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第四章 過去と現実
過去
しおりを挟む「……もう、大丈夫ね。」
セレーネと一緒に聖魔法の特訓をして、やっと合格が出た。
僕は疲れて泉のほとりに、仰向けになって倒れ込んだ。柔らかな草が僕の身体を包みこむ。青々として爽やかな匂いが、僕の鼻を擽った。
「……サエ、よく頑張ったわね。」
寝っ転がった僕の頭を、セレーネが優しく撫でてくれた。しばらくそうして起き上がると、セレーネは僕の両手を握った。
先ほどまでの穏やかな表情は、苦し気に歪んでいる。意を決したように、セレーナは僕を蒼色の目で射貫いた。
「……サエ、覚えておいて。強すぎる光は凶器になる。例え、それが聖魔術の光だったとしても……。」
僕の手を握っているセレーネは、哀し気に眉を寄せた。
「……私は、愛しい人を守りたかっただけなのに。その力で苦しめてしまった……。そして、この世にその魂を縛り付けてしまったのよ。」
……少し昔の話をしましょう。
そう言って、セレーナは彼女自身の話をしてくれた。
「……私は、ロイラック国の第三王女として生を受けたの。国王と侍女の間に生まれた子供だった。……当然、私は周囲に邪険にされたわ。」
セレーネが誕生した際に、王には既に正室と側室がいて、なおかつ王子、王女がもう生まれていた。
セレーネの母は側妃として迎え入れられたが、正妃と側妃に虐められた。セレーネが12歳の時、母は亡くなったのだそうだ。
「……母が亡くなって、私は王宮から追い出された。そして、この泉のある辺境に住むことになったの。」
ここは、王都から5日以上かかる、ラディウス国と魔族の国であるテネーブル国との国境。
ここには、元貧乏貴族の屋敷があった。王族が住むにはあまりにも質素で、古びた屋敷。そこに、ひっそりと最低限の従者と一緒に、慎ましく暮らしていた。
王からの仕送りはなく、自分たちで畑を耕し、モノを売って生活をしていた。幸い、畑は精霊たちのおかげで実りが良く、食料に困ることはなかった。
「……私は、幼いころから精霊が見えていたの。精霊たちが助けてくれたから、母がなくなっても生活ができた。」
精霊が見えることが王に知られれば利用される。だから、セレーネと亡き母との秘密にしていた。そして、辺境に住んで数年後、魔王と出会う。
少し照れた様子で、セレーネは教えてくれた。
「彼とはこの泉で出会ったの。森に薬草を摘みに行って、ちょうど今みたいに休んでいたときよ。……突然、魔物が現れてね。それを彼が助けてくれたの。」
そのときの魔王はとてもカッコよくて、一目惚れしてしまったのだと、セレーネは頬を染めながら話していた。
魔王にお礼がしたいと泉で再会し、そこから2人の交流が始まった。
最初はセレーネを冷たくあしらっていた魔王も、打ち解けて穏やかになった。そして、2人は恋に落ちた。辛い環境でも懸命に生きるセレーネを、魔王は寄り添うように支えた。
セレーネが成人して平民になったら、魔王と結婚する約束もしていた。
「……伴侶の証しにって、この髪飾りをもらったときは、本当に心から嬉しかった。」
セレーネの手元に、白銀色の精霊たちが集まる。精霊たちがセレーネの両手を包み込んで、またほわりと離れていった。キラリと日の光を反射するものを、視界が捉えた。
先程までなにもなかったセレーネの手に、銀色のかんざしがそっと置かれていた。花があしらわれ、赤色の美しい宝石が散りばめられている。細部にも細かな模様が彫られた、とても繊細で綺麗なかんざしだ。
森での魔王との逢瀬は、これ以上ない程幸せだった。
その逢瀬を、国王が仕向けた間者が見ているのも知らずに……。
「……もともと、父は魔族の国の鉱山資源を狙っていたの。……だから、父は私たちの仲を知って利用した。」
魔王とセレーネが恋仲だと知ると、ロイラック国王はある行動に出た。
我が愛しい娘は、魔王に魅了の魔法を掛けられ、
無理やり連れ去られたうえ、襲われたとでっち上げたのだ。
ロイラック国内では魔族に対する不信感と、野蛮な種族だという噂が一気に広がった。もともと、魔族に恐怖と気味の悪さを感じていた人間は、国王の言葉をすんなりと信じた。
そして、その噂は国外にも広がり、同じ人間の国であるラディウス国にも波紋が広がる。ラディウス国王も、内心では魔族の知識と豊富な資源を狙っていた。
人間たちは、「魔族を滅ぼせ!」と騒ぎだしたのだ。
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