『ルームメイトの服を着てナニしているのを見られちゃいました。』他、見られちゃった短編集

雨月 良夜

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『ゲイバーにいるのを生徒に見られちゃいました。』

昼休みの談話

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「ひな先生」

暗い夜の、繁華街から少し離れた路地裏。
オレはその声を聞いた瞬間、他人の空似であれと、何度も心の中で祈った。

でも、現実はそんなに甘くない。


「______佐々木……。」

声のしたほうを振り返ると、オレが思い描いた人物が、立っていた。

 
この子には知られたくなかった。
可愛い教え子に知られて、嫌われたくはなかったんだ。

 

___________________

 


昼下がりの温かな日差しが窓から射しこんでいる生物準備室。
昼食後のコーヒーを楽しんで、ほっと一息ついていたころだ。


もうそろそろ、彼が来る時間か。


ドアが2回ほど、コン、コンッとノックされ、男子生徒の声が聞こえてくる。

「先生、失礼します。」

「どうぞ。」

オレが返事をすると、生物準備室の引き戸がガラリと開かれた。すらりとした長身の男子高校生が入ってくる。

冷静で理知的な雰囲気。フチなしの眼鏡は彼の端正な容姿によく似合っている。いつも冷静で顔色を変えない生徒が、生物準備室に入るとほんの少しだけ頬を緩めた。

「今日は餌をあげてもいいですか?」

「どうぞ。」

彼は窓際に置いてある水槽に近づいて、水槽の隣に置いたある餌の入った缶を手に持った。

 
今、水槽にピンセットを使って餌を入れている彼の名前は、佐々木零次。
全寮制男子高校に通っていて、オレが監督している生物部に所属している。

成績優秀、才色兼備とは彼のような人間を言うのだろう。

学年トップクラスの頭脳。端正なルックス。見た目同様に冷静沈着な性格の持ち主。
だからと言って固いわけではなく、柔軟な性格をしているため周囲にも好かれている。

面倒ごとはのらり、くらりと躱していく賢さがある。

 
「ふふっ。相変わらず動かないなー。」

眼鏡の奥の瞳をほんの僅かに細めて、彼は小さく微笑んだ。

水槽には、ウーパールーパーが一匹飼育されている。
四つん這いで固まったまま動かないピンク色のウーパールーパーは、水草と一緒にふよふよと漂っている。
笑ったような表情をして、水中をただ漂っているが、エラが呼吸をするようにパクパク動いているので死んではいない。
こういうのんびりとした生き物だ。

ピンセットで挟まれた餌が自分の目の前まで来たところで、やっとこさ動き出した。

 

佐々木は、昼休みにこの水槽に餌をやることを日課にしていた。

生物部で大切に飼育しているのだが、彼は積極的にこの、あまり動くことのない、のんびりとした生物の世話をしたがった。

なんでも、自分とは正反対で、この呑気な感じが癒されるのだとか。

 

「はい。どうぞ。」

マグカップに氷を入れて、冷たい牛乳を注ぎカフェオレを作る。水槽の前に置かれた椅子に座っていた佐々木の前に、カフェオレ入りのマグカップを差し出した。生物準備室にはガラス製のコップなんてビーカーぐらいしかない。冷たい飲み物でもマグカップなのはご愛嬌だ。小さなお菓子も皿に乗せて一緒に出してあげる。

 

オレも水槽を見ながら回転椅子に座る。佐々木は向かい合って座っている状態だ。

 

「ありがとう。ひな先生。」

佐々木は素直にマグカップのカフェオレを一口飲んだ。ほっと息を吐いたあとに、皿に乗っていたチョコレートを三つほど口に放り込んだのを見て、オレは苦笑してしまった。

彼は見た目に似合わず、相当な甘党なのだ。
そんな様子を見て、オレもマグカップに入っているコーヒを口に含む。

 
 

オレはふと、彼が最初に生物準備室を訪ねてきたことを思い出した。

彼が1年生の時に、オレは彼のクラスの副担任をしていた。彼が日直のときに、授業の資料運びを一緒に手伝ってもらったのだ。そして、彼が生物準備室の机に資料を運び終え、オレがお礼を言った時だ。


「……かわいい……。」

本当に小さな声で、呟くように一言そういった。

うん?っと疑問に思って彼のほうを見てみると、水槽に視線を移して見つめていた。

 

「……ウーパールーパー、好きなの?」

「…いえ、初めて見ました。」

「そっか。でも、可愛いよね。生物部で飼育しているんだ。……良かったら餌あげてみる?」

そう彼に促すと、おずおずと水槽に近づいてきた。餌の与え方を教えてやると、ピンセットを使って餌を摘まみ、ウーパールーパーの目の前に慎重に落として餌をあげていた。

 

「………動きませんね。」

「ふふっ。今に食べるよ。」

そうオレが言うと、パクッと口を開けて餌の粒を食べ始める。文字どおりパクついている姿が面白くて、オレは自然と顔が綻んでいた。

水槽に顔を近づけていた彼も、オレと顔を見合わせるとふっと小さく微笑んだ。その思わずこぼれたような微笑は、年相応の幼さが垣間見えた。

 

オレはもう少し、彼の幼さの残る姿を見てみたいと思った。

「……よかったら、いつでも見においで。」

「いいんですか?」

「うん。いいよ。オレも生物好きが増えるのは嬉しい。」

気が付くと、オレはするりと言葉が出ていた。

 

その後、彼は生物部に所属することになった。部活では生物や植物の研究をしている。彼は毎日、昼休みのほんの僅かな時間にウーパールーパーを見に来る。

生物部自体は積極的に部活動をしているわけではなく、自分の育てたい植物や生き物を飼育し、マイペースに活動している。本当にゆるい部活である。

 
また、いつ頃からかは覚えてないが、オレと彼は昼休みの少しの時間にお茶をすることが習慣になった。
毎日、昼休みになると、彼が水槽の様子を見に来るのだ。


実は、ウーパールーパーは毎日餌をあげなくてよい、省エネな生物なのである。

3日に1回の頻度で食事を与える。だけど、彼は毎日、ほんの数十分だけ水槽を眺めてカフェオレを飲んで帰っていく。


オレと話をすることもあれば、黙って水槽を眺めたままの時もある。

彼のペースもあるだろうから、オレも無理に会話をしようとはしない。
ただ、カフェオレだけを淹れて彼に差し出すのだ。

 
最初は、彼のイメージでブラックコーヒーを出してあげたのだが、彼がばつが悪そうに一言、
「苦くて飲めないです。」とぽつりと白状したことで、甘いカフェオレを淹れることになった。

大人びた表情をしていても、可愛らしいところがあるのだなとほっこりしてしまった。

彼と過ごすうちに、今では少しだけ打ち解けられたと思っている。彼のクラスの副担任ではなくなってしまったが、こうやって縁が途切れないのは純粋に先生としては嬉しい。



彼との思い出に浸っていると、彼がこちらをじっと見つめていたことに気が付いた。

「……どうした?」

「……。いえ……。先生は夏休み、どこか出かけないんですか?」

今は7月の下旬。あと数日もすれば、学園は夏休みが始める。

生徒たちは夏休みに入るが、高校教諭は授業の準備やら部活動やら、はたまた教育研究会等で、生徒たちと同じように休めるわけではない。
それでも、お盆の時期は長期休みを取ることができた。


オレは独り身だし、実家には姉夫婦がいるため、顔を出すだけで泊まりはしない。
今年は、一人旅をしようとかと考えている。

結婚する予定は今のところないし、独り身の自由さを楽しく謳歌したい。
それにオレは、一生結婚できないかもしれないのだから……。


「そうだな……。お盆には旅行に行こうと思っているよ。」

オレは何とはなしに佐々木に答える。


「旅行ですか……。いいなぁ。……彼女とどこに行くんです?」

夏休みの独り身の淋しい男性教諭のスケジュールを聞いて何が楽しいんだ。
それに、オレに恋人がいないのを知っているだろうが。少し恨めしくなって、佐々木のことをじと目で睨んだ。

 
「彼女いないの知ってるだろ。……まったく。男の独り身のプライベートなんて聞いても楽しくないぞー。」

そういいながら、オレは佐々木のおでこを人差し指で軽く押した。佐々木は小さな声で「痛て。」と言って額に手を当てながらも、どこか嬉しそうな雰囲気で口角を上げた。


「へえ、まだいないんだ。……先生、モテそうなのに意外。」
「嫌味か。……佐々木は?どこか出かけないのか?」

高校男子の夏休みは、友達と遊んだり、海に行ったりと、青春を謳歌するだろう。
若いっていいな、と年寄りじみたことを考えてしまった。


「俺は従兄の店の手伝いをすることになりました。従兄がカフェを経営してるんで。」

「佐々木も忙しいな……。研究もあるだろうし、無理するなよ?」

佐々木は、生物部で植物の研究をしている。研究発表が夏休み明けの秋ごろにあるため、夏休み中に研究内容をまとめるのだ。研究合宿も行う予定である。



そんな何気ない会話をしていると、次の授業の予鈴のチャイムが鳴った。

「じゃあ、またね。ひな先生。」

「ああ。授業遅れんなよ。」

佐々木は律儀にもマグカップをさっと洗って、生物準備室を出ていった。

静かになった部屋の中で、オレも授業の準備をして生物室に向かう。

 





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はじめまして。
いつも御愛読いただき、ありがとうございます
( T∀T)
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