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第一章 オレはただの神官です、怪盗なんて関係ないです
教会の地下通路、先にあるのは隠された秘宝です
しおりを挟む独特の冷気が漂う地下通路は、壁の燭台が申し訳程度に自分たちの足元を照らす。
「……よく、この地下通路を知っていたね?」
敬語は止してくれ、と寂し気に言う旅人に、緊急事態でもあるため遠慮なくそうさせてもらったイリスは、自分よりも少し年上であろうレイの問いかけに考えていた言い訳を述べる。
「……年老いた神官から、聞いていたんだ」
短い言葉で返事をしたイリスに、レイは『なるほど』とだけ呟いて、それ以上深く聞いてこなかった。人気のない薄暗い地下通路をともに警戒しながら走り抜ける。
途中で道が分からなくなれば、近くの壁に素手で触る。そうすれば壁から記憶を伝って道が分かるんだ。イリスが壁に手をついて動かない数秒の間、レイから無言の視線を感じたが故意に無視した。迷路のように入り組んだ道を何度も曲がっていくと、イリスは歩みをゆっくりとしたものに変えた。
そこは、先ほどイリスたちが進んだ地下通路よりも、さらに異様な雰囲気が漂っていた。
「……地下牢か?」
鉄格子の部屋が幾つも並んだそこは、カビくさく空気がこもっていた。壁に炎の揺らぐ光に、黒い人影が2つ浮かび上がる。どうやら、この先に誰かがいるらしい。人の気配が近づきその人物たちの姿が視界に入ると、イリスたちは柱の物陰に息を潜めた。
「たくっ……。なんで俺たちが、ガキの面倒を見なきゃなんないんだよっ!!」
「うぐっ!」
鈍い音と、引き攣るような短い悲鳴が暗闇の奥から聞こえてくる。
苛立った男の怒号が響くと、一層大きな蹴り音が聞こえて何かが鉄格子に打ち付ける激しい金属音が鳴った。遠目越しに、鉄格子に小さな頭が蹲っているのが見える。それに、先ほどの悲鳴はまだ幼かった。その声に聞き覚えがある。あの鍵から聞こえていた声と一緒だ。
大声で悪態を吐く体格の良い男とは別の声が、呆れた声で男を止めた。
「それぐらいにしとけよ……。顔を傷付けんなって、言われてんだろ?」
やせ細った男は、そう言って床に蹲っていた小さな頭の髪の毛を乱暴に引っ張ると、少年の顔を無理矢理上向かせた。あどけなさの残る少年の顔が苦しげに歪むのを見て、蛇のように歪んだ口元を一層引き上げて嘲笑う。
「お前も災難だなぁ。両親も死んで、飼い殺しにされて。なにもできないお坊ちゃまは、変態な好事家たちに売られるのを待つだけってな」
少年が、その言葉に小さく身体を震わせる。敵意を剥き出しにした眼差しをやせ細った男に向けると、男が短く舌打ちして乱暴に少年を地面に離した。
男たちが再び拳を上げようとしたのを見て、イリスは物陰から駆け出していた。腰に下げていたマジックバッグから、武器を取り出して今にも少年を殴りかかろうと拳を上げている大男の後頭部を、思いっきり分厚い聖書でぶん殴った。
「ぐおっ!」「ぐはっ!!」
こんな少年になんてことをするんだ。あまりの非道な行いに、イリスはまだ呻く気力があった男たちの頭を、もう一度念入りに聖書の角でぶん殴る。気絶して静かになったのを確認して、イリスは蹲る少年にすぐさま駆けよる。
「助けに来ました!今、ポーションを」
イリスが懐から小瓶を取り出すと、僅かに身じろぐことしかできない少年の口元にそっとその瓶の飲み口を押し当てた。緑色のとろみのある液体が、小さな口に入って喉が上下するのを確認する。
少年の全身が淡い緑色の光に包まれる。苦し気だった少年の呼吸が落ち着いたのに、イリスは安堵の息を零す。身体の傷を治す高レベルの治癒ポーション飲ませたから、怪我は治っているはずだ。
「聖書で殴るなんて……」
やや引き気味のレイに、イリスは師匠からの教えをしっかりと説いた。
「悪い人は聖書で殴るに限ると、育ててくれた神官様が言っていた」
聖書は時として立派な武器になる、を独り立ちした今でもイリスは忠実に守っている。使えるものは、何でも使いましょうというのも、師匠からの教えだ。
「その人、本当に神官か??」
レイの呟きを聞かなかったことにしたイリスは、念のため少年の怪我が治っているかどうか、自分の右手に魔力を載せて寝ている少年の身体に翳した。頭から足の先まで手をかざし診察を終える。良かった、内臓や骨には傷がないから少し時間が経てば目を覚ますだろう。
「大丈夫。こっちも動けなくしたよ」
気絶させた盗賊たちを縛らなければと顔を上げたイリスに、レイが冷静な声で答えた。男たち2人は黒色の縄でぐるぐるの簀巻きにされている。
帯状で随分と頑丈そうだが、あの黒色の縄は一体どこから取り出したんだ?それに、なんの音もしなかった。
レイの早業に不思議に思っていたイリスは、小さな呻き声が聞こえてはっと我に返る。床に眠る少年が、ゆっくりと瞼を上げた。視界の定まっていない少年を安心させるために、イリスは少年の身体を抱き起こしながら努めて優しく声をかける。
「早くここから出ましょう、立てますか?エクレール侯爵ご令息」
イリスの言葉に、腕の中の少年ははっと目を見開いた。エクレール侯爵は、この街を収める領主の名だ。そして、この弱った少年こそが、今は亡き侯爵に変わって当主となるはずだった、侯爵家の長男フロント・エクレール。侯爵の面影が残る、金色の髪と瞳を持つ少年だ。
腕の中にある身体が強張り、少年の琥珀色の瞳には警戒の色が浮かぶ。緊張した面持ちで、身体を起こした侯爵令息は呟いた。
「……なぜ、そのことを。それに、貴方たちは?」
そう言った侯爵令息は、酷く掠れた声で問いかけると咳き込んだ。彼がこの牢獄の中で、良い待遇を受けていないことを物語っている。イリスは心を痛めながら、腰に下げているマジックバックから水筒を取り出して侯爵令息に差し出した。よほど喉が渇いていたのか、喉を鳴らして水を飲み干す。
「今は説明している時間がありません。それよりも、ここから早く脱出しましょう」
ほうっと息を吐いた侯爵令息を見遣りつつ、イリスは周囲の音へ警戒を強めていた。
先ほど彼を襲っていた男たちは、おそらく見張りだ。もうそろそろ、見張りの帰りが遅いと騒ぎになっているかもしれない。急いで地下通路を駆け出そうとした瞬間、イリスの頭に何かが覆い被さった。
「……そのコート、預かっておいてくれないか?」
「……レイ?」
穏やかな低い声が、頭からすっぽりと覆うコート越しに聞こえた。投げかけられたコートは、旅人が着るにはいささか上質で、生地が滑らかに手入れされている。突然どうしたのか、と茶色いコートの隙間から声がしたほうへ視線を移す。ワイシャツ姿のレイの後ろ姿が見えたと思うと、その奥から数人の足音がこちらに近づいてきた。
「これは、これは……。薄汚い泥棒風情だけかと思えば、他に2匹もドブネズミが紛れ込んでいたようだ。今夜はなんて忌々しい日なんだ」
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