『ルームメイトの服を着てナニしているのを見られちゃいました。』他、見られちゃった短編集

雨月 良夜

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『ゲイバーにいるのを生徒に見られちゃいました。』

生徒にゲイバーにいるのを見られました。

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8月の殺人級の猛暑の真っただ中、オレは学園から遠く離れた、ビルが立ち並ぶ繁華街に来ていた。

 
学園が夏休みに入り、無事に生物部の研究合宿も終わって、今はお盆期間だ。
オレも仕事が休みになったため、予定していた一人旅に来ていた。

 
オレの性的対象は男性、いわゆる同性愛者である。一生結婚できるか分からないと言ったのは、これが理由だった。

 
大学生時代は同性の恋人がいたこともあったが、お互い就職を機に疎遠となって別れてしまった。
別に喧嘩したとか、嫌になったわけではなく、もともと関係自体も軽いものだったため自然とそうなったのだ。

近くに性的嗜好が会う人物が偶然いて、利害が一致したようなもの。オレ自身、恋愛感情が乏しいのかもしれない。


今勤務している男子高校に赴任してからは、仕事が忙しいこともあり、恋人を作っていない。

ただ、どうしても性欲が我慢できないときは、こうして学園から少し離れた場所まで来て、一夜の関係を持つ。


ひと夏の思い出だけでもいいし、相性があうなら身体だけの関係でも良い。
田舎だと出会いはほとんどないため、こうやって都会に出会いを求めてやってきている。


ちなみに、学園側にはオレの性的嗜好は内緒にしている。
というか、誰にも明かしたことはない。


高校教師という立場が危ぶまれてしまう可能性があるからだ。
オレは仕事自体が好きだし、教師という仕事に誇りを持っている。
簡単に手放したくなどなかった。

 
特に、今勤務しているのは母校でもある男子高校だ。同性が好きだと知られたら、即異動させられるだろう。

ちなみに、高校生には興味はない。オレの好みは、年上がタイプだから生徒に手を出すことはない。

 

じめじめとした身体に絡みつく暑さの中、オレはネオンが眩しい繁華街を目的地まで速足で歩いていた。

この辺りは、オレと同じような、同性を好きな者たちがひそかに集まっている場所だ。
インターネットで調べて、1か月に1回くらいの頻度で訪れている。

出会いの場とネットで検索すると、たくさんの場所が検索結果として表示されるが、あまりにもイケイケの、いかにも出会い場といったような場所は遠慮したかった。


オレは騒がしい喧噪から離れて、脇道に抜けると目的地であるビルにたどり着いた。
ここは、ほどほどに関係をわきまえた、大人な人たちが多い場所で安心する。

 
少し薄暗い、でも暖色系の照明が自然と落ち着いた雰囲気のバーの扉を開けた。

扉を開けるとカウンターが右側に見えて、バーテンダーの中世的な男性が客と談笑している。左側には足の長い椅子とテーブルが5席ほど設けられていて、皆がリラックスした様子で酒を嗜んでいた。


このバーは、同性愛者が集う場所。
男性が男性客を口説く。

お酒や食事も品質の良いものを提供しているため、お値段は割高だ。ただその分、格式が高いというか、騒がしくなくて、ゆったりとした時間を過ごせる。

 

オーナーは、カウンターで先ほどから客と話をしている男性だ。
年頃は20代後半くらい。細身ですらりとした長身、暗めな赤茶色の髪はほんの少し長い。

鼻筋の通った端正な顔立ち。色素の薄い茶色の切れ長な目は、意味深な微笑みとともにすうっと細められる。
美しいだけではない、怪しい色気が漂う。

上はワイシャツに落ち着いた色合いのベスト、下はスーツという恰好が良く似合っている。
ベストは彼の細い腰が強調され、より一層魅力を引き立てていた。


名前はユキヤさん。物腰が柔らかく、心地の良い甘い声が印象的だ。


「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ。」

ユキヤさんに促され、オレはカウンターの一席に腰かけた。


ここのお店は少し変わったルールがある。
オレもそのルールに従って、ユキヤさんに注文する。


「透明でさっぱりとした味のカクテルを、おまかせでお願いします。」

「かしこまりました。」

オーナー自らがシェーカーを持ち、目の前でカクテルを用意してくれる。
底の浅い逆三角形の足の長いグラスに、シェーカーから透明な酒が少しずつ注がれた。

最後におしゃれな金色のピンに一粒のオリーブが刺され、透明な水面にピンごと静かに沈められた。


「お待たせいたしました。ドライ・マティーニです。」

微笑とともに、すっと目の前に差し出されたカクテルは、透明な水面に淡い照明の光を写し込んでいる。

「ありがとうございます。」

お礼を言って、長いグラスの足を片手に持ちそっと口に含んだ。

口に広がるほんの少し癖のあるハーブの匂い、爽やかな味わいの中にアルコール独特の苦みを感じる。
希望どおりの味とカクテルの想像以上の美味しさに、自然と微笑んで小さく吐息を漏らした。


アルコール度数はやや高めのため、ゆっくりと少しずつ味わう。

 
このバーの変わったルールとは、お酒の色が関係しているのだ。
自分が攻め側なのか、受け側なのかを酒の色で主張する。


赤色や暖色系のお酒を持っている人は、タチ。
透明、白色のお酒の人は、ネコ。
寒色系色のお酒の人は、どちらもいける人。


最初に知らずにお店に入ったときは、それとなくオーナーが説明してくれる。

オレは頼んだお酒の色のとおり、ネコ側である。

 

「いつも思うけど、奏さんは透き通った感じが似合うね。」

オレと年頃があまり変わらないし、月に1度の頻度で通っているから、ユキヤさんはオレに気安く話かけてくれる。


「そうかな?」

ユキヤさんの言葉の意味が分からず、オレは思わず聞き返した。


「透明だけど秘められた魅力がある、みたいな?」

美しい顔は、少し悪戯にゆるりと口角を上げて小首を傾げられる。その動作はとても優雅で美しい。


……秘められた魅力ってなんだ?


「……褒めすぎというか…。……なんか恥ずかしい……。」

お酒の力も相まって、恥ずかしかったオレは、ほんの少し顔を赤らめてしまったと思う。

オレがほんのりと頬を染めた様子を見て、ユキヤさんは、クスッと小さく笑った。

 
「自分では気が付いていないだけだよ。………ごゆっくり。」

そう言うと、ユキヤさんはそっとオレの前から離れていった。

 


ユキヤさんと話を終えてから、程なくして隣の席に影ができた。


「隣、いいかな?」

声がしたほうに顔を向け見上げると、スタイリッシュなスーツ姿の、30代後半くらいの男性が右隣に立っていた。
男らしい雰囲気の、でも厳つくはないすらっとした人だった。


「どうぞ。」

短くオレは返事をして、了承の意を告げた。
 

「ありがとう。」

男性はオレにお礼というと、スマートな動作で席に座る。


「……●●をロックで。」

「かしこまりました。」

彼が頼んだのはウィスキーだった。

背の低いロックグラスに、丸い氷が入れられる。琥珀色のアルコールが球体の表面を滑り落ちて注がれていく。


暖色系のお酒。

この人はタチだ。

男性は一口ウィスキーを飲むと、低く誘うような声でオレに話かけてきた。


「君は、待ち人がいるの?」

グラスを片手に、余裕のある声で話かけてくる。おしゃれなバーが良く似合うイケオジだ。
 

「……いいえ、いませんよ?」

この人が、今日の相手でもいいかもしれない。顔立ちもイケメンだし、大人の余裕が溢れ出ているのが魅力的だ。


「君みたいな子がフリーだなんて、勿体ないね。」

カウンターに置いていた右手の小指に、そっと男性の指が重ねられる。


「今夜の話し相手は、決まった?」

腰にゾクリとくるような低くて官能的な声。
ワザと囁くように言うあたり、よほど手慣れたイケオジだ。

 
年上に、優しく焦らされて。
甘やかされての一夜もいい……。


ピンを指でつまみ、カクテルに沈められたオリーブオイルを食べる。

唇の端についたお酒を、舌先を出してペロリと舐めとった。少し露骨だったけど、男性はオレの仕草を見て上機嫌だ。


「…優しく、…してくれますか?」

ほんの少し上目遣いで窺がうように相手を見た。
男性の瞳には欲情の色が、ほんの少し揺らめいている。


「もちろん。………仰せのままに。」

右手を掬い取られ、手の甲にチュッと口づけられる。そんなキザな行為が、この男性にはよく似合う。

 
「君を狙っているやつは多いから、早く攫ってもいいかい……?」

お互いに手を絡めて、お酒を飲み終わったあと、男性と一緒に店を出ることにした。

 

ダークブラウンのドアを開け、店を出て数歩のときだった。
唐突に後ろから、若い男の戸惑った声が聞こえた。
 

「っ…ひな、先生……?」


聞きなれた男の声。
でも、こんな界隈にいるはずのない人物の声がする。


うそだ。

まさか……。こんなところにいるはずがない。
オレは幻聴でも聞いたのだろうか。


そのまま素通りしようと男性と歩いていく。


後ろからは速足で近づいてくる音がする。
オレの鼓動は緊張と焦りで、警音を鳴らしていた。

服を後ろからそっと引っ張られ、今度は先ほどよりも明確にオレを呼んだ。


「ひな先生」

 
オレをそのあだ名で呼ぶのは、
学園の生徒だけ。

そして、この声は最近毎日聞いていた、
彼の声だ。


後ろを振り向くのが怖い。でも、こんなところで騒ぎを起こすのは御免だ。
他人の空似であってほしい、人違いであれと願う。

数秒考えた末、オレは後ろを振り返って声の主を見た。

 
薄暗い夜の路地裏には馴染まない、少し幼い顔。

すらりとした長身。

フチなし眼鏡の良く似合う、冷静沈着な美形。

オレの僅かばかりの希望は、無残にも散った。

 

「______佐々木……。」

 

オレの教え子である、佐々木零次が立っていた。

 

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