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第二章 出会い、隠し事
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暖色のランプが、揺らめく室内。濃紺で統一された室内は、シンプルながらに気品に溢れていた。分厚い濃紺の絨毯は、足音を吸収する。
足音に気を付けなくていいのは、楽でいい。
革張りのソファは実に心地が良い。一人掛けのソファなのに幅が広いのも気に入っている。身体が変に沈まないのも、酒を飲むにはちょうど良かった。
向かいに座る若い男は、背の低いグラスを傾けて、琥珀色の酒を一口飲んだ。ダークブラウンのローテーブルに、そっとグラスが置かれるのをチラリと見遣る。
カランっと氷の溶ける音が、静寂な室内に響いた。
「……最近、ロイラック王国の動き不穏だ。」
淡い魔導ランプの光に、白金色の髪がゆるりと揺れている。
王家特有の髪色は、金糸のように柔らかそうだと、いつも思う。深緑色の瞳を伏せ酒で艶めく形の良い唇で、目の前の第一王子は言葉を紡いだ。
俺も琥珀色の酒を一口含みながら、視線を深緑色の宝石に向ける。視線だけで話の続きを促すと、美貌の王子は淡々と話し始めた。
「一月ほど前に、国境沿いの村人が、家屋を置いて忽然と消えた。その村の数は3つ。そのどれもが、直前まで生活していた形跡がある。……本当に人だけが消えている。」
各地を回る旅商人や冒険者たちの間で、まことしやかな噂となっていた。ある者は恐れおののき、ある者は作り話だろうと鼻で笑う。
国外の村が、貧しさから村を捨てて別の場所に移動するということは、さして珍しくはない。しかし、今回は明らかに状況がおかしかった。
調査に赴いた騎士団員たちは、非常に驚いたのだそうだ。
まだ作り途中に見える料理や、財産である家畜を野放しにしたまま。金銭さえも置きっぱなしになった家屋。
本来、野盗に襲われたり、人に攫われたと言うのであれば、家屋内は荒らされ、村も壊滅しているはずだ。金品の類はもちろん盗まれる。
しかし、村には争った形跡もなく、ましてや村人の遺体もない。
寸前まで、滞りなく平穏な生活が送られていた村。
そして、それが一瞬のうちに終わったことを物語っていた。
「……ロイラック王国内の国境沿いの村も、どうやら同じ状況らしい。」
第一王子はローテーブルに置いていた紙束を、俺に手渡した。紐で括られた紙は、白紙だ。これに俺が魔力を流せば、情報が文字として浮かび上がる。特殊な魔法インクで書かれた機密文書だ。
グラスの中に残った琥珀色の酒を、第一王子は一気に煽った。テーブルに置かれたグラスの中で、カラカラっと氷が遊ぶ。それを見た俺も、グラスの中身を煽る。
こんな度数の低い酒では、気付けにもならない。
トンっと、グラスを置いた俺に、第一王子は静かに指示を出した。その声は、次世代の王に相応しく、血なまぐさい冷酷な暗殺者を前にしても毅然としている。
「ロイラック王国の内情を探れ。何か掴んだら、報告しろ。」
何かあってからでは遅いと、この第一王子も思慮深い。今のうちに危険な芽を潰していくつもりなのだろう。
「……危険だと判断した場合は、始末を。」
「……はっ。」
あの国は、王や貴族が腐りきっていた。圧制により民は苦しみ、貴族たちだけが裕福な生活を送っている。
とうとう、鉱山資源も底をつき財政は厳しい一方だろう。現在の王は愚王だ。そして、虎視眈々と我らが領地を狙っている。他を侵略することしか、頭にない。
民たちは貧しさのあまり、国外に逃げ出そうとしているが、なんと国外から出ることを禁ずる法律まで制定された。
国外に一歩でも足を踏み出したら、家族もろとも重罪人となる。なんという横暴。あの国は、放っておいてもいずれ傾くだろう。
しかし、追いつめられた愚者は、何をしでかすか分からない。
第一王子の執務室を出る。しんっと静まり返った古めかしい王城の廊下は、幽霊が出そうなほど薄ら寒い。
「……すぐに、終わるだろう。」
国同士の駆け引きや、政に関して、俺はさして興味が無い。
ただ、与えられた任務を
淡々と、的確にこなすだけ。
「……何かある前に、殺せばいい。」
そう、ただ、それだけだ。
暗闇に俺は音も立てず、姿を隠した。
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