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第三章 不穏な足音はします
怪盗の協力要請
しおりを挟む「……レ、イ……??」
眉目秀麗な顔に皺を寄せて、神官服に身を包んだ美しき怪盗が自分を後ろから支えていた。彼の名前を呼んだ直後、抱えるように前に回された腕に力が籠る。
記憶から戻った名残りで早まっている鼓動が、優しく自分を抱える青年の鼓動によって落ち着いていく。視界の端で、彼の青みがかった黒髪が揺れる。
「大丈夫か……?」
耳元で心配げに囁かれた声に、イリスは無言で頷いた。気持ち悪さも薄らいだところで、自分を覗きこむレイに疑問が浮かんだ。
「……どうして、ここに?」
それに、先ほどまで一緒に居たカイの姿も見当たらない。自分が呪いの記憶をたどっている間に、一体何があったのだろうか。
「調査しているときに、君を見かけてね。軽く挨拶をしようかなと思ったら……。自ら水に溺れていく君に驚いた」
レイ曰く、この街に滞在する貴族が標的に成りえるかどうか、現在進行形で調査をしていたそうだ。そんな中でイリスの姿を偶然目撃したのだという。
門番のカイには、自分がこの場を引き受けると言い聞かせて離れてもらったそうだ。
レイは揶揄うように告げながらも、イリスの様子をじっと見つめている。自分の行動は、他人の目から見れば奇異に見えただろう。俯くイリスをあやすように、レイはイリスの左胸をぽんっ、ぽんっと優しく叩いた。
そんな優しい仕草に肩の力が抜けて身体を預けていると、レイは頃合いを見計らったようにイリスに問いかける。
「冗談はさておき……」
そこで言葉を切ったレイは、イリスの前に回していた手をそっと解いた。
背中から温かな体温が離れていくのが、何となく心もとなくて名残惜しい。振り返ってレイと向き合う。相変わらず美しい蒼の瞳に思わず魅入っていると、言葉の続きを告げられた。
「……イリス。君はこの水に、一体何を見た?」
「っ!!」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
体温が急激に下がる。息が詰まって、時が止ったのかとさえ思った。今、レイは何と問いかけた?真っ白になった頭の中で、彼の言葉が反芻する。
まるで、自分の左眼の特性について知っているような口ぶりだった。自分でも知らずの内に、小刻みに身体は震えて、口も動かない。
緊張と不安。なによりも、目の前の美しき蒼を持つ紳士に嫌われたくないという、恐怖。
何も言えずに固まってしまったイリスへ、『すまない』とレイは苦し気に絞り出した。小刻みに震え、素手のままになった無防備な両手に、自分よりも大きな手が重ねられる。
「……君がどんな力を持っているかは、正確には分からない。ただ、おそらくは素手で触れた物の何かを読み取る力なのだろう?」
真摯な瞳で真っすぐと自分を見つめるレイに、イリスは何と答えて良いのか分からない。不安に揺れて言葉に窮するイリスの手を、レイはさらに壊れ物を扱うように大切に握りこんだ。
そのあまりにも優しい手つきに、『大丈夫だ』と言われているような気がした。
「君の力について、もちろん誰にも言わないと約束する。……ただ、その力をどうか貸して欲しい」
白手越しにイリスの指先までも包み込むレイ。自分の冷え切った指先に彼の体温が少しずつ移っていく。レイは真剣な眼差しで、イリスへと話始める。
「……明日の夜、ある貴族の屋敷で夜会が開かれる。その貴族が怪しい取引をしていてね。この都市に爆発的に広がる感染症に、関わっている可能性が高い。……私はその取引されたものを、盗むつもりでいる」
イリスは驚きで目を見張った。『取引』という言葉に、先ほど見た記憶の片鱗が重なる。レイは目を少し伏せて、しばし沈黙した。
そして、意を決したように鮮烈な蒼色を向ける。
「どうしても、君の力が私には必要だ。この都市の憂いを晴らすために、協力してくれないだろうか」
どこまでも真っすぐな、神秘の蝶を思わせる蒼がイリスに乞い願う。自分の力を知っていながらも、彼には自分への嫌悪感を感じない。脅すわけでもない。
彼は遠ざかるどころか、自分へ助力を求めてくる。自分が必要だと。世間から特異の目で見つめられてきた存在である自分を、欲してくれている。
どうしてこうも、目の前の彼は自分の心を突き動かすのだろう。
未だに自分の両手を包み込む大きな手を、イリスはそっと離した。レイは一瞬だけ目を見張り、ほんの少しだけ諦めたように俯く。
ずっと自分に体温を分け与えてくれていた手を、今度はイリスが包み込んだ。指先まで冷たくなっていたはずの手が、今はこんなにも温かい。
彼の気持ちに応えるために、その美しき蒼の瞳をイリスは見つめ返した。
「……多くの人が助かるのなら。オレの出来得る限り、協力する」
そして、この力を不気味に思うことなく欲してくれた貴方に、少しでも応えることが出来るなら。
そんな思いを込めて、彼の大きな手をぎゅっと握り返した。レイは目を見張ると、『ありがとう』と小さく呟いて微笑んだ。
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