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第10章 魔王戦

思い出の形、まだやり残したことがある

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モルンの動きに合わせてマジックバッグがデコボコと変形する様子を唖然と見つめていると、ゴロゴロとカバンの中から赤い球体がモルンと一緒に転がり出てくる。

その赤くうろこ状の皮がついた果実に、俺は目を見開いた。あれは……。ライチ……???


モルンは地面に転がる果実の中心に立つと、小さな身体を思いっきり伸ばしてバンザイをするように両手を上げた。


「キューイっ!!!!」

「ふぐっ!!」

モルンの魔力が小さな光の星のように弾けたかと思うと、地面に転がっていたライチが四方八方に飛んでいった。俺の口に勢いよく、ちゅるりっ!と何かが放り込まれる。

口に突っ込まれたものを、俺は反射的に噛み締める。弾力のある果肉から滴る果汁が、甘く爽やかに口の中に広がっていく。果汁が喉元を通った途端に、鉛のように重い疲れが瞬時に消えて、身体が途端に軽くなる。


これは、モルン特製ライチ(極上)か!体力全快、疲労回復、精神回復の、超貴重でスペシャルデラックスなライチである。


「まさか、最後にモルンに助けられるなんて……」

勢いよく立ち上がったソルが、モルンの魔法の一部始終を見ていたらしい。なんでも、倒れている英傑たちの口に魔法で一斉にライチを放り込んだそうだ。なんてこの子は賢くて、偉いんだ!!


「ありがとう、モルン!!」

マジックバッグごとモルンを両手に抱き抱えて立ち上がると、アウルムの張り上げた声が耳に届いた。


「あの壁を壊して外に出るぞっ!!」

部屋に倒れていた戦士たちが一斉に動き出す。走りながら魔力補充ポーションも飲んで、体力気力、魔力もともに回復した。頭上から降って瓦礫と崩れ落ちた石床を避けつつ、砕けた壁をさらにアウルムの風魔法で斬撃を飛ばして粉々にする。


俺たちは揺れ動く地面を強く蹴り上げて、城壁に空いた風穴から全員で外へ飛び降りた。眼下に見える魔王城の門に、急降下していく身体が地面に衝突する間際で、ソルが風を起こして着地させる。

魔王城の門へ降り立った俺たちは、逃げずに待ってくれていた馬たちに乗って長い石橋を全速力で駆けた。後ろからは轟音が響き続け、土埃が空に舞い上がっている。俺たちの後を追うように、石橋が脆く崩れて湖に落ちていく。

橋を渡り切った直後、石橋は完全に湖へと沈んだ。


間一髪で渡り切った俺達を、先に避難していた騎士たちが迎える。その中にはガゼットの兄であるアルファシカ様や、緑風騎士団員のヴァンの姿も見え、2人共想い人と抱き合って無事を喜んでいた。


俺はその様子に目を細めながら、再度魔王城を振り返った。溶岩の滾った湖は、まっさらに透き通った水面へと変わっている。反射する光が眩しく揺れ動く。


禍々しい漆黒の城は、もはや石の塊と化していた。美しい水面に幾つもの水柱を上げて瓦礫を落としては、水底へ沈んでいく。崩壊する漆黒の城へ、俺は自然に手を伸ばしていた。


今考えれば、この城は彼らの思い出を形にしたものだった。蝶とバラの紋章は、彼らの美しい思い出の象徴。それぞれのステージは思い出の場所に由来し、玉座の間はユキが死を覚悟したとき見た景色だった。


そんな、苦しくも儚い、恋人たちの日々。


それが次々と崩れて零れる光景から、俺は目が離せなかった。楽しい思い出も、哀しい思い出も、まるで元から無かったかのように消えていく。


何かを掴もうと伸ばした手は、何も得られないままに空を斬る。隣に立つソルの指が、俺の頬をするりと撫で上げたことで、初めて自分の瞳から涙が流れていることに気が付いた。



「……終わったのか……?」

この戦いの指揮を執っていたアウルムが、唖然としたように呟いた。戦いの終わりを告げる呟きは、やがて騎士団員たちに波紋状に広がり、皆が身体の奥底から湧き出る感情に身体を震わせた。火山一帯を震えさせる勝鬨の雄叫びが上がる。仲間で抱きしめ合って無事を確認する者、静かに歓喜に涙する者、武器を放り投げて喜ぶ者。


勝利に打ち震え、雄叫びを上げる騎士たちを背に、俺は、離れて皆の様子を見守っていた王太子殿下のロワに歩み寄る。

……俺のすべきことが、まだ残っているから。


「……ロワ、お願いがあるんだ。俺達を緊急転移魔法で飛ばしてくれないか?」


『呪い返し』によって、呪いは術者に正しく反った。その行き先を俺は知っている。


「行き先は……学園だ」


王太子であるロワであれば、緊急時のための転移魔法陣を特殊な布で携帯しているはず。なぜその存在を知っているのか怪訝な顔をされたが、俺達の緊迫した様子からすぐに何かを察して、俺達を学園まで転移させてくれた。


学園の本校舎から無言で歩き続け、塔型の建物へ俺とソルは入っていった。俺が学園に来てから何度も足を運び、学園内でもお気に入りになっていた場所へ向かう。

扉の前に立てば、心を落ち着かせるシナモンの香りが漂った。ノックをしても返事はない。

おそらく返事をする余裕もないのだろう。
俺は無遠慮にも部屋の扉を開けた。


研究資料が散らばっている部屋はいつも以上に荒れ、床にはコップの破片や研究器具のガラス片が散らばっている。


「……スキアー先生……?」

先生の名前を呼ぶ声が、研究以外に無頓着という雰囲気を持った青年ではなく、この世の者とは思えないほどに美しい相貌に変わっていることで、疑問形になってしまった。


「……あと少しだった。あと少しで、ユキの魂をこの世に呼び戻せたというのに……」




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