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第11章 苦難を越えて、皆ちょっと待って
穏やかな時間、皆のその後
しおりを挟む魔王の脅威が消失して2年後の春、オルトロス国内は英傑であった第二王子殿下と、彼を支えた聖女が結婚した祝賀ムードでお祭り騒ぎになっていた。王都では出店が所狭しとひしめき合って、昼夜を問わず楽団が奏でる音楽に人々が陽気に踊る。
そんな、賑やかな喧噪から離れた貴族街の一角。一際広い敷地を有した公爵家に招かれた俺は、満開となった桜の大木を見上げていた。
「こんな見事な桜は、日本でも見たことがないな……」
枝が見えないほどに花が咲き誇り、まるで大木の上だけが春霞に覆われているようで、とても荘厳で美しい。薄紅色の花を鈴なりにつけた枝が春風に揺れる度、花びらが雪のように柔らかく散っていく。
頭上から舞う可憐な花びらに、俺はそっと手を伸ばした。手に舞い降りた薄紅色のそれは、柔らかで儚げにうっすらと透けるのに、みずみずしい生命の息吹が宿っている。
「アヤハの着ていた、ウェディングドレスみたいだな……」
花びらを親指の腹で優しく撫でながら、俺は2日前に執り行われた、聖女アヤハと第二王子アウルムの結婚式を思い出していた。今でも鮮明に思い出せるほど、王宮内にある教会で行われた結婚式は厳かで、とても素敵だった。
アヤハのウェディングドレスは純白とは少し違う、ほんのりとした桜色だった。歩く度に膨らむレースは可憐さと洗練さが合わさって、この世に遣わされた女神のようだと、参列者がほうっと溜息を零したものだ。
「……もう、また結婚式のこと思い出してるの?これで何回目?」
花びらの行き先を視線で追うと、ムーンストーンを思わせる幻想的な水色の瞳と目が合う。チェリーブラウンの髪を春風に靡かせ、隣で同じように桜を見上げていたアヤハが、目を潤ませている俺を見て呆れ気味に笑った。
「前世で見れなかった分、なんだか感動しちゃって……。」
アヤハの花嫁姿を思い出すだけで、また目がうるうるとしてしまう。嬉しいようで、お兄ちゃんとしてはちょっぴり寂しい……。俺に良く懐いてくれたアヤハとの、小さい頃からの思い出の記憶がまるでアルバムをめくるように頭の中に蘇って来て、結婚式で思わず泣いてしまった。
まさか、この世界で妹に会えたばかりか、晴れ姿を見れる日がくるとは思ってもいなかったのだ。そして、花嫁の柔らかく清らかなベールを持つ重要な役割に、アヤハは俺を使命してくれた。幸せそうに笑う妹の笑顔を誰よりも間近で見ることが出来て、俺は心の底から嬉しくて。
「そんなに喜んでもらえるなんて、アルと悩んで決めた甲斐があったかな……。」
俺の手からひらりと飛び立った花びらが、穏やかな声が広がる庭へと優雅に流れていく。涙ぐむ俺に笑いかけたアヤハも俺も、その花びらに誘われるようにパーティー会場へと視線を移した。
春の陽気の下、綻ぶ花々に囲われた若葉色の庭には豪華な料理を載せたテーブルが並ぶ。おとぎの国のガーデンパーティのようなこの会は、アヤハとアウルムが親しい者たちだけを招待した、こじんまりと結婚を祝うものだ。祝福の余韻が漂う宴の中で、金糸の髪をさらりと揺らしながら一人の青年が笑顔で近づいて来る。
「今日は来てくれてありがとう、ヒズミ。……それに、このケーキもとても美味しい。アヤハが気に入るのも頷ける」
今回の主役である花婿のアウルムが、茶色いケーキを載せた皿を片手に颯爽とアヤハの横に現れる。目にも楽しい料理が用意された中で、艶のある茶色の小さなホールケーキが、ちょこんと可愛らしいガラスのケーキスタンドに乗せられて異彩を放っていた。
あれは、何を隠そう、俺が手作りしたガトーショコラだ。
前世でアヤハの誕生日に毎年作っていたものを、今回はアヤハにどうしても食べたいとお願いをされ、久々に作って持参した。満足そうにアヤハがガトーショコラを頬張る様子を、アウルムがサファイアの瞳で愛し気に眺めつつ、ふいに俺に近づいて耳を貸すように手招きされた。
「その……。今度このケーキのレシピを教えてくれないか……?アヤハの誕生日に、できれば毎年作ってあげたくてだな……」
耳打ちしてくる声は、ほんの少し気恥ずかしそうで。王子様自らが菓子作りをするのかと驚きで目を見張ると、普段は悠然としているアウルムが頬を赤らめて年相応の青年らしくはにかんだ。オレと離れて思い出の味が食べれなくなるのは寂しいと言うアヤハに、今後は自分がケーキを作って食べさせてあげたいのだと言う。
アヤハの実家である公爵家に婿入りしたアウルムは、次期当主としてアヤハの父の補佐をし、さらに外交官としても活躍している。多忙な身でありながらも、こうやって些細な思い出も大事にしてくれるアウルムなら、アヤハのことも幸せにしてくれるだろう。
「お兄ちゃんたちは、カンパーニュの小さな教会で結婚式をしたんだもんね……。私もお兄ちゃんの花嫁姿、見たかったなー」
アウルムに後ほどレシピを渡す約束をしていると、もぐもぐとケーキを頬張るアヤハが残念そうに告げる。
魔王討伐後、俺達は国立学園での生活を謳歌した。卒業生も交えた破茶滅茶な文化祭やら、体育祭という名の武闘大会を終えて無事に学園を卒業した。その後の1年間は、全員が新しい環境でバタバタとしていた気がする。
不老不死の魔法陣の永久封印を手伝ったり、国王の陰謀に何故か俺とソルが巻き込まれたりなど、目まぐるしい日々が続いた。国王失脚後にロワが王位を継承して国政が落ち着いたところで、俺とソルはひっそりと結婚式を挙げた。
「ソレイユが写真を持ち歩いています。魔道具が試作段階だったので3枚しか撮れなくて、そのうちの1枚ですが……」
残念がるアヤハの声を聞いたアトリが、空色の瞳を懐かしげに細めながら微笑んだ。カンパーニュの冒険者ギルド、副ギルド長に戻ったアトリは、国立魔導師団特別顧問という肩書も付いてすごく嫌な顔をしていた。時折、王都の魔導師団と協力して魔道具を開発しているそうだ。
そのアトリが最近開発したのが、なんとカメラの魔道具。レンズ越しに写したものが、そのまま紙に印字されて出てくる。俺とソルの結婚式の様子を世に残したくて開発したと言われたときは、くすぐったくも温かい気分になったものだ。
俺達の結婚式の写真は、3枚のうち俺単体で撮影された1枚をソルがもらい、もう1枚の2人で撮ってもらった写真は俺が、最後の3人で撮った写真はアトリが大切に部屋に飾ってくれている。
「……アヤハになら、見せても良い……」
目を輝かせるアヤハに、ソルは常に持ち歩いている写真を懐から取り出し手渡した。
「わぁー!お兄ちゃん、すっごく綺麗!!」
写真を見て、アヤハがはしゃいだ声を上げる。そこに写っているのは、純白の衣装を着て振り返っている俺だ。一見、上半身は詰襟のスーツのようだが、ズボンを覆うほど長い裾にはふわりとしたフリルが幾重にも重なり、ウェディングドレスにも見える素敵な衣装だった。
ソルの瞳の色である金で美しい刺繍まで施されたドレスは、デザイナーであるリュイのお姉さんが仕立ててくれたものだ。
「美男子のウェディングドレス姿……。たまらんなぁ。早速、創作意欲が疼く……」
じゅるりっと涎を拭って放たれたアヤハの言葉は、聞かなかったことにしよう。アヤハは前世で得た医者の知識を活かし、表では領地で学生たちに医術を教えている。そう、表では完璧な聖女様なんだがな……。
裏では『腐女神様』と女性たちに崇められ、薄い本の腐教に尽力している。そういえば、巷の本屋で『薄い本ください』と言うと、こっそり店の裏から肌色多めな本が出てくるという噂がある。順調にこの世界も侵され始めている……。異世界に来ても、妹のマイペースぶりは変わらないようだ。
「アヤハ、俺にも見せてくれ」
「はい!お義兄様」
アヤハが持っていた写真を、ひょいッとしなやかな手が掠め取った。その写真を見た現国王陛下は、驚きで目を見開く。そういえば、アヤハからすると国王は義理の兄になるんだなと、今更ながらに気づく。
「これは……。なんて美しい。凛とした白百合の妖精のようだ」
腰まである雪のような白髪を優雅になびかせながら、ロワはルビー色の目を優し気に細め写真を見つめた。昨年オルトロス国王に即位し、その政治の決断力と元々のカリスマ性の高さから国民に愛されている威厳ある王は、感嘆するように言葉を零した。ロワの御世辞が多めの感想に、何だなんだと皆が集まり出す。
「返してください。ドS国王陛下」
睨めつけるソルの視線を諸共せず、ロワは不敵に笑って近くにいた灼熱の髪色を持つ近衛騎士に命令した。
「おし、国王に対して不敬とは良い度胸だ。クレイセル、ソレイユを取り押さえろ」
「はーい。おらっ!!喰らえ、ソレイユ!!」
悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、クレイセルがソルを羽交い絞めにする。アヤハとの恋に破れたクレイセルだったが、時が経って爽やかな笑みを浮かべている。
クレイセルいわく、アヤハへの気持ちは敬愛に近かったと語っていた。『騎士として、聖女を守るという栄誉がほしかったんじゃないかと今では思うんだ……。だから、アウルムたちの結婚を心から祝福してる』と彼自身と向き合って出した結論が、実に真面目な青年らしかった。
騎士団統括の息子であるクレイセルは、清風騎士団へと入団した。その確かな実力からロワ直属の近衛騎士団員となり、団員の中でも一目置かれる存在だ。将来は父と同じ騎士団総括になるため訓練に励んでいる。
「私にも見せてくれ。……髪に差した白百合の髪飾りも、黒髪に良く似合う。ヒズミには黒が一番似合うと思っていたが、清らかな純白というのも良いな」
「うわー、ものすっごく美人じゃん!お化粧もしてるから麗しさ10割増しなんですけど?!直接見たかった!!」
ロワから差し出された写真を、紺色の髪を持つ屈強な騎士団長が受け取ると、その雄々しい切れ長のアイスブルーの瞳を細めてほうっとため息を零した。その左脇には翡翠色の瞳に楽し気な色を宿した副騎士団長が、写真を覗き込んでいる。
緑風騎士団ツートップのヴィンセントとジェイドは、国別の武闘大会で優勝したことで国内外でも広く名前が知られるほどの強者になった。今は騎士団の若手育成に力を入れていて、2人の戦闘訓練は『地獄を見る。三途の川を渡りかけた……』と騎士団員たちに恐れられているらしい。
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