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第三章 逃走、泡沫の平穏

古の本

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「ふぁあ~。よく寝た!」

「……シエルとステラ、ふっかつ。よく寝た。」


シエルとステラは、僕が目覚めた日の夕食時に起き出した。2人の様子が心配だった僕は、姿が見えた瞬間に思わずぎゅうっと抱き締めてしまった。

シエルとステラは、空と星の目をパチパチして驚くと、小さな手を広げて力一杯僕に抱きついた。


それからは、皆でとても温かな日々を過ごした。
カレンさんの家でお世話になるのだから、出来るだけのことを手伝った。


1度、僕が日本風のご飯を作ったら、皆に物凄く感激された。双子は目をキラキラとさせて、「「おいしー!」」ってパクパク食べてくれた。

レイルはおかわりまでしていたから、思わず嬉しくて笑ってしまった。喫茶店のマスター直伝のレシピは、皆にも好評のようだ。


「いいなー。料理上手で、美人で、健気って。私が貰いたいくらいよ。」


カレンさんは、僕の料理をかなり気に入ってくれた。トロトロ卵のオムライスには、感極まって涙を流していた。その日からは、食事が僕の担当になった。


そして、僕はカレンさんに、古代魔術に関する資料を見せて欲しいとお願いをした。もしかすると、僕の身体から『暗黒の種』を取り出す方法を、見つけ出せるかもしれない。


カレンさんは快く承諾してくれて、ついでに資料の整理も任せてくれた。古代文字で書かれた書物や石板が、ところ狭しと並ぶ部屋で、1つ1つ確認しながら整理する。


「……紙の匂い。」


人々の手を渡り歩いた本は、少しの埃っぽさと、コーヒーみたいな香ばしさを感じる。どこか落ち着く紙の匂いを、僕は思いっきり吸い込んだ。

天井まで届きそうな本棚が並ぶ姿は、ちょっとした図書館だ。本棚には、分厚い本が平積みになったり、本の上に斜めに置かれている。上下が逆さまな本まであった。


カレンさんは、やっぱり学者気質なんだろうな。
整理整頓とか、あんまり気にしてない感じだ。


本棚の間を抜けると、これまたヘンテコな石像、瓶の中に光る薬草などが置かれた棚に突き当たる。その隣には机がポツンっと置いてあって、資料や絵でごった返していた。


部屋の奥にある、大きな出窓をそっと開けて、空気を入れ替える。籠った部屋に少しひんやりする風を導いて、僕は本の整理に取りかかった。


「……なんで読めるんだろ?やっぱり異世界転移特典とか?」

不思議なことに、僕は古代文字がスラスラと読めた。
カレンさんもこれには驚いていて、幾つかの文献の解読を依頼された。そうやって研究のお手伝いをしつつ、種類ごとに本や資料を棚にしまっていく。


本棚の合間にある小さな椅子に腰掛けて、解読途中の本を開いて膝に乗せたまま、ふと思う。


皆でご飯を食べて、仕事を手伝って、双子と一緒に眠る。
今までにないくらい、平穏な時間。


この時間は、果たして何時まで続けられるのだろう。

僕たちは逃亡者。
何時までも穏やかに、居られるはずがない。


一刻も早く、『暗黒の種』を僕から取り出す方法を見つけ出さなければ、僕たちはいずれ、どちらかの国に捕まるだろう。


ふわりとした毛並みが、僕の頬を擽って思考の闇から覚めた。
僕の肩に乗っていたエストが、突然、僕を踏み台にしてトンっと跳ねた。


「わっ!」

エストに踏まれた僕は、短い驚きのの声を上げながら、変に前のめりになる。本棚の一番上に、エストが飛び乗った。モフリとした黒い尻尾が、気まぐれに、ふおふおと揺れている。

スタスタと小さな足で、本棚の上を器用に歩くと、ふと首を傾げて止まって鳴いた。


「キュイ。」

「こら、エスト。」


エストは本棚の背後をチラリと振り返ると、狐のような尻尾を1度大きく揺らした。上から、ズズッという、何かが引きずられた音がする。


琥珀色の瞳をまん丸にして、小首を傾げたエストはもう一度尻尾を大きく揺らした。


「あっ。」

本棚から、何か冊子のような物が落ちてくる。咄嗟に受け止めようと僕は本棚の下に入り込んだ。僕のつむじ辺りに、ちょうど角部分がコツンっと当たる。


「あてっ……。」

見えていたのに、悲しいかな。上手く受け止められなかった。僕の頭に当たったものは、床板にパサッと落ちて横に広がった。拾い上げようと曲げた腰に、トンっと小さな衝撃がした。


「キュ。」

「わっ。」

トンっと、僕の背中に軽い衝撃がした。エストが僕の背中を蹴って、床に降り立ったようだ。さっきから完全に、僕を踏み台にしている。


落ちた冊子を、鼻先で突っついたあと、エストはその本の隣にちょこんと座る。


「……なんだろ?」

エストを抱き上げながら、本も一緒に拾い上げる。

それは横に長い、帳簿にも見える本だった。深緑色の本は、ここに保管されているものの中でも、厚さが薄い。紙も所々が痛んでいる。


何か古代の資料なのだろう。拾うときに背表紙や表紙も見えたけど、本のタイトルなども記載されていなかった。


「……?何も書いてない?」


試しにパラパラと本を捲っていく。どのページを見ても、セピアに色褪せた白紙のページが続く。これは、使われなくなったノートか何かだろうか?


最後までページを捲って、本を閉じて再び表紙に指を滑らせる。よく触ってみると、深く凹んでいる線が装飾されていた。何とはなしに、その凹みになっている模様を指先でなぞらえる。


「……えっ……?」


驚きで僕は指先を止めた。


何もなかった本の表紙が、突然銀色に光り始めた。

本の凹んだ線に、銀色の光が広がっていく。その光は、線を描き、深緑色の本の表紙を銀細工で彩っていった。花を模した美しい柄に囲われ、やがて文字が表紙に滲むように姿を表す。


「……魔族と人間」


本の題名を、無意識のうちに呟いていた。


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