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第三章 不穏な足音はします
特効薬の効かない病
しおりを挟む「……明らかに症状は『魔力消耗症』なはずなのに、特効薬が効かないんだ」
「……特攻薬が効かない……?」
聞き返したイリスに、ラルフ神官は神妙に頷いた。
「一刻は症状が緩和するが、数日後にはさらに悪化してぶり返す。……今ある薬では完治できない……」
先程の夫妻のお子さんは数日前にも発病していて、特効薬を飲んでも症状が再発した。当初よりもさらに悪化した状態で。母親の呟きの理由に、イリスは胸が痛んだ。
調剤室の窓から中を覗き込んだラルフ神官長は、忙しなく薬剤を調合している神官たちを、心配げに見遣る。ふらつきながらも、手元を休めずに働く神官たちの姿がイリスの目に映る。
これがあと数週間続けば、神官たちも限界だ。
こちらに向き直ったラルフ神官長は、イリスへと深々と頭を下げた。
「イリス神官。どうか、この感染症の原因解明に、協力してほしい……。これ以上、苦しむ子供たちの顔も、仲間たちの疲れ切った顔も、見ていられない……」
ラルフ神官長の目の下のクマは濃く、随分と休めていない事が見て取れるのに、口から出たのは他者を思いやる言葉だった。
自分よりも立場が下のイリスに、頭を深々と下げた若く誠実な神官の切実な願いに、イリスの胸が締め付けられる。同じ神官としても、苦しむ患者や寝る間を惜しんで看病にあたる神官の状況に、何も思わずにはいられない。
強く頷いたイリスは、静かに胸の内で覚悟を決めた。
調剤室で出来うる限りの薬を作って一日を終えたイリスは、薄暗い教会内を歩いていた。夜の巡回をする神官と挨拶を交わして、足早にすれ違う。目的地に向かう中、イリスはそっと自分の左目を手で抑えていた。
昼間、ラルフ神官に『なんでも』と言ったのは、イリスの本心だった。でも、未だにこの力を人前で使うことに抵抗があるから。苦い過去が頭の中を灰色に覆いそうな気配に、イリスは被りを振った。
教会の階段を登って、2階の廊下に出たイリスは一つの扉の前で足を止めた。この階の病室は個室になっていて、重症患者を寝かせている。イリスは音を立てないように警戒して扉を開けると、部屋に眠る少年が起きないようにそっと扉を閉めた。
「うぅっ……」
ベッドに仰向けになった少年が、身じろいで苦し気に呻いた。苦しげに顔を歪ませている姿に、やるせなくなる。少年に近づくと額に置かれた布を手に取った。
(熱が下がっていないな……)
随分とぬるくなった布を氷水の入った桶で洗い、もう一度少年のなだらかな額に載せる。ベッド横の机に手提げランプを置いたイリスは、薄暗い明りに照らされた青白い少年の顔を見遣った。
昼に見た、夫婦に抱えられていた少年だ。
ベッドの傍らにあった椅子に、イリスはゆっくりと腰かける。熱にうなされる少年の、襟元からのぞく痩せた細い首筋には、黒い痣が浮き出ている。まるで少年の全てを闇が飲み込もうとしているように見えた。
イリスは手首にある白手の留め具をパチッと外した。白手を外して露わになった指先が、微かに震えていることに顔を顰めた。緊張で末端が冷たくなっている手を、イリスはぎゅっと握る。
ふと思い浮かんだのは、夜に不敵に舞う青い蝶。神秘の蒼を思い出した瞬間に、強張っていたイリスの身体から力が抜けた。
大丈夫。
あの人が、この力が誰かの役に立つと教えてくれたから。
身体中を神聖な空気で満たすように、イリスは深く息を吸った。震えの止まった手の平を、襟から覗く少年の首元へそっと当てる。
彼の高い体温に触れた瞬間、イリスの頭の中でキンッ、と甲高い破裂音が響いた。途端に左眼がじりじりと熱を持ち始める。身体は何処か別の場所に引っ張られるようで、座っていたはずなのに自分の存在自体が覚束ないと錯覚させられる。
すぐさま自分の中に少年の記憶が雪崩れのように入り込んで来る。
熱い。苦しい。痛い。
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