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第二章 出会い、隠し事
罪滅ぼし、誰かの手
しおりを挟む夕食を終えた僕たちは、夜風の中で戯れていた。
双子に手を繋がれながら、風に揺れる下草をトコトコと歩く。季節は秋だろうか。肌を撫でる風が、冷気を帯びていて少しだけ寒い。
僕と双子は色違いのフード付きコートを羽織っていた。僕は深緑色、双子は明るい青色だ。この服は、きっと神殿からの支給品なのだろう。長い袖が、双子が走るとパタパタと翻る。
平屋の建物には、小さな庭が付いていた。今、僕たちはそこへ夜のお散歩に来ているのだ。庭と言っても、青々と草の生い茂る空き地に近い。
古びた木製のベンチは、所々座面からひょいッと草の先が顔を出し、草の上に木の板が浮いているようにも見える。
木の実を付けた数本の木。その後ろには、木よりも背の高い、そびえ立つ白色の絶壁があった。
お散歩といっても、双子の小さな歩幅で数分ほどで歩き終えてしまえる広さ。僕たちは、庭の木の実について話をしたり、双子と追いかけっこをして遊んだ。
『ステラ、シエル。もう遅いから、お帰り。……二人とも、おやすみ。』
「サエ、おやすみー。」
「サエ、おやすみ。」
夕食後の楽しいひと時はあっという間だ。双子を朝と同じように神殿へとつながる廊下まで送り届けた。2人の背中が見えなくなると、僕は廊下を歩いて庭に出た。
草を踏みしめた、サワサワとした音がよく聞こえた。微かな物音が響くと、より一層孤独な夜だと思い知らされる。
ここから、僕の罪滅ぼしの時間が始まる。
あの、神殿の一室で行う、透明な石に暗黒魔術を施す作業を思い出す。向こう側が見えるくらい、透き通った丸い石。ガラス玉のようにも見えるそれを、神官に渡され両手で握りこむ。
身体の下っ腹辺りから、ドロリとした熱のような魔力が上に流れ、両手へと移動していく。
自分の指先から魔力が出ると、墨が滲むように、透明な石が汚されていくんだ。しばらくすると、石はおぞましい程に黒色に歪んでヘドロのように淀んだ。
見るからに穢れを纏っていて、憎悪と嫌悪が溢れ出ている魔力。それは、黒真珠が僕を媒体として流している、暗黒魔術の魔力だった。
気まぐれに、王や宰相、貴族の出で立ちをした人たちが、神殿に来て暗黒魔術の様子を見に来ることがあった。黒く変わった石を見て、王は欲にまみれた顔で、にやりと口角をあげ笑った。
貴族たちは口々に、「この石はあそこに設置しよう。」「水源に入れてしまえば……。」「石で土を汚染させる手も……。」と恐ろしいことを思案していた。
なんて、おぞましいことを考え付くのだろうか。
弓のように弧を描いた月は、月明かりをうっすらと湛えていた。月夜にしては、月光が淡くて闇が濃い。夜空を見上げたあとに、僕はそっと胸元で両手を重ねて握りしめた。
『……僕のしていることは、どこかの誰かを苦しめている。』
どうか、僕が石に流したあの黒い魔力を、無いものにしてほしい。人々を苦しめているであろう、あの重く暗い、恐ろしい呪いを消してほしい。
そんな、願いをこめながら、目を閉じて祈る。
ふわりと、下からの風で僕の前髪が靡いた。
数秒祈って目を開けると、僕の足元から白銀色のツタがいくつも伸びているのが見えた。ツタは、僕の目線のや頭を越えて、八枚の花びらが咲き誇る。白銀色の美しい花だ。
僕は、そっと両手を開く。
僕の両手の中で、ゆっくりと羽を一度開いた銀色の蝶。数羽の蝶がはためき、銀色の鱗粉が、手の中でハラハラと零れた。
僕は蝶を空へと向けて、すうっと押し出した。
白銀の蝶羽ばたきが、視界いっぱいに広がり、群れだって手を離れていく。それと同時に、僕の周りに咲いていた花が、足元からの風に煽られて散っていく。
白銀の花びらと蝶が、流れるように夜闇に舞った。蝶の鱗粉が、銀の粒子となって風に靡く。高い塀を乗り越える寸前、すうーっと蝶と花びらの白銀色が透けていく。
白銀色から透明な花と蝶に変わり、夜空を流れる。時折だけ、輪郭を現すように光を反射させながら、壁を越えた。
何時からかは、僕自身にも分からない。
僕が呪いの力を消したいと祈った夜、このよく分からない魔術が使えるようになった。白銀色の魔力で花が咲き、蝶が生まれる。彼方へと透明になって飛んでいく。
周囲の人間に気づかれるのを恐れた、僕の意思に汲み取ったように。蝶たちは白銀色から透明になって、空に羽ばたいていくのだ。
どうか、この銀色に輝く蝶と花たちで、
僕の呪詛を相殺してくれないだろうか。
そんな、都合の良いお願いごとをしながら、蝶と花の群衆を見送る。
こんなことは、きっと偽善に過ぎない。
もしかしたら、どんな効果も無いのかもしれない。
だけど……。
これをせずには、いられなかった。
どうか、僕が犯している罪を、
消し去ってほしい。
『……ごめんなさい……。』
音にならない、謝罪の言葉。
異世界の地で、嘲笑と侮蔑の視線に心はすり減る。監禁されている現状に、手も足も出ない、自分の情けなさ。
自分自身さえも、道具として扱われる悔しさ。
呪いを施し、誰かを傷つけている恐怖と苦しい罪悪感。
綯交ぜになった感情が何処からともなく溢れて、視界がぼやけてくる。最後の白銀色の花が散り、視界から無くなった瞬間。
「……なぜ、泣いている。」
宵闇を思わせる凛とした、静かな低い声。
一筋の涙が伝う僕の頬を、誰かの指がするりと撫でた。
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