32 / 72
第四章 過去と現実
人間との開戦(レイルside)
しおりを挟む(レイルside)
「……サエ?」
サエが蒼色の怪しげな蝶に触れた。その、たった瞬き一つの間にサエの姿が消えてしまった。
そして今、自分がいる場所も明らかに先ほどとは違う。埃っぽい匂いに、長い年月を感じる朽ちた壁や床ではなくなっている。重厚な赤い絨毯が敷かれた床に、美しく磨き上げられた柱。
先ほどと最も違うのは、様々な人物が忙しく行き交っていること。行き交う者たちを人間と言うには、どうも容姿が違う。
鳥のような美しい黒色の羽根を背中に生やして、階層との間を飛んで行き来する人型の生き物。文官のような詰襟の服を風に靡かせながら、バタバタと通りすぎていく。
黒色の羊のような巻き角を頭に生やした男は、服を着た二足歩行の狼と難しい顔をしながら話をしている。騎士服を着た狼は、赤色の瞳を険しく光らせながら「住民の避難は完了した。あとは、この城を守り抜く。」と言っていた。
「……なんだ?」
頭上には大きなシャンデリア。細かな紫水晶を集めて、日の光を煌びやかに反射しながら輝いている。趣向を凝らしたそのシャンデリアは、一目で豪華で華やかだ。どういう仕組みか知らないが、シャンデリアは宙に浮いている。
艶のある黒色の大理石の壁。所々に金で装飾が施された欄干。
建物の作りからして、サエと先ほどまでいた魔王城で間違いはない。しかし、古びて朽ちた城とは様相が全く違う。
そして、厳かな雰囲気とは正反対な、緊迫して張りつめた空気。速足で通り過ぎる者たち。
黒猫の耳を生やした騎士が、俺の正面から近づいてくる。同じ騎士仲間であろう犬耳の男と話しながら、かなり近くまで接近してきたというのに、避ける様子がない。
いつでも攻撃できるように身構えていた、その時だ。
「っ!!」
その騎士は俺に確かにぶつかった。
いや、正確に言えば俺の身体を通り抜けた。
驚いて自分の身体を見てみるが、何ら変わったところはない。周囲を見回してみても、俺と視線が合うものが誰もいない。試しに短剣をチラつかせてみたが、誰も反応は無かった。
「……俺の姿が、見えていないのか……?」
俺は、もう一度、周囲の人間を見遣った。全員が身体のどこかに黒色を纏い、瞳は赤い。
「……魔族。」
魔族は古に存在した種族。サエが持っていた、古代語で書かれた本に記載されていた。
つまり、ここは……。昔の魔王城か。
俺はどうやら、廃城の記憶を見せられているらしい。
サエが急にいなくなったのは気にかかるが、エストが一緒にいるから心配はないだろう。エストは、サエを随分と気に入っている。いざとなれば巨体となって、必ず守るだろう。
鎧を着た騎士が、槍や盾の武器を構えて外へと出ていく。塔の部屋の扉は全て閉じられ、塔の内側には紫の閃光で描かれた、格子状の防御結界が上まで施されていた。
「人間が攻めてくる。私たちが何をしたというのだ……。」
「我らの魔力があれば、人間など敵ではない。徹底抗戦だ。」
「それに人間は国境の結界を抜けられないはず……。どうして……。」
耳を澄まさなくても聞こえてくるのは、不安と混乱の入り交じった会話だ。どうやら、魔族たちの国は人間の国に攻め入られているらしい。
しかし、人間は魔族よりも明らかに劣る存在だ。魔力も、身体能力も人間よりはるかに強い魔族。冷静に考えても、戦いを挑むこと自体無謀に思える。
……この時代の人間は、一体何を考えているんだ?
先ほどの狼の騎士が、外へと出ていく。俺はそれに続くように、魔王城の扉から出た。魔王城の扉の前には、すでに鎧騎士が何百人と臨戦態勢に入っていた。
扉の向こう側には、エストに乗って駆け抜けた石橋がまっすぐと続く。その先は、魔王城の黒色の外門だ。あそこには、結界が張ってあったはず。
ふいに、外門が赤く色を変化させた。金属が高温で熱せられたように、熱を帯びて炎の色を纏う。そこから、黒色の美しい外門がドロリ、ドロリと飴細工のように溶けていった。
その光景に、魔族たちの動揺の声が一斉に上がる。
「なぜ、結界を通れる?!ここの結界は他の地よりも更に強固なはずだ!」
「……外門が溶けるだと?あれはただの金属ではない。闇薔薇の黒鋼だぞ?」
騎士たちが動揺する間も、外門はどんどんと溶かされていく。溶けた隙間からは、人間の軍隊と思われる、灰色の鎧を着た大勢の人が見えた。
石橋の前方で待機する騎士団員たちが、攻撃魔法を放つ。紫色の雷が凄まじい轟音とともに外門へと落雷する。
フォンっ。
「っ?!!」
空気を圧縮したような音が、周囲に響いた。
人間たちを襲った紫の落雷は、その頭上で左右に大きく逸らされた。人間たちの上空に現れた、半透明な結界に弾かれたのだ。
よく見ると、その結界には模様が描かれている。
八枚の花びら。白銀色のツタ模様。
「……聖魔術か。」
外門にいる人間の一人が、厭らしく口角を上げる姿が見えた。
67
お気に入りに追加
1,077
あなたにおすすめの小説
神獣の僕、ついに人化できることがバレました。
猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです!
片思いの皇子に人化できるとバレました!
突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています!
本編二話完結。以降番外編。
追放されたボク、もう怒りました…
猫いちご
BL
頑張って働いた。
5歳の時、聖女とか言われて神殿に無理矢理入れられて…早8年。虐められても、たくさんの暴力・暴言に耐えて大人しく従っていた。
でもある日…突然追放された。
いつも通り祈っていたボクに、
「新しい聖女を我々は手に入れた!」
「無能なお前はもう要らん! 今すぐ出ていけ!!」
と言ってきた。もう嫌だ。
そんなボク、リオが追放されてタラシスキルで周り(主にレオナード)を翻弄しながら冒険して行く話です。
世界観は魔法あり、魔物あり、精霊ありな感じです!
主人公は最初不遇です。
更新は不定期です。(*- -)(*_ _)ペコリ
誤字・脱字報告お願いします!
ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~
てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」
仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。
フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。
銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。
愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。
それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。
オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。
イラスト:imooo様
【二日に一回0時更新】
手元のデータは完結済みです。
・・・・・・・・・・・・・・
※以下、各CPのネタバレあらすじです
①竜人✕社畜
異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――?
②魔人✕学生
日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!?
③王子・魔王✕平凡学生
召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。
④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――?
⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。
【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい
白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。
村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。
攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。
幼馴染と一緒に勇者召喚されたのに【弱体術師】となってしまった俺は弱いと言う理由だけで幼馴染と引き裂かれ王国から迫害を受けたのでもう知りません
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
【弱体術師】に選ばれし者、それは最弱の勇者。
それに選ばれてしまった高坂和希は王国から迫害を受けてしまう。
唯一彼の事を心配してくれた小鳥遊優樹も【回復術師】という微妙な勇者となってしまった。
なのに昔和希を虐めていた者達は【勇者】と【賢者】と言う職業につき最高の生活を送っている。
理不尽極まりないこの世界で俺は生き残る事を決める!!
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
人生に脇役はいないと言うけれど。
月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。
魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。
モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。
冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ!
女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。
なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに?
剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので
実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。
でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。
わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、
モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん!
やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは
あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。
ここにはヒロインもヒーローもいやしない。
それでもどっこい生きている。
噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる