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第二章 イケメン副騎士団長と同居って、おかしくないですか?
紅蓮の騎士、副騎士団長は敬虔な信徒様です
しおりを挟む土下座でもして、謝れと言う事だろうか?それならば、この手錠を外してもらわないといけなくなる。それとも、何か体罰をくらわせて、痛めつけて言葉を引き出そうと言うのだろうか。
未だに目元を卑しく細めて見つめてくる王立騎士団の男に、イリスはどうすれば良いのか分からなくて、口を開いた。
「オレは、何をすれば____ 」
「失礼する」
イリスの不安げに発した言葉は、鉄扉を数度叩く音と硬質な男性の声に遮られた。入室許可を待たずに鉄扉が勢いよく開くと、入ってきた人物にイリスは目を見開いた。赤色のコートが目の前を掠めて行き、素早く大きな背中がイリスに立ちはだかる。
コートよりも更に赤い紅蓮の髪は、灰色に覆われた部屋で炎のように色鮮やかで思わず視線を奪われる。穏やかな陽だまりを思わせる、柔らかで落ち着きのある香りが鼻を掠めた瞬間、息苦しい空間に辟易していたイリスは安堵のため息が漏れていた。
でも、どうして貴方がここに……?
「……エセンシア様?」
イリスが驚いたまま名前を呼べば、たくましい身体が振り返る。切れ長の芳醇なワインレッドの瞳が柔らかく細まり、イリスに優しく微笑んでくれた。すらりとした体躯に優し気な顔立ちの男性。深紅の短髪が爽やかだ。
イリスの住む辺境地の騎士団副団長は、その深い赤色の目を細めて一度だけ頷く。『大丈夫』と言われているような気がした。
疑問の目を向けるイリスに、僅かに目元を細めたエセンシア副団長はすぐに王国騎士団の尋問官に向き直った。
「我が領民が、王立騎士団に保護されていると聞きましたが……。これは、一体どういうことでしょうか?」
ワインレッドの切れ長の瞳を剣呑に変え、エセンシアは冷たく尋問官の男に問いかける。机越しにイリスへ近づいていた尋問官は不機嫌を隠そうともせず、舌打ちをして背もたれに仰け反った。
鷹揚に短い腕を組むと、でっぷりと太った腹の上にかぶせる。
「これはどなたかと思えば、エスパーダ卿ではございませんか。……彼は、怪盗の嫌疑をかけられた重要参考人でしてな。怪盗捕縛任務の最高責任者である私が、直々に尋問しているのです。邪魔立ては不要ですよ」
右手でエセンシアを追い払う仕草をした尋問官へ、紅蓮の騎士はゆっくりと顔を戻した。その瞬間、部屋の温度が一気に下がった気がしてイリスは身震いした。逞しい背中から、揺らぐ炎のような凄みが見えたのは気のせいだろうか。
自分には穏やかな姿しか見せない副騎士団長が、こんなにも全身から怒りを揺らめかせていることに、イリスも驚く。
「……おかしいですね。我が辺境伯にそんな言伝は無かった。辺境伯への断りなしに我が領民を尋問している。これは不当な尋問行為だ」
エセンシアは、感情のない声音で王立騎士団長を糾弾した。鍛えられた背中から顔をのぞかせれば、わなわなと震え出す尋問官の姿が見えた。
「なっ?!我らは王立騎士団であるぞ?!お前ごとき一介の騎士とは格が違うっ!我々が行う尋問に、文句を言われる筋合いはない!!」
唾を吐いて捲し立てた尋問官は、怒りの興奮をそのままに机を拳で叩いた。大きな音に身体を跳ねさせるイリスと違い、エセンシアはなおも冷静に冷たく言い放つ。
「ほう……。では、ただちに我が辺境伯へ報告致しましょう。被害者でもある彼を、なんの証拠もないまま拘束し、魔力封じの手枷までしていると」
「なっ?!!魔力封じだとっ!!そんなモノしていない!これはただの手枷だ!!」
脂ぎったこめかみに血管を浮かばせて、顔全体を真っ赤に染めて激怒している王立騎士団の男を、エセンシア副団長は淡々と見下ろした。
「普通の手枷に見えるように偽装してますね……。そちらも一緒に報告しましょうか?」
「……なに、をっ……」
魔力封じの手枷は、重罪人への使用しか認められていないはずだと、エセンシアは付け加えた。魔力は生命の源だから、長時間つければ、下手をすれば体力が奪われて動けなくなってしまう。
通りで、身体も気だるく息も苦しいと思った。
「それに、現侯爵が彼のことを無実だと明言している。それが、何よりの証拠だ。……そこの君、手錠の鍵を寄越しなさい」
エセンシア副団長は扉の見張り番をしていた騎士に鋭い視線で命令すると、見張り番の男は震えながら鍵を渡した。エセンシアは先ほどの剣呑な雰囲気を柔らかに変え、イリスの両手首をそっと持ち上げると、丁寧に手錠を外してくれる。
派手な音を立てて落ちた手錠が落ちると、重苦しさが取れたイリスはほっと息を吐いた。自分のことを助けてくれたエセンシア団長にお礼を言おうと見上げて、その端正な顔に眉間が寄っているのが見えた。
紅い瞳は、イリスの手首を見つめている。
「こんな痕までついて……」
エセンシア団長に言われ、イリスは自分の手首をもう一度よく見てみた。確かに、手枷が施されていた場所にはうっすらと赤く線が付いている。どうやら擦れてしまったようで、自覚するとじりじりと痛みが走った。
「大丈夫です」
労わるようにイリスの手首を皮手袋を嵌めた手で、エセンシアは赤くなったイリスの手首を優しく擦った。イリスが肌に直接触れるのを恐れていることを、エセンシアはよく知っている。
「……この者は、我が辺境伯領で領民たちの生活を支える、大切な存在なのです。彼の人柄は、エスパーダ家次男であり副騎士団長、エセンシア・エスパーダが保証する」
イリスは驚いて、エセンシアを勢いよく仰ぎ見た。紅玉の瞳は真っすぐと男を射貫き、芯の通った声で放たれた言葉に、その場に居る全員が静まり返る。
その凛々しく精悍な横顔に、イリスは見惚れて言葉が出ない。どこまでも堅実でたくましい騎士は、薄暗い尋問室の中でも己を失わなず静かに燃える、闇にくすぶる炎のようだった。
「うぐっ……」
何も反論できず、悔しそうに下唇を噛む尋問官には目もくれず、差し出されたエセンシアの手に、イリスは自分の手を重ねた。立ち上がると労わるように腰に手を回されて、尋問室から出るよう促される。
「今回の件は、辺境伯爵から正式に抗議文を送らせてもらう。……ただで済むと思うなよ」
去り際に、頭上からそんな声が聞こえた。
地を這う低い声で唸ったエセンシア副団長は、重い金属の扉の先へ鋭い視線を投げかけた。
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