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『ご主人様に専属執事を辞める、異動届けを見られちゃいました。』
俺の専属執事が、離れるらしい(清都side)
しおりを挟む清都side
俺の専属執事である、桐生陽真はとても有能で、なおかつ美麗だ。
幼い頃に、俺の世話係として紹介された少年に、俺は一目ぼれをした。
すらりと伸びた手足。整った鼻筋に少し垂れ目がちの目。少年だと言うのに、穏やかそうで中性的な美しい顔立ち。
微笑んだ姿は、女神のようだった。
俺を弟のように可愛がってくれたが、俺は最初から陽真が、好きで好きで仕方がなかった。
それが、恋愛対象として好きだということに、あとから気が付いた。
俺は、陽真の特別な存在になりたくて、陽真を『ハル』と呼ぶことにした。
ハルと俺の間だけの、特別な呼び名だ。
俺は、ハルと一生離れる気はない。
生涯の伴侶にする気だ。
しかし、俺とハルの今の立ち位置は、あくまでも主人と執事。そして、同性同士の結婚となると親族や周囲がうるさくなるだろうことは、安易に想像できた。
だから、誰にも何も言わせないため、権力を手にいれたのだ。
兄貴や家族には、もう昔からハルが好きであること、ハルしか結婚相手に選ばないことを宣言していた。
そのために、海外の会社とのつながりを作り、どこでもハルと一緒に暮らせるように手筈していたのだ。
海外であれば、同性同士の結婚が認められている国もある。
幸いなことに、家族はそのことに反対しなかった。
まあ、家族に反対されても、自力で何とかする気でいたが。
俺が家督を継がない三男ということも大きかったのだろう。条件は、ハル本人にちゃんと好意を抱いてもらうこと。
ハルが望まないのであれば、結婚はできない。
ハルの両親は、ハル本人の意志を尊重すると言っていた。もう外堀は固め、ハルを迎え入れる準備はできていた。
あとは、ハル本人をどうやって陥落させるか。まあ、そう時間は掛からないだろう。
俺のことは嫌いじゃないと思う。
仕事以外で二人だけで過ごしているときのハルは、気を許してくれているのかとても可愛い。
でも、最近は少し元気がないような気がしていた。それが少し気がかりでもあった。
屋敷内の執務室で仕事をこなしていたある日。
息抜きに庭園を散歩していると、東屋の方向から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「清都さまー、ちょっといいっすか?」
東屋の影から、ひょっこりと赤茶色の髪の若い男が声をかけてくる。作業着を着て、首元にはタオルを巻いている。なんとも間延びした声である。
彼は、笹部。表向きはおチャラけた雰囲気の庭師だ。屋敷内外の植物や、畑を管理している。
その実は、屋敷内外の情報収集をしている諜報部の人間である。心の底が見えない、喰えない男である。
「どうした?」
東屋に設置されていたベンチに座り、俺は笹部に問いかける。
「ハルマちゃんのことで報告があんすけど、午後時間取れます?」
ピクリっと俺の片眉が動いた。
ハルのことで?
それなら、最優先事項だな。
「分かった。午後3時に俺の執務室で。」
約束の午後3時ちょうどに、笹部は俺の執務室を訪ねてきた。
笹部が俺の分と自分の分のコーヒーを入れて、テーブルに用意する。お互い、向き合う形でソファーに腰を下ろした。
笹部は、開口一番にこういった。
「まず、清都さま。オレの可愛いハルマちゃんに何したんっすか!」
「はっ?」
テーブルに身を乗り出し、力を入れて笹部が俺に聞いてくる。
というか、お前のハルではない。俺のハルだ。
ハルには何もしていないが。
これから手を出して陥落させる計画だ。
心当たりがなく、疑問の声が自然と出てきた。
「ハルマちゃん、この屋敷を離れたいみたいっすよ。」
ハルがこの屋敷を離れたい?
どういうことだ。
そんな素振りは全く見せていない。
むしろ、この屋敷は居心地が良いとまで言っていた。
仕事は確かに、俺の専属執事であるため忙しいだろう。ただ、しっかりと休暇は取らせているはず。
ハルは頑張りすぎるところがあるから、無理させない様にしていたのだ。
「『異動届』、執事長に出したみたいっす。」
俺は、頭を打たれたかのような衝撃を受けた。
『異動届』だと……?
『異動届』は、勤務部署や勤務先の変更を希望する場合に出す書類だ。
本人の能力と希望した部署、勤務先が合致すれば変更が可能である。
ハルは俺の専属執事だ。
つまり、『異動届』をハルが出したということは、俺のもとを離れようとしているということ。
「……希望の部署と場所は?」
俺の傍から離れて、一体どこに行こうとしてる?
「蒼紫さまのとこ。秘書っすよ。」
「なっ!」
よりによって、2番目の兄貴である蒼紫のところか。
ハルは知らないだろうが、蒼紫はバイだ。
大人の色気と魅力ある男。経験も豊富で、男女ともに遊びなれている。
有能なハルのことを以前から気に入っていたし、「弟に愛想を尽かせたら、私のところにおいで。」と勧誘していたのは、何度も目撃している。
秘書なんて、会社内で兄貴と四六時中いるようなものではないか。あの兄貴が、美しいハルに手を出さないはずがない。
兄貴の毒牙にかけてたまるか。
俺が驚いた様子を、笹部はコーヒーを片手に愉快気に見ていた。
口角を片側だけ挙げて、意地の悪い笑みを浮かべている。
「ほんとに何したんすか?最近ハルマちゃん、元気なさげで儚げが10割増しだったすよ?」
美しすぎて目に毒っすー、笹部はぼやいた。
その声を遠くで聞きながら、思考をフル回転させて考える。
「……書類、入手できるか?」
まずは、自分の目で事実を確かめる必要がある。
執事長が厳重に保管しているだろう資料を入手するなど、この男にとっては赤子の手をひねるくらい、簡単だろう。
「人使い荒いっすねー。まあ、明日の朝には机に置いとくっすよ。」
臨時ボーナスくださいねーっと、コーヒーを飲みながら報酬を強請られる。
ハルは、自分から専属執事を辞めると、
希望したってことだよな。
まさか、兄貴のことが好きで?
幼いころから一緒にいたハルは、必然的に兄貴たちとも交流があった。
兄貴たちもハルのことを可愛がっていたし、ハルもよく懐いている。
今は俺の専属執事をしているが、兄貴たちのもとで働かないかと引く手数多だった。
それを、俺がハルに我儘を言って専属執事になってもらったのだ。
「…頼んだ。」
俺の声を聞いた笹部は、ニヤリと口角を上げた。その顔は、どう見ても一介の庭師ではない。
「あいあいさー。」
一瞬にして表情を元の人懐っこい笑顔に変えて、庭園に戻っていく。
今日の仕事は、手につきそうにない。
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