『ルームメイトの服を着てナニしているのを見られちゃいました。』他、見られちゃった短編集

雨月 良夜

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『ご主人様に専属執事を辞める、異動届けを見られちゃいました。』

お慕い申し上げております。

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あれから、どれほどの時間が経ったのだろうか。

眩しさに目を覚ますと、やはり見慣れた天井が最初に見えた。
窓の外を見てみると、日がだいぶ高く昇っている。
もしかしたら、昼ぐらいになっているのだろうか。


「けほっ、こほっ。」

声を出そうとしてせき込んでしまった。昨日、声が枯れるほど喘いだせいだろう。

ベッドサイドに目を向けると、いつも私が清都様のために用意しているミネラルウォーターのボトルが見えた。手に取って喉を潤す。

 
そこで、もう両手が自由に動かせることに気が付いた。昨日の手枷は外されているようだ。
ほっと安堵の息を吐いたあとに、私は考えに耽った。

 
今後、私はどうすればいいのだろうか。
こんなに、清都様の怒りをかってしまったのだから、坂城家にはもういられない。

辞職願を出して、早々に辞めさせていただこう。
それとも、処分が下されるだろうか。
せめて実家には迷惑が掛からない様に、お願いできないだろうか。

 
考えに耽っていたところで、カチャリっ、とベッドルームの扉が開く音が聞こえる。
この部屋の主である、清都様だ。手には軽食が乗ったお盆を持っていた。
 

「…ハル。起きたんだな。」

お盆をサイドチェストに乗せ、私の身体をそっと支えて起こしてくれる。背中にはクッションを置き、上半身だけ起こした。


ベッドの脇に椅子を移動させて、清都様が座った。


「……体調はどうだ?」

「少し気怠いですが、大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます。」

「……そうか…。」

それっきり、しばらく清都様は黙ったままになってしまった。気まずい沈黙が流れる。

 
やがて意を決したように、清都様が顔を上げた。


「…ハル。酷いことをしてすまなかった…。ハルが俺から離れると聞いたとき、正気でいられなかったんだ。人として最低だ。」
 
頭を下げて謝る清都様に、私は首を横に降った。


「……いいえ。私もずっと黙っていましたから。清都さまの怒りは、ごもっともでしょう。」

これほどまでにお怒りになるとは思っていなかったが、長年お世話になった方に、専属執事を辞めることを黙っていたのも悪い。


「……ハル、聞いてもいいか?」

「…はい。」

「俺から離れる理由を、ハルは『俺といると苦しい。』と言っていた…。何がそんなに苦しい?」

「……。」


やはり、昨日、私の口から出てしまった本音を、清都様は覚えていらっしゃった。

 
「お願いだ、ハル。俺のことが嫌いになってのではないなら、何に苦しんでいる…?俺は、ハルを失いたくない。教えてくれ。俺の何を差し出せば、ハルは一緒にいてくれる?」

 
眉根を寄せて、清都様は今にも泣きだしそうな、苦し気な顔をして私に問いかける。


その表情を見た私は、もう誤魔化すのはやめようと、手に力を入れてシーツを握った。


こんな辛そうな表情を、清都様にさせたいわけではない。

 
「…想いを抱えたまま、お傍にいるのが苦しいのです。」

伏せていた瞼を上げ、清都様の瞳を見つめ返した。
この気持ちを告げて、清都様に嫌われてしまうかもしれない。


二度と顔を見せるなと、言われてもおかしくはない。
でも、清都様がこんなにも苦しい顔をされずに済むだろう。

 

「私は、清都様をお慕い申しております。……主人に恋情を抱くなど、執事失格です。」



人生で初めての告白だった。哀しい初恋。
もう、想いを告げられただけでも、
私は幸せなのかもしれない。


視界がほんの少し滲んでいるが、ぐっと堪える。
ずっと傍に仕えていた執事が、主人を恋愛対象として見ていたなんて、気持ちが悪いだろう。

 
「本当は、清都様には告げずにお傍を離れるつもりでした。ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。…もう、二度と清都様の前には姿を____」

どうしても、清都様の顔を見るのが怖くて俯いてしまう。

 
「ハル。待て。……今、なんと言った?」

「もう、清都様の前には二度と_」

「違う。その前だ。」


「……清都様を、お慕い申しております、と…。」


清都様は、とても混乱されたのだろう。普段言葉を聞き返すことなんてないのに。

そっと、黙ったままの清都様の様子の表情を窺がう。

 
…えっ…?

 
顔を耳まで真っ赤にして、口を引き結び、目を見開いて固まった清都様がいた。
 

「…清都、様?」

 

「…ちょっ、待て。……いくら何でも、不意打ちすぎるだろ…。」

顔を真っ赤にしたまま、清都様は口元を右手で隠して視線を反らす。ぽかんっと私が呆けていると、清都様は、はぁーっとため息をついて前髪をくしゃりとかき上げた。

 

「もう、何の問題もないじゃないか。」

清都様は、シーツを握っていた私の左手を、そっと右手で持ち上げた。


「…よく聞けよ、ハル。」

「俺は、ハルを愛してる。もちろん、親愛じゃない。恋情だ。」

「…えっ?」

今度こそ、驚きで声が出てしまった。


清都様が私のことを愛している?
しかも、恋愛的な意味で?


「…ハルが俺のもとを離れて、兄貴のところに行くと聞いたとき、ハルは兄貴が好きなのかと激しく嫉妬した。それなら、いっそのこと快楽で追いつめて、身体から堕とそうとさえ思った。」


快楽攻めなんて、誰が清都様に教えたのだろうか…。
閨の教育係を後で部屋に呼び出そう。

 
「会社を持ったのも、ハルと一緒にいるための権力が欲しかったからだ。誰にも何も言わせない。俺の家族は、俺とハルが結婚することを了承している。同性だとか、主従関係だとか、そんなの知ったことか。俺は、ハルじゃないとダメなんだ。」


左手の薬指の付け根に、清都様の柔らかい唇が触れ口づけが落とされる。



「一生、俺の傍にいろ。俺から離れることは許さない。」




その後、私が提出した異動届は白紙となった。
仕事では、パートナーとして清都様を支えている。

私の左の薬指には清都様とお揃いの、シルバーで細身な指輪を嵌めている。


結婚という取れることのない鎖で、私は一生、清都様のものになった。


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