやすみ。ハル。」


手の平でハルの視界を遮って、深い闇に眠らせた。




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