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第一章 オレはただの神官です、怪盗なんて関係ないです
へっぽこ神官、薬の材料を買いに来ただけです
しおりを挟む窓硝子越しに街の景色を眺めていたイリスは、おやっ?と首を傾げていた。
今日は街の様子がなんというか、ちぐはぐなのだ。
住処の辺境から半日以上掛かって辿り着くこの街に、イリスは何度も薬の材料を買いに来たことがある。今も顔馴染の鉱物屋店主が商品を紙袋に包んでくれるまで、イリスは窓にもたれ掛かってのんびりと待っていた。
手持ち無沙汰に見た春の商店街では、うら若き女性たちが集まってあちこちで立ち話をしている。お喋りに花を咲かせる女性陣に相変わらず元気だなぁと思っていたのだけれど、今日はいつになく、はしゃいでいる様子なのだ。彼女たちは興奮気味に頬を紅潮させて、何かを待ち望んでいる。それは夢見る乙女そのもので、目にはうっとりとした色が浮かんでいた。
若者に人気の歌劇俳優でも来るのだろうか?
それとも、もの凄くカッコいい異国の王子様がいるとか?
そんなビラも配っていなかったし、劇団が来るお祭りの時期もまだ早い。
疑問に思うイリスをよそに、楽し気に話をしていた彼女たちは突然、何かに気が付いたように表情を変えた。明るい声を急いで潜めると、大通りから背を向け道の影に消えていく。
彼女たちがチラリと向けた視線の先には、険しい表情をした2人組の騎士が歩いていた。先程からこれと似た状況を街の至る所で見掛けるので、世間に疎いイリスでさえも流石に不思議だった。
そして、不思議と言えば、もう一つ。
「……あの騎士服、この街の騎士じゃないよな?」
緑色の制服は、領主に雇われている騎士が着るものではない。そんな見慣れない制服を着た騎士たちは華やぐ町娘たちとはまるで真逆で、強張った怖い表情で辺りを警戒している。一体どこの騎士だろうか、とぼんやり呟いた瞬間、殺気立った騎士と硝子越しに目が合ってしまった。イリスは思わず肩を跳ねさせる。素早く俯いて、少し長くなった前髪で両目を隠す。
「うわっ。おっかない……」
そんな怖い顔しなくても良いじゃないか、と首を竦める情けないイリスの姿が、ちょうど目の前の窓硝子に映り込んだ。
薄らぼんやりしたベージュ色の髪を持つ白色の神官服を着た青年は、肌も青みがかった白色のせいで全体的にぱっとしない。白い壁の前に立てば同化するんじゃないかというほど、影が薄いと自分でも思う。そんな色の薄い中で、前髪の隙間から覗く眼は悪い意味でよく目立つ。
左が薄い水色で、右が淡い緑色。
左右で色が異なるイリスの眼は人から奇異の目で見られがちで、咄嗟に隠してしまうのは昔からの癖だ。特に、水色の左眼はイリスにとって厄介だった。
挙動が可笑しくて不審に思われたかも、と心配していたけど、幸いにも騎士たちは店の前を通り過ぎていく。一人でビクついたり焦ったり、落ち着きがないなと苦笑いをしているイリスの後ろから、間延びした声で名前を呼ばれた。
「よし、包み終わったよぉ。……ついでに、これも『おまけ』にあげようね」
カウンター越しに、白髪の老店主が紙袋に包まれた商品をそっとイリスへ差し出した。商品を受け取ったイリスに、さらに老店主は手を出すように手招きする。何だろうかと、イリスが素直に白手をはめた右手を差し出すと、老店主がぽんっと小気味よく手を重ねた。ころりっ、とした感触が布越しに手の平に伝わったとき、戸惑いとくすぐったい気持ちが一緒になって、イリスは小さく微笑んだ。
毎度のことだけど、この皺の深い老店主はイリスを幼いお孫さんと一緒の感覚で扱っているようで、慈しみの眼差しで見つめてくる。しわがれた手が離れていくと、手の上には可愛らしい紙に包まれた、色とりどりのキャンディーが転がっていた。
「お前さん、線が細いからなあ。ちゃんとご飯は食べているかい?食べないと、大きくならないよ?」
薬の材料を遠路はるばる買いに来る自分をとても可愛がってくれるのは嬉しいし、大変お世話になっているのだけれど。帰りがけに幼子のように毎度お菓子をくれるのは、さすがに10代後半の男にどうだろうかと思う。自分が女顔で同年代と比べると細身なせいもあってか、この言葉を聞くのも毎回の恒例になっていた。
「ええ、ちゃんと食べてますよ。お菓子も、いつもありがとうございます」
お礼を言い、色とりどりの飴玉を上着のポケットにしまっていると、突然、老店主の後ろから勢いよく小さな人影が躍り出た。目にも鮮やかな赤が視界に翻って、騒がしい足音がイリスの前で止まった。木で出来た玩具の剣を天に高々と掲げ、腰に手を当てた男児が声を上げる。
「イリスは木の枝みたいに、ひょろいからな!へっぽこ神官様は、この勇者が守ってやんよ!!」
高らかに宣言した5歳児は、老店主のお孫さんだ。手足の短い身体を精一杯伸ばして、仁王立ちする姿がとても可愛らしい。マント代わりの赤い子供用ブランケットが、ばさっと大きく翻る。元気いっぱいなのは良い事だが、高らかに宣言された言葉の数々に、イリスの胸には鋭い矢尻が的確に、連続でぐさりと刺さった。
「……木の枝……。へっぽこ……」
子供の目と口はとても伸びやかで正直だと知ってはいるけれど、ちょっぴり傷つく。いや、結構傷は深いかもしれない。子供にまで守る対象とされている自分の容姿がちょっと哀しい。先ほど目の合った屈強な騎士たちの身体を思い出して、おもむろに手は自分の身体を神官服の上から撫でていた。
そうか、筋肉か。
この世はやはり、筋肉が全てなのか。
……泣いてなんかないんだからな!
イリスは胸に多少の傷を負いつつも、自分の腰よりも低い小さな勇者に視線を合わせてしゃがんだ。正直過ぎて口もちょっぴり悪い勇者様ではあるが、この子は曲がったことを許さない、まっすぐとした優しい子だ。なによりも、この歳で誰かを守ろうと思えることが、とても素敵ですごいことなのだ。
茶色の瞳を向ける純粋な勇気を持った幼子に、イリスは自然と微笑みを浮かべていた。小さな頭に手が伸びたイリスは、一瞬だけ躊躇って宙で手を止めた。手袋をはめていることを再度確認し、丸い大きな茶色の瞳を見つめ優しく頭を撫でる。
「ふふっ。ありがとう。……強くてカッコイイ、素敵な勇者様だね」
いつも元気に跳ねている茶色の髪を撫でつけると、小さな勇者様は目を見開いた。子供特有のふっくらとした丸みのあるほっぺが、見る見るうちにリンゴのように真っ赤に染まっていく。先ほど元気に振り回していた木の剣が、床にカランッと落ちてしまった。
「おっ、……おう……」
それだけ小さく呟いたかと思うと、頬だけにとどまらず顔中が茹蛸のように赤くなって固まってしまった。おやっ?と小首を傾げたイリスを見て我に返ったらしい小さな勇者様は、床に力なく落ちていた剣を急いで拾い上げて、イリスから逃げるように老店主の後ろに隠れてしまう。小さな手で老店主のズボンの裾を握り閉めて、可愛い顔を埋めている。僅かに見える耳が真っ赤だから、随分と照れ屋さんな勇者らしい。
「やれやれ。相変わらず罪作りだねぇ」
ほほっ、とのんびりとした口調で笑った老店主は、愛しそうに目を細めて足にしがみつく孫の頭を撫でる。
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