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第11章 苦難を越えて、皆ちょっと待って
高潔な王子とのダンス、俺は貴方の力になりたい
しおりを挟む軽快な足取りでダンスを始めたロワに、俺はされるがままステップを踏み始める。俺の戸惑った様子に、ロワは至近距離で悪戯に口角を上げて笑う。
「ヒズミは、国を守ったもう一人の英傑だ。その功績からも、俺のダンスの相手に相応しい。……それに俺は最初から、ファーストダンスの相手は、ヒズミと決めていたしな?」
ターンをするように促されて、俺はロワの手に支えられながら、くるりとホールを舞い踊った。頭で考えるよりも先に、ロワがリードして自然に身体が動く。
耳に心地よい優雅な音楽に合わせて、雪のように美しい白髪が揺らめく。華美な輝きが忙しない大広間の中で、はっと目を奪われる強き純白。それは光が反射しなければ輝けないそこら辺の宝石とは違う、芯の通った美しい色で。ロワの内面から滲み出る、人としての格の違いを象徴しているようにも見えた。
ダンスをするのに身体が慣れて、ロワの顔を見つめたまま思考に耽っていると、目の前の美男子は余裕の笑みで俺へ問いかけた。
「……なんだ、俺に見惚れているのか?今回はだいぶ気合い入れて用意したからな。……俺も結構な色男だろう?」
深紅の切れ長の目を揶揄うように細めてつつ、葡萄酒のように香る色気に思わず思考がぶわっと火照った。少し歳上なだけなのに、人を一瞬にして酔わせるこの色気は一体どこから出てくるんだ?
落ち着いた色合いの軍服を思わせるロワの衣装は、その生地と同色で刺繍が施されたデザインで、光の加減で密やかに模様が姿を現す。普段は降ろしている前髪も後ろに撫でつけているのが大人っぽく、王族の証である赤いマントは彼のためだけに存在するようにさえ思えるほど、良く似合っていた。
「ああ、良く似合っているよ。正装姿の時よりも、何だかロワっぽい」
王の謁見に同席していたロワは、今着ている服よりももっと豪華な正装を着ていた。正装姿はまさに王太子という出で立ちだったが、肩に乗る飾りや袈裟懸けしていた勲章が重そうで、なによりも無表情のロワが息苦しく見えた。
今のロワの表情は柔らかい。生徒会室で共に過ごしていた日々の、少し強引だが優しい先輩の顔をしている。俺の述べた感想にロワは、良く見ているなと苦笑を零した。
「……フェ―レース領地でのパーティーを覚えているか?ヒズミは変装していた俺に、薄々気が付いていただろう?」
「……うん」
身体が流れる心地よいダンスの最中、ロワは懐かしむように目を細めて話し始めた。ガゼットの領地で行われ、俺達がガゼットのお兄さんに頼まれてアルバイトをした、夏夜のパーティー。
あの頃のロワは、相当疲弊していたそうだ。魔王復活の兆しがあると祖国に帰れば、第二王子アウルムを王太子に据えようと派閥争いに巻き込まれ暗殺者が仕掛けられた。さらに貴族の言いなりになった王に、婚約者の選定。
魔王討伐のため国を統率しなければならない中、人の欲が邪魔をする。
「そんな穢れた場所に嫌気が差した頃、ヒズミに出会った。……ヒズミは淀んだ世界の中で、その風に穢されずヒラリと舞う、美しき蝶に見えた」
見た目だけを清らかに取り繕う者は幾らでもいた。でも、ヒズミは内側から花の香りのように清廉さが溢れていたと、ロワは熱の籠もった瞳で静かに語った。学園で出会って王太子だと名乗っても、自分に媚びへつらうこともしない俺に内心でひどく驚いたと言う。
「地位に関係なく1人の人間として、俺と接してくれたことが、ひどく嬉しかった。王太子の仮面をヒズミの前ではしなくて良い。……とても穏やかで、この上なく幸せな時間だった」
今思えば、生徒会室で一緒に仕事をしていたときも、ロワは何処かリラックスした様子だった。時々拗ねたり、疲れて不貞腐れて甘えたり、子供みたいな可愛い部分を見せてくれた時は、俺様然とした王子とのギャップにちょっと驚いたけれど。
休憩のときは労いの言葉を必ず添えて、手ずからチョコレートを食べさせてくれたのを思い出して、くすぐったい気持ちになる。ロワが食べさせてくれたチョコレートは、どれも優しい味がした。
「俺はヒズミのおかげで、ただの恋焦がれる男になれた」
『恋』という言葉がロワの口から出て、俺は目を瞬かせた。ロワは足運びをゆっくりとした速度に変えて、そっと両足を止めた。音楽が流れ続ける中、ロワは立ち止まったまま俺の両手をそっと包んで握り込んだ。ダンスをして疲れたのだろうかと、ロワの顔を見上げた瞬間に目を見張る。
いつもの不敵で油断ならない雰囲気とは違う、真剣でどこか寂しげな表情をした、年相応の青年がそこには立っていた。真紅の宝玉が静かに燃える様から、俺は目を逸らせられない。
「愛している、ヒズミ。……決して穢れに染まらない強さを持つ貴方を、俺は心から恋い慕っている」
低くも心地よい声で紡がれた一つ一つの言葉に、ロワの内に秘められた熱い感情と、切なさに震える心が込もっている。内側から深く艷やかな熱を放つ紅玉は、俺だけを見つめている。これは、いくら恋愛に疎い俺でも分かる。
友愛からの言葉ではなく、これは愛の告白だ。特別な好意を抱いてくれて、こんなにも真摯に伝えてくれたことが何よりも嬉しかった。くすぐったくも、心の奥に触れて直に温められているような、じんわりとした熱が胸に広がる。
でも、俺には心に決めた人がいるから。
「……俺の気持ちに、ヒズミが応えられないことは知っている。それでも、告げずにはいられないほど愛していた……。どうか、弱い俺を許してくれ」
しなやかな指先が、俺の左頬をそっと撫で上げていった。その慈しむような優しい仕草に気を取られていると、ロワの端正な顔が俺の右頬に触れる。チュッと小さな音を立てて、柔らかな感触が俺の右頬に触れた。
それは本当に一瞬の出来事だったが、何時かの戯れのキスとは違う真摯で優しい口付けで。名残惜しそうに唇が頬から離れていく。
「……嬉しいよ、ロワ。俺も誰よりも高潔で、心優しいロワが好きだよ。……ロワに、同じ愛を返すことは出来ないけれど……」
本当は王太子の権力を使って命令を出せば、俺のことを自分の好きなようにできるはずだ。それをしないのはロワが自分の願いを叶えることではなく、俺自身の気持ちを優先してくれたからに他ならない。この先もこの人は自由の効かない立場に覚悟を持って座り、自分を押し殺して国に尽くしていくのだろう。
こんなにも真っすぐと強く高潔な男性を、俺はロワ以外に知らない。俺は、美しい紅玉の瞳を真っ直ぐと見つめ返した。俺の心からの思いが、ロワにありのまま届くように。
「……俺を愛してくれて、ありがとう。ロワ。俺は、この国と民を一番に思う貴方の力になりたい。……ロワの力に、なりたいんだ」
俺を愛しいと想ってくれたことに、心から感謝したい。そして、俺も素直な自分の気持ちを、心からの敬愛を込めてロワに伝えた。唯我独尊の振る舞いをするようで、人のことを先に考えて自分を犠牲にする優しい人だ。そんなロワの手助けができるなら。
目を見開いたロワの、紅玉の瞳に一瞬だけ強く光が瞬いた。芳醇な色気を漂わせていた美青年は、頬を赤らめて小さく微笑んだ。自然と顔が綻んだロワの微笑みは、赤薔薇が今まさに咲いたような華やかさだった。
「……ヒズミには敵わないな。本当は俺の手で、華やかに咲き誇らせたかったのに……。さて、このまま独り占めしたいところだが、待っている奴らがいるんでね。……次の相手へ渡すぞ?」
ルビーの瞳にいつもの不敵な光に戻すと、ロワは「ほら、行きな」と俺の手を流れるようにするりと離した。踊っていた勢いのままに空を彷徨ったその右手を、逞しく大きな手が包み込む。
「……次は私と踊ってくれないか?ヒズミ」
「……ヴィンセント?」
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