失せ物探しは、秘めやかに(追想の神官は、騎士と怪盗に挟まれてお腹いっぱいです)

雨月 良夜

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第三章 不穏な足音はします

二人の人影、蒼との再会

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 水の中に潜む黒い蛇が、イリスの手に絡みつく。舌先をしきりに動かして、素手を撫でるように何度も往復していく。

 イリスはその悍ましい怨念の生き物に、思わず水面から手を引き上げていた。濡れた右手が変色していないことで察した。


(入り込む場所を、探していたのか……)

 肌が粟立つおぞましさを感じたものの、中に入り込んで来る様子はなかった。肌に触れるだけでは、入り込めないのだろう。でも、水というのが深刻だった。


 教会が使う水は、患者の看病と薬の生成のために、湧き水をさらに祈りを捧げて聖水にする。そのせいで気付くのが遅れた。


 この水汲み場は山からの湧き水を、そのまま流しているのだろう。街の至る所に、同じような水汲み場はたくさんある。日常的に飲んでいるとすれば、人々は呪いを口から直接摂取していることになる。

 温泉もこの水が使用されているはずだ。傷口や粘膜から入り込むのだろう。


 水面から見上げてくるは蛇が、自分を嘲る気配がする。血のような赤い瞳と目があった瞬間、イリスを激しい感情が揺さぶった。


(……こんな……。こんな、得体のしれないもののせいで、子供たちは……!)


 イリスの心底で、怒りが沸き立つ。呪いに対しても、それに臆している自分に対しても。今しがた恐怖に負けて水面から取り出した右手を、ぎゅっと強く握りこんだ。


見えないものに侵され、その不安と苦しみに耐えているあの子に比べれば、自分の恐怖などたわいもない。


イリスは苛立ちが促すまま、左手の白手を外した。神官服の袖を捲り上げると、蛇が蠢く水面に再び手を突っ込んだ。


 みずから飛び込んできた獲物に、呪いの蛇たちが絡みついて来る。イリスは絡みつく不快さに眉をよせながら、蛇の頭を右手で思いっきり掴んだ。牙を剥き出しにして暴れる蛇へ、左手も水に突っ込んで頭を抑え込む。


「なにやって……?……あなたは……?」

 不自然に途切れたカイの声を気に留めず、イリスは逃げようとする蛇を必死に掴む。途端に周囲の景色が見えなくなって、身体が記憶へと引き寄せられていく。

 熱くなる左眼に意識を集中して、蛇の中へと無理矢理入りこむ。自分の意思に答えるように、左眼が熱くなる。


もっと見せろ。もっと入り込め。
キンッ、キンっと甲高い音が響いて、意識が蛇の記憶へと焦点を絞り込んでいく。


もっと深く、共鳴しろ。
お前の記憶を見せろ。


 イリスがそう強く意識したその瞬間、甲高い音が一層大きくなって止まった。

 こもったかび臭さと、妙に甘ったるい紫煙の香りが鼻を掠める。古びた木の壁には所々に穴が開いて、まるで廃墟のような様相だ。暗い室内を照らす一つのランプは、ホコリの被った床に2人の人影を揺らめかせる。


闇の中に自身を隠すように、フードを目深に被った人物は、木製のテーブルの上に小箱を置いて正面の人物に差し出した。

 差し出された人物は葉巻の灰を床に落とすと、その短い指で小箱をテーブルから手に取った。コートの下から覗いた袖には、これでもかと繊細な刺繍に宝石が縫い付けられている。平民には到底手に入らないような高級な服だ。


(貴族か……?)

 指輪入れほどの大きさの小箱の蓋を開けた瞬間、男は口角を上げた。下卑た歓喜の笑みは、まるで蛇のように狡猾で歪だった。流れ込んできた記憶の感情は、イリスにとって不快極まりない。


金。権力。欲望。
自分が偉いと疑わない傲慢さに、吐き気がする。


『これは金になる……。手始めに商業都市からという計画も、実に気に入った!』


 堪らないというように、男が笑い声をあげる顔をフードの人物はじっと眺めていた。フードから僅かに覗く口元が、ゆっくりと口角を上げて不気味に微笑む。高笑いがどんどんと遠退いていく。


まだだ。
まだ箱の中身を見ていない。オレから逃げるな。


 小さくなっていく2人の人影の光景に、イリスはしがみ付くように右手を伸ばした。それでも意識が離れていく。イリスが全身で前に縋ろうとした瞬間、イリスの身体が急激に後ろへと引っ張られる。


「イリス!!」

自分の名前を呼ぶ切実な声に、追憶の世界に潜り込んでいた意識が一気に覚醒する。


 眩暈を起こして思考が回らず、イリスの身体は後ろへと大きく傾いた。飛沫を上げて両手が水面から強引に引っ張り出されて、勢いで地面に尻もちをつく。


 強かに地面に打ち付けられるはずの背中は、温かな体温に包まれている。焦点の定まらない視界に映りこんだのは、つい先ほども思い出していた、鮮烈の蒼。


こんなにぼんやりとした世界なのに。
この蒼だけは、どうしてこんなに鮮やかなのだろう。


「しっかりしろ。私を見ろ」

 その声は門番の少年よりも少し低くて、重みのある音だった。自分を後ろから包み込む爽やかな香りは、執拗に残っていた不快な匂いを洗い流してくれるようで。

 イリスは自然に、静かで冷たさのある爽やかな香りを、胸一杯にするために深く息を吸っていた。酸素が頭に行き届いたところで、一番最初に思いついたのが『綺麗なのにもったいない』という呑気な言葉だった。


「……レ、イ……??」

眉目秀麗な顔に皺を寄せて、神官服に身を包んだ美しき怪盗が自分を後ろから支えていた。




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