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『ゲイバーにいるのを生徒に見られちゃいました。』

【閑話】 とあるバーでの会話(オーナーside)

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とあるバーのオーナーside

 

「横から攫われちゃった。」

そんなことを言いながら、スマートな30代後半の紳士はカウンターに座り直した。

 

「珍しいですね。ソウシさんが空振りなんて。」

店を出てしばらくして、ソウシが一人で戻ってきたため、何があったか何となく察した。

言葉では残念がっているが、どことなく面白がっている雰囲気が出ている。

 

「可愛い子だったけど、すでに誰かの獲物だったって感じかな?」

くすっと苦笑いを浮かべながら、頬杖をついた。

「オーナーが慰めてよ。おまかせで。」

少し甘えた声音で囁かれる。この人はタチが悪い。

 

「かしこまりました。」

シェーカーに数種のアルコールを入れ、徐々に早く振って空気を含ませていく。

透明なグラスに人を酔わせる芳醇な香りが広がる。

 

「お待たせいたしました。ベルモントです。」

「これはまた、手厳しいね。」

花言葉と同じように、カクテルにもそれぞれ意味がある。

ソウシさんは造詣が深いから、もちろん知っていたのだろう。

 

ベルモントの意味は『やさしい慰め』。

失恋した『友人』を勇気づけたいときに贈るカクテルだ。

生クリームの入った優しい味わいに、桃色の可愛らしい色をしている。

 

「ベルモントなんて、久々に飲むよ。」

「たまには、いいじゃないですか。」

いつも狙ったものは逃がさない彼。彼に誘われると、甘い蜜に囚われてその虜になる。

少しお灸を据えてもいいんじゃないだろうか。

 

「良い宝石ほど、手に入らないものだね。」

逆三角形のグラスを傾けながら、ソウシさんが一口酒を口に含む。

「彼は、一等良い原石でしたでしょう?」

「ああ。自分が宝石であることに気が付いていない、美しい原石だったね。」

 

月に1回の頻度でやってくるカナデは、自分がどれほど魅力的なのか気が付いていない。

目を惹く容姿もそうだが、時々見せる表情に内なる美しさが見え隠れする。

怪しく色めく、加虐心を煽るような。

秘めた美しさを見抜ける人は、このバーに何人いるだろうか。

 

「私の手で磨きたかったのに。同じような原石に攫われてしまったよ……。君に似たアレキサンドライトにね。」

このお方は随分ロマンチストだ。人を宝石に見立ててくるとは。

アレキサンドライト。太陽光の下では深い透き通る青色、月光で鮮やかな赤色になるカラーチェンジする宝石だ。

 

俺に似た宝石ね……。

 

従弟の零次に忘れ物を届けるよう頼んだのに、零次は店の前を素通りしていった。

零次の向かった先は、先ほどカナデさんとソウシさんがいた方向。

その後に従弟から連絡はない。

 

「寂しいけど、君は慰めてくれないのだろう?」

妖艶な視線を向けられるが、ソウシに向かって目を少し細めて微笑んだ。

 

「慰めているでしょう?」

「酷いな。」

クスクスっと笑いながら軽口を言うあたり、さほど傷ついていない様子だ。

 

「原石同士、惹かれ合うのだろうね。若いっていいな。」

 

他愛もない会話をしながら、今宵も大人の駆け引きが繰り広げられる。

そんな店の様子に、店主は怪しく微笑んだ。

 

次の日、昼間のカフェに生意気な従弟と、カナデが謝罪とともに訪れるのを、このときはまだ知らない。

 

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