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第二章 イケメン副騎士団長と同居って、おかしくないですか?
同居生活、何でもできるって凄くないですか
しおりを挟む朝靄がうすら漂う緑の中に、深紅が流れる。深く色鮮やかな紅は、朝露に濡れて輝く一輪の薔薇のよう。鍛えられた身体が俊敏に動き、気迫のこもった剣捌きに風切り音が鳴る。
イリスは朝稽古の邪魔にならないように、そっと物陰から鍛錬する一人の騎士を眺めていた。素人目からしてみても、彼が強い騎士であることが良く分かる。
すらりとした剣を鞘に納めると、おもむろに深紅の騎士がこちらを振り返った。早い段階でイリスが見ていたことにも気が付いていたのだろう。芳醇な赤の瞳が、穏やかに細められる。
イリスは朝稽古を終えたエセンシアに、タオルを差し出した。
「おはようございます……エセンシア様」
「おはよう、イリス」
朝日に照らされる精悍な騎士は、それだけでも一つの絵画のようだ。眩しいし、微笑みが爽やか過ぎる。ここ何十日と何度も見ているけど、同性の自分でも思わず見惚れてしまうほどだ。朝食の準備が出来たと、エセンシアと共に教会の食堂へ向かう。
「今日も美味しそうだな。イリスは料理上手だ」
「……もう。そんなに褒めても、何も出ないですよ?」
エセンシアに淹れたてのコーヒーが入ったカップを差し出すと、エセンシアが赤い瞳を細めて微笑んだ。エセンシアは『美味しい』と言いながら、イリスの作った朝食を上品に食べる。
誰かとこうして朝の挨拶を交わして、一緒に朝食を取るなんて何年ぶりあろうか。長らく一人で過ごしていたイリスは、人と他愛もない会話をして食べる食事が、こんなにも穏やかで優しい時間であることを改めて知った。
まさかエセンシアと、こんな日々になるなんて、数日前までは全く予想していなかったけれど。
事の発端は、あの隣街での事件。
棲み処である辺境地へ帰った翌日に、イリスは辺境伯の騎士団本部へ呼び出され騎士団長室まで連れて行かれた。この国の辺境地を守る、最強と名高い騎士団員たちを纏め上げる騎士団長と顔を合わせ、開口一番に言われたのである。
『今回の事件で、イリス神官が巻き込まれた、ただの一般人であることは重々承知しています。……しかし、怪盗と関わってしまったからには、イリス神官が怪盗に狙われる可能性も否めません。よって、イリス神官に護衛を付けることにしました』
イリスの身を案じているのも本当だろうが、監視の意味も込められているのだろうとイリスはすぐに理解した。
民衆には義賊と称えられている怪盗でも、騎士団にとっては犯罪者に変わりはない危険な存在だ。なんせ、国で指名手配されているのだから。
複雑な思いながらも、納得して了承の返事をしたイリスへ、騎士団長から思いがけない言葉が投げかけられた。
『というわけで、エセンシア副団長をイリス神官の専属護衛に任命し、今日から教会に泊り込ませます』
『……えっ??』
いやいや、忙しい副騎士団長がなぜ一介の神官の護衛に?
いくら質素な暮らしを常としている騎士だとしても、流石にれっきとした貴族であるエセンシアを教会で泊り込ませるのは、どうなんだ??
混乱するイリスに、騎士団長の傍に控えていたエセンシアは、綺麗に微笑んだ。なぜだろう。爽やかに微笑んでいるのに、有無を言わせない圧を感じたのを、イリスは今でも覚えている。
『イリス、今日からよろしくな』
『……でも、エセンシア様……』
本当に良いのかと、疑問を口にしようとしたイリスへ近づいて、エセンシアはイリスの両手をそっと掴んでいた。
『俺が、イリスを守りたいんだよ……。どうか、お願いだ』
真剣な顔をして、真摯な紅玉に間近で見つめられてしまえば、イリスは頷くほかなかった。
その日から、エセンシアと教会で奇妙な共同生活が始まったのだ。教会の質素すぎる部屋で申し訳ないと思っていたイリスへ、エセンシアは騎士団寮で慣れているし、華美な部屋よりも落ち着いて良いと言ってくれた。
それは本音のようで、落ち着いた紺色の部屋を見て気に入っているようだった。
本当はイリスを騎士団本部で寝泊まりさせたらどうかという案もあったそうだが、エセンシアが全力で阻止したらしい。
なんでも、『あそこのほうが、いろんな意味で危険だ。野獣の巣窟だからな』とよく分からない説明をされた。
そんなこんなで、今に至る。
掃除や料理も卒なくこなすエセンシアは、自分のことは自分でするという騎士の鏡だった。家事もイリスとエセンシアで分担していた、一人で暮らしていた時よりも自分の時間ができたほどだ。
今だって洗濯物を庭に干すのを手伝ってくれている。休日とあって、普段のかっちりとした騎士服と違い、今はワイシャツにズボンととてもシンプルな服装だ。より男らしい色気が隠せていないのだから、やはり美形は何を着ても様になる。
あまりにも穏やかで快適過ぎる共同生活に、自分自身がダラけてしまいそうだ。幸せな悩みを考えながら洗濯ものを干し終えたイリスは、白いシーツの裏側から顔をひょっこりと表したエセンシアに、驚いて飛び跳ねた。
「うわっ!!びっくりさせないでください!」
「あははっ。すまない」
すまないと言いながら、子供のように楽し気に声を上げるエセンシアに頬を膨らませる。そんなイリスの姿も可笑しいのか、エセンシアは小さく笑うながらイリスの膨らむ頬を優しく摘まんだ。
一緒に住んで分かったことは、この大人っぽく見えていた騎士様が以外に子供っぽいこと。普段の仕事のときは自分のことを『私』と言うのに、イリスといるときは『俺』という一人称に変わって、口調も砕けた様子になる。他の人には見せない、エセンシアの内面を見せてくれているようで。
イリスの頬を『柔らかいな』とからかいながら、年相応の若者らしい笑顔を自分の前で見せてくれることに、自分の心で何かがくすぶる気がする。
この心の揺らぎは、一体なんなのだろう。決して不快ではない、湧き水がこぽりっと小さな音を立てて、水面全体に温かな水流が広がっていくような感覚。
思わず俯いてきゅっと胸の服を引っ張っていると、ふいにエセンシアが顔を覗き込んできた。
深紅の瞳は相変わらず強く静かなのに、甘い雰囲気を宿しているのは気のせいだろうか。今まさに頭を支配していたと当人の、端正の顔が間近に迫っているのに、イリスは思わず頬に熱が上がっていく。
エセンシアはイリスの髪を優しく撫でると、甘い雰囲気のままイリスへ問いかける。
「……イリス。俺たち、結構長い付き合いだろう?」
「……そうですね」
柔らかな風が頬を撫でていく。
「俺のことは、シアと呼んでくれないか?」
「えっ……?」
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