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第一章 異世界転移、渾沌
黒い世界、美丈夫と僕
しおりを挟む「……ほう、今度の器は美しいな。」
皮肉気に、嘲笑うかのような男の声。その声がやけに響くのは、この建物がそれは高く吹き抜けているからだ。摩天楼と言っても、良いかもしれない。
ぽっかりと開いた円の天井からは、測ったようにぴったりと満月が見えていた。月は、なんと黒色だ。黒色の満月なのに、どうして周囲を灰色の光で照らせるのか。
とても奇妙な月だった。
静かな夜闇。建物全体も、黒色の石で出来た塔だ。この世界自体が、どことなく暗く黒っぽい。幾重にも階層が連なっているようで、剥き出しの石柱と石造りの欄干が上に続く。
塔の端から端までを、黒い狐に似たふわふわの生き物が、ひょこひょこと跳ね走っていく。ウサギよりも、やや短い耳を揺らして、一見すると宙を走っているようにも見えた。
良く目を凝らしてみると、仄暗い光に反射して透明な板が見える。ふわふわの生き物が通り過ぎると、透明な橋は、ふわりと金色の粒子になって夜闇に消えた。
風景全体が黒い物ばかりなのに、視界は良好だ。紫色の砕けたような結晶が上下と高さを変えて複数個、宙に浮いている。この結晶が、周囲を照らしているからだろう。
「私のために、異世界から連れ去られたのであろう?……なんとも、難儀なものだ。」
声だけで威厳を現わせるというのは、本当のことらしい。
低いながらに聞きやすく、腹の底にも響く声。どこか物哀し気な音が混じっているのは、聞き間違えだろうか。
コツッっと音を立てて現れたのは、絵画のような美丈夫だった。
黒壇のように艶やかな、背中まで伸びた髪がサラリと軽やかに揺れる。肌は陶器のように白い。顔の造形は人形のように整い、この世の者とは思えない美しさだ。
この黒の世界で一層際立つ、ルビーの瞳。奇妙な状況を忘れて見惚れてしまうほど、至極の宝石と言って過言ではない美しさだった。
紅玉の中には、煌めく金色が、僅かに垣間見える。人を引きつける、美しい瞳だ。
この黒の世界の、支配者であると、頭が瞬時に理解した。
それほどまでに、美丈夫は荘厳な存在だった。
いつの間にか、顔の整い過ぎている美丈夫が、身体が触れ合える距離まで音もなく近づいていた。一瞬のことで、思わず目を見張る。
近くで見ると、より一層人間味がない。
夜の精霊、宵闇の王と言われても、驚かないだろう。むしろ、納得してしまうほどに、男の美貌は異常に整っていた。
美丈夫は僕よりも、背が幾分も高い。2メートルはある大男だった。金色の刺繍が美しい、黒色のコートを涼やかに風に靡かせる。その下には、これまた漆黒の上質な服を着ていた。
きらりと胸元に、青色のブローチがあるのが目に留まった。
紅玉を間近に見ると、煌めく金色の正体が分かる。宝石の中に、金色の細かな粒子が混じっているのだ。その粒子は宝石の輝きを、上品に彩っていた。
「……???」
音もなく現れたことに、僕は唖然として動くことができない。というか、身動きが全くできないのだ。
足は平らな石床に縫い付けられたように、一歩も出ない。手も神経が通っていなかったかと錯覚するほど、降ろされたまま。
まるで、自分だけ時が止まっているようにも思えた。
美丈夫は、僕の様子を紅玉の目で射貫いた。
そっと僕の肩に手を置くと、制服のボタンに手を掛けられる。プチっ、プチっと制服のボタンが外されていくのを、僕は黙って見ているしかなかった。
僕が動けないことを良いことに、美丈夫はワイシャツのボタンにも手を掛けていく。全てのボタンを外し終えると、するりとワイシャツの中に、美丈夫の手が入れてきた。
「っ??」
ひんやりとした手の冷たさに、思わず肩がビクッと跳ねる。
驚いても、声を出すことができない。成されるがままの状態で、僕は顔だけを美丈夫に向けた。ルビーの美しい瞳と視線が交わる。
何をするの?
僕のことを、どうするつもりなの?
声が出ない分、そんな疑問を僕は目で訴える。
美丈夫は僅かに目元を細目、片方だけ口角を上げた。
艶やかで、怪しげな笑みを向けられて、何とも落ち着かなくなる。
制服とワイシャツの前がはだけて、黒の世界に僕の細くて白い素肌が露わになっている。するりと滑り込んだ白磁の手は、トンっと左胸に手の平を当てられた。
「……綺麗な魂だ。そして、綺麗な魔力。」
とうとつと、誰に聞かせるでもなく、美丈夫は言葉を零した。触れられている左胸は、ひんやりと冷たい。
しばらく、美丈夫は僕の左胸に手の平を当てていた。そして、美しい顔貌を途端に歪め、男は忌々し気に舌打ちをする。
「……チっ。洗脳魔法も付与された、呪詛の首輪か。けしからん。この私を傀儡にするつもりか?」
ふんっと、嘲笑を大いに含んだ様子で鼻で笑う。
おもむろに美丈夫は、グイっと僕の右腕を引いた。無理矢理に身体を引っ張られた僕は、ぐらりと頭が一度後ろに大きく動いた。腰に腕を回されて、僕の足が地面から浮く。
その隙に、素早く美丈夫が身体の隙間に入りこんだ。美丈夫のサラリとした黒髪が、顎と首元を擽る。首元に顔を近づけてきた美丈夫は、何か聞いたことのない言葉を呟いている。
喉元に美丈夫の吐息がかかったかと思うと、チュッという音とともに柔らかな感触が喉に当たった。
……今、何をされたのだろう?
「……古の呪いは強いな。私でも洗脳までしか解けなかったか……。仕方あるまい。」
両肩に置かれていた手が、そっと離れていく。ひんやりとした手が、すっと僕の右頬を撫でていった。
「……私とともに、闇へ。異世界の子よ。」
意識が、急に底へと沈むように引きずられていく。目の前の幻にも思える美貌が、ぼんやりとした視界に靄として映る。
瞼が重い。何とか堪えようとしても、逆らえない。
沈みゆく意識の中で、最後に見たのは、美丈夫の眉根を寄せて苦渋に歪む顔だった。
……なぜ?
なぜ、貴方はそんなに……。
僕の口は、何か音を紡ごうと僅かに開いて、
何も零れなかった。
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