上 下
22 / 26
第三章 不穏な足音はします

呪いの道筋

しおりを挟む




 古い文献に数々の記載はあるものの、本当に実在するのか怪しい代物。何よりも、人間が扱えるようなものではない。でも、全ての特徴が一致しているし、なによりも黒い蛇がはっきりとした証拠だ。


 これは感染症なんかではない。


「……呪いだ」

 人々を苦しめる流行り病の原因が分かったというのに、イリスはさらに顔を顰めていた。

 起源は数百年前という、古の負の遺産だ。争いが絶えなかった時代に、理来不尽に命を散らされた人々の魂の怨恨が生み出した。怨恨の原因となった場所に残っていることもあれば、道具に乗り移っていることもある。


 実体のない恐ろしいものだと言うのに、以前には強欲な人間も出てきて、呪いの力によって他国を侵略しようとする者もいたらしいが、自身もろとも呪いに汚染されて自滅した。
 人の扱いきれない代物とは、そういうことなのだ。


 唯一の解決方法は、呪いの根源を絶つこと。でも、その根源が記憶が少年からは見つからなかった。


(一体、どうすれば……)


 考えがまとまらないまま、扉に背を預けて俯いた。いつの間にか、部屋が明るくなっている事に気がついて重い腰を上げる。



「おい、イリス。昨日、ちゃんと眠れなかったのかよ」

「……カイ。ちょっとね」


 昼食後の食堂前の廊下で、ばったりとカイに出くわした。眉間にしわを寄せて詰め寄るカイに、イリスは力なく苦笑いするしかない。カイはまじまじとイリスの顔を覗き込むと、『だぁ、もう』とガシガシと頭を掻いてイリスの右手を取った。


「……しゃあねぇな。ちょっと来いよ」
「えっ?……わ、ちょっと!」


 イリスと手を繋いだまま、カイは教会の廊下を迷うことなく進んでいく。

 強引な行動に驚いたが、イリスよりも背の高い彼が、自分を気遣って歩幅を合わせてゆっくりと歩いてくれているのに気が付いた。本当に、優しさが不器用な少年だな……。暗いばかりだった心の内が少し軽くなる。


 しばらく無言で手を引かれイリスが連れて来られたのは、教会の中庭だ。イリスの住まいである辺境地の教会より更に広く、大きな花壇があったりとちょっとした庭園になっている。カイは咲き誇る花の道を通り過ぎると、芝生が柔らかな地面へと足を踏み入れる。


「子供のころに見つけた穴場で、おれのお気に入り。静かだし、休むのにちょうどいいだろ?」

 カイはそう言って、素朴な木製のベンチにイリスを座らせた。そこは庭園の隅にひっそりと隠れるようにある、木陰が小さな休憩所。夏に近づいている照った日差しを、木陰が上手く遮ってくれて随分と涼しい。どこからか小さな水の流れる音が聞こえて、涼しさが増す。


「ここなら誰もいないし、好きなだけ眠れる。喉が渇いたら水も飲めるしな」

 カイはそう言うと、ベンチから少し離れて広間の隅へと向かっていく。彼の行き先が気になったイリスが目で追っていると、そこには小さな水汲み場があった。オレンジや黄色のモザイクタイルが色鮮やかなモニュメントから、常に綺麗な水がカーブを描いて流れ落ちる。下の水が溜まった水面に水飛沫が弾ける音が聞こえる。

 耳にも涼しいそこに、イリスも引き寄せられるように足が動いた。


「山からの湧き水だから、冷たいし美味いぞ」

 近くに活火山のあるこの街は温泉地としても名高いが、水の名所としても知られているのだと、カイはイリスに振り返りながら教えてくれる。

 自然にも恵まれ、水資源も豊富な美しい都を象徴するように街の至る所に水汲み場が設けられているという。飲料水として使用できるほど透明度が高く、街のの誇りでもある。

 誰でも利用できる水汲み場は、遊んでいる子供たちの水分補給の場だそうだ。


 透明な水が日差しを反射して、揺らめき輝くのを見つめていたイリスは、その煌めきに混じった不穏な気配に瞬時に肌が粟立った。この肌を悪寒が走る感覚を、つい最近イリスは味わっている。


(……まさか……)


 カイが水を飲もうと水に伸ばした両手を、イリスは咄嗟に掴んだ。


「?……おい、どうした……??」

 カイが驚く様子を目にも留めず、イリスは流れ出る水に釘付けになっていた。左眼が正解だと言うように、眼の奥から熱を持ち始めている。最近では耳馴染みとなってしまった、甲高い共鳴音が頭の中で響いた。

 反対に、身体は指先から温度を失って冷たくなっていくのが感覚で分かった。


 イリスは左眼に促されるままに、白手を自分の右手から取り払う。
 躊躇っている暇はない。

 
 素手となった右手を、イリスは水汲み場の水面へ突っ込んだ。湧き水に触れた瞬間、水面の色が激変していくのが見えた。邪悪な黒がインクが滲むように広がっていく。


 指先にまるで群がるように、黒色の蜷局が渦を巻く。自分の指先をチロリと何かが掠めていく。黒色の濁った水面に獰猛な赤が見えた。


「……っ。そんな……」


 水が呪いで汚染されている。イリスの喉奥から出た呟きは、絶望に掠れていた。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?

「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。 王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り 更新頻度=適当

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

処理中です...