異世界で魔道具にされた僕は、暗殺者に愛される

雨月 良夜

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第四章 過去と現実

石橋、魔獣

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姿を現した厳かに現した門扉は、ゆっくりとその扉を内側に開けた。


「……なんだ、これは……。」

レイルが隣で、驚きの声を上げている。青色の蝶が、門の中でヒラヒラと舞っているのが見えた。


「えっ?何が起こっているの?……なんにも分かんないけど?」


カレンさんと双子には、この扉は見えていないようだ。レイルは、双子とカレンさんに振り返ると、きっぱりと言った。


「……カレン、双子と一緒にここにいてくれ。俺とサエで行く。」

「……分かったわ。あとで私にも教えてね?……サエちゃん、気を付けて。」

カレンさんはそう言うと、僕をぎゅうっと抱きしめた。暖かな体温と、鍛えられた筋肉を感じる。


「サエ、必ず帰ってきて!」

「……サエ、帰ってきて。」

ステラとシエルは泣きそうな顔をしながら、僕にぎゅうっと抱き着いた。服を強く引っ張っり、そのあとにそっと服を離してくれた。


「うん。必ず戻って来るよ。……行ってきます。」


レイルと僕は3人の視線を背中に受けながら、黒い門の中へと足を踏み入れた。


キンッ。

門を通り抜けたときに、細い金属が地面に落ちたような高い音が響いた。


「結界を抜けたな。」

今の音は、結界を通り抜けたときの音らしい。音を聞いた瞬間に、目の前の景色が一気に変わった。


霧深かった森は姿を消し、地面も踏み固められた焦げ茶色の土から硬い石に変わる。


光源は、灰色の光。
見事に黒色な満月から、どうやって灰色の光を出しているのだろう。とても奇妙な満月だった。


先が見えないくらいに長く、一直線に伸びた灰色の石橋。石畳のタイルは所々傷んでいるが、美しい扇型の模様を幾重にも描いていた。


石橋の立派な柱と、黒色の月を正確に映し出した水面。コツっという、僕たちの足音だけが妙に遠くまで響く。


石橋の先には、月に届かんばかりに高い、数個の楼閣が並ぶ。その中でも荘厳にそびえ立つ、ひと際大きな黒色の塔。


手に持ったままでいた、深緑色の本を開く。


「あれが、魔王城……。」


初めての場所なのに、とても懐かしいんだ。

そして、怒りと強い哀しみが、
僕の知らない奥底から漏れ出てくる。


「エスト。」

レイルがエストを呼ぶ。僕の右肩に乗っていたエストが、トンッと肩を蹴って降りた。

地面に降りる間際に、エストの姿が突然消えて黒煙がぶわりと僕の視界を奪う。


「うわっ。」

瞬き一つの瞬間に現れたのは、黒色の大きな犬?だった。

犬にしてはやっぱり耳は長いし、尻尾も狐みたいにポフポフしているけど。黒色の艶やかな毛はさらに長くなり、モフモフ度が一気に増した。


琥珀色の美しい瞳は、瞳孔が縦に長く割れている。灰色の光で鈍く光る爪は、血肉だけではなく硬い物さえも砕けそうなほど、太く力強い。


首元に、炎のような赤色の毛が模様のように混じっている。このお洒落さんは間違いなくエストだ。


「わぁあ。エスト、大きい!もふもふ!」

僕は辛抱溜まらず、エストに思いっきり抱き着いた。僕の全身が余裕で埋まる。ちょっとした大きなトラックぐらいの、大きなもふもふ。


はあ、癒し。
ずっとこのまま埋まっていたい。


「……こら、今はそれどころじゃないだろう。」

ぺりっとレイルに首根っこを掴まれて、エストから離される。


そうだった。
あまりの巨大もふもふに、我を忘れそうになる。


エストは一度地面にお腹を付けると、伏せの状態になって身体を低くした。


「サエ、掴まれ。」

「えっ?」

レイルは、そう言うが早いか、いつの間にか僕の膝裏に手を回して、ひょいッと抱き上げた。

だから、いつも音もなく僕に近づいて、行動するのはやめてほしい。心臓に悪いんだってば。


僕をお姫様抱っこしたレイルは、エストの前足を蹴ってヒラリと宙を舞った。そのまま、エストの背中にストンと降り立つと、僕をそっと降ろす。


僕が座ったすぐ後ろに、レイルも腰を下ろした。僕のお腹辺りに、レイルの逞しい腕が回る。背中には暖かな体温をじんわりと感じた。


「……このまま、抜けるぞ。」

その言葉を合図に、エストは身体を起こす。後ろ足で勢い良く地面を蹴り上げると、石畳を一気に駆け抜けた。


すごい勢いで景色が流れていく。風も凄まじいはずなのに、全く揺れない。レイルが、風魔法で風圧を抑えてくれていたようだった。

エストの心地よい毛が疾風に靡く。


「っ!伏せろ!」

レイルの声とともに、僕の身体ごとエストの背中に伏せられた。前方から、ヒュッという風切り音が鳴る。


頭の真上を、すさまじい勢いで何かが通り過ぎたのを、風圧で感じた。


「……えっ……?」


目の前の光景が信じられず、僕は呆気にとられていた。


キシキシと錆びた金属が、無理矢理に擦れ合うような、耳に残る不快な音。顔を上げて見えたのは、黒色の大きな羽根をバサバサと動かす、人ほどの大きさの生き物だった。


上半身は確かに人。でも、その姿は明らかに人じゃない。


肌の色は毒々しい紫色、目は血のようにドロリとして赤い。ギラギラとした目は、明らかに血に飢えていた。


耳元まで裂けた口からは、鋭利な歯が何本も並んでいるのが見える。両腕は無く、その代わりにコウモリの羽根に似た黒々とした翼を広げて空を飛んでいる。


下半身は鳥のような太い足。獲物を捕まえて、引き千切るための鋭い鉤爪。


「キィィイイイェエー!!!!」

発せられる、甲高い不協和音を合わせた鳴き声に、耳を塞ぎたくなる。この世のモノとは思えない異形に、僕は全身の毛が逆立った。


「……ちっ。ハーピーか。」

レイルが煩わしいとばかりに、舌打ちをした。しがみ付いているエストの毛が、ぶわりと逆立つ。


喉元からは地を這うほど低い声が聞こえる。エストは一度、息を大きく吸うように背中を丸める。黒色の毛並みに紛れている紅色の毛が、熱を持ったように光り出す。


正面には、翼をはためかせて突進してくるハーピーが見えた。鋭い鳥の鉤爪が、ギラリと刃を向ける。


ガウッ。


そう一鳴きしたエストの口から、迸る熱量の炎が発せられた。灼熱の紅い炎が、渦となってハーピーに襲いかかる。

正面のハーピーは、咄嗟に羽をばたつかせて上に回避した。しかし、それを追うように炎の竜巻がハーピーを襲う。


グギャギャーーー!!!


炎の渦に巻き込まれたハーピーが、苦しげな断末魔を上げた。漆黒の羽に炎が移り、燃え盛る。やがて全身に炎の渦に包まれると、石橋の下へと堕ちていく。

ばしゃんっという、水面が跳ねる音が聞こえた。血肉の焼けた焦げたような、かぎなれない血生臭い匂いに吐き気を覚える。


魔獣なんて、ゲームとかアニメの世界だけだと思っていた。間近で見たそれは、鳥肌が立つほど恐ろしく、目を塞ぎたくなるほどにおぞましかった。


血肉の裂ける音、臭い。
生命が絶つ、そのときの断末魔が。

その全てが、僕の頭から離れない。


僕は吐き気をグッと堪えた。逃げてはいけないと、自分に強く言い聞かせる。


これは、現実なんだ。
これが今、僕のいる現実だ。


残酷で、過酷な、生と死がずっと近くで隣り合う世界。


それをまざまざと、僕は突き付けられた。



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