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第10章 魔王戦
絶望の倒錯、魔王の真実
しおりを挟む「……僕が、魔王だ……」
魔導士の服を着た青年は澄んだ瞳で哀し気に佇んでいた。黒壇の髪をさらりと水流に靡かせ、黒曜石の瞳がまっすぐと俺を射貫く。この国では珍しい顔立ちだけれど、俺からすれば馴染み深く懐かしさえ感じてしまう。
……そう。彼の顔立ちは、日本人のそれだ。
「……まさかこの世界で同郷の人に会えるなんて、思ってもみなかったよ……。会えて嬉しい、ヒズミ」
息を飲む俺に青年は嬉しさを滲ませ微笑むと、俺の胸元へ視線を移した。魔王の視線を辿った俺は、首から下げた『親愛の導き』が呼吸をするように点滅を繰り返しているのに目を見張る。
まるで、"ここに居る"と存在を示すような琥珀色の宝石を手に握りこむと、さらに光を強く放って反応する。もう一つの片割れが近くにいる。そう何故か分かった。
「ソレイユも、無事に辿り着けたようだね」
「……っ!!」
青年の安堵の呟きを聞いた直後、俺の背後からガラスがひび割れるような亀裂音が立て続けに聞こえ始める。何もないはずの水中の空間に、細い白線が不規則な網目状に広がった。亀裂の隙間からは眩しい光が漏れ出ていて、黄金の光と陽だまりを思わせる魔力の温かさに俺の身体は自然に動いていた。
大きな魔力の動きを亀裂の奥から感じた瞬間、激しい破壊音が耳をつんざいて空間がガラスのように砕け散った。破片が光を反射しながら水を舞う中、こちらに足が踏み入れられる。
亀裂から覗いた黄金の髪色を目にした俺は、全力で走った。
「ヒズミっ!!」
「ソルっ!!」
俺は一目散に駆けて走る勢いをそのままに、思いっきりソルに抱き着いた。空間の穴から姿を現したソルは、俺を受け止めてお互いの隙間をなくすように俺力強く抱きしめる。ソルの背中に回した腕に自然と力がこもった。
もう、生きて会えることは無いと諦めていた。愛しい人のぬくもりが心の奥深くまで沁み渡って、嬉しさで視界がぼやけた。
「ヒズミ、怪我はない?」
ソルは存在を確かめるように、俺の両頬を手で包み込むと琥珀色の瞳を心配げに揺らした。ソルに無事であることを伝えると、震える手で再度強く胸の中に抱きこまれる。
「……無事で、本当によかった。ほんとうに……。もうオレから離れていかないで……」
柔らかな黄金の髪が微かに震えて俺の頬に当たる。ソルは頭を俺の肩口に乗せ絞り出すように呟くと、俺を抱く腕にぎゅっと力を込めた。無言のまましばらく抱きしめ合っていると、ふと青年の見守るような優し気な視線を感じて我に返る。
ソルに会えた喜びで、青年の存在と今の状況をすっかり忘れていたことに、俺は気恥ずかしさを覚えてソルから身体を離した。ソルも魔王である青年の視線に気が付いたようで、青年を警戒しながら俺に問いかけた。
「……あの人は……?」
「魔王……、と言われている人だ」
俺が魔王と口にした瞬間、ソルの雰囲気が一気に鋭利なものに変わった。青年に殺気を放つと素早く長剣を構えて俺を庇う。臨戦態勢のソルに、ユキは寂しいような諦めにも似た表情で首を振り、敵意が無いことを告げた。黒曜石の美しい瞳を、真っ直ぐと俺達を向ける。
「……僕の名は、佐藤雪遥(ゆきはる)。ヒズミと同じ世界から転生した、日本人だよ。」
日本語特有の響きがある名前は、彼の儚げな雰囲気に良く似合っていた。俺やアヤハ以外にも転生者がこの世界に居る可能性は考えたけど、まさか魔王が転生者だなんて思いもしなかった。でも、彼の魂は死霊たちのせいで、身体を追い出されたのではなかっただろうか?
俺の疑問に答えるように、ユキは苦しげに眉根を寄せながら口を開いた。
「死霊たちを、アサヒが魂を犠牲にして天に還してくれたおかげで、僕の魂が姿を現せたんだ……」
王の欲望の実験台になり、ユキの不老不死になった身体は死霊に乗っ取られていた。しかし、ほんの一握りだけ魂は身体に残っていたのだと、ユキは言った。
「……アサヒは旅立ったんだな……」
旭陽が犠牲になったと聞いたソルが、胸元に手を当てて切なげに呟いた。ソルは自分の中に旭陽の魂が入り込んでいたことに気付いていたらしい。
旭陽と苦楽を共にして生活していたが、この亜空間を彷徨っていたときに、急にアサヒが「先に行く。元気でな」と言い残して自分の身体から抜け出したのだと、ソルが教えてくれた。
ソルの話を黙って聞いていたユキは、視線を落として押し黙る。旭陽を痛ましく思っている様子が彼の優しい人柄を表している。ユキは俯かせていた顔を上げるとまっすぐと俺を射貫いた。
「ずっと待っていたんだ。……僕と同じように、身体ごとこの世界にやってくる転生者を」
「……転生者を、待っていた……?」
一体、どういう事だろうか。
思わずオウム返しをした俺と隣で驚くソルに、ユキは長い話になると前置きしてから、まずは呪いについて説明しようと話始めた。
「僕の身体が、不老不死にされたのは知っているね?……では、これは知っているかな?……この魔王が復活を繰り返す呪いは、僕自身が生み出したものではない……」
ユキは一度そこで言葉を切ると、目を伏せてぎゅっと口を結んだ。ほんの僅かに逡巡してから、意を決したように口を開く。
「この呪いはね……。僕の恋人が、オルトロス国全体にかけた怨恨の呪いだ」
ユキの恋人は元凶である国王や魔導士たちを皆殺しにして、この国の全ての人間に災いが来るように呪ったのだという。自分の愛しい人を生贄にされたのだ。どんなに怨んでも足りないだろう。
だが何千年と繰り返されたこの呪いに、ふと俺の中で疑問が浮かんだ。これほどまでに継続的な呪いを施せる人物など、この世に存在するのだろうか。
それに、どうして、こんなに回りくどい呪いにした?人々を呪うなら一層のこと、魔王が支配する世界にしてしまえばいい。必ず英傑と聖女が現れて魔王を討伐するという一連の流れを、永遠と繰り返すようにしたのは、なぜなのか。
ユキの言葉を聞きながら、カンパーニュのダンジョンで出会った、双子の一人カプリスの話を思い出す。彼はこう言ったはずだ。
『呪いはね、人にしかできない代物なんだよ』
「……ユキの恋人は、一体何者なんだ……?」
俺の投げかけた疑問に、ユキは懐かしさと寂しさが混ざった瞳で答えた。
「……彼は精霊の血を引いた長寿種族、ダークエルフだ。……彼が、この繰り返す呪いをかけた理由は、僕の魂を黄泉の世界から呼び戻すためなんだ……」
魔王が復活を繰り返し、その度に国は災厄級の被害に襲われ多くの国民が死ぬ。その生きるはずだった命と魔力を集め、ユキの魂を呼び戻す材料としている。
この呪いを止めるには魔王である自分自身を消滅させるしかないのだと、ユキは語った。
「魔王である僕を消滅させるには、呪いをかけた彼と同等か、それ以上の強い闇魔法と魔力量が必要だった。……でも、この世界にそんな人は存在しなかった」
恋人は、精霊と同様に遥かに多い魔力を有する。さらに彼の闇は深く、通常の人間はどう足掻いても彼の力には勝てなかった。
話を続けるユキは、しなやかな指で俺の左手を指し示す。
「だから、僕はその指輪にある魔法を付与した。使用者の持つ魔力属性を制限して、その分闇属性の魔法を強化するように。魔力を貯められる器を大きく出来るように……」
ユキの視線を辿って、俺は左中指に刻まれた『絶望の倒錯』の痕へと目を向ける。黒色の茨は入れ墨のように、指の付け根をぐるりと囲って戒めていた。
そう言えば、この指輪を入手したダンジョンは、一定以上の魔力と闇魔法が使えないと攻略できなかったことを思い出す。そこから使用者を既に選定されていたのだろう。
ユキいわく、3ヶ月に一度の状態異常は魔力を溜める器、つまり魔力量を多くするための成長痛のようなものだと口にした。
「……それでも、上手くいかなかった。指輪を手にした転生者もいたのだけれど……。何年か経って気が付いた」
この世界の器には、限界がある。
転生者は確かに魔力を他者よりも多く保持出来た。
しかし、この世界の身体を手に入れて転生した者は、どうしても魔力を溜めるのに限界値があったのだ。
ユキと一緒に転生した妹も他の転生者と同様で、この世界に来たと同時に目と髪の色が変わり、転生する過程で身体がこの世界のものに作り替わってしまった。そのため、魔力量が多過ぎて病弱になった。
だけど、前世で元の姿のまま転生したユキは、魔力をいくらでも溜め込めるということに、このときになって気が付いたのだという。
「……前世の身体ごとというのは、そう言うことだったのか……」
「……そう。転生者は稀で、かつ身体ごとなんて僕以外には見たことも無かった。……長い年月が過ぎて諦めかけていたときに、ヒズミ。君が現れた。」
前世と同じ身体で転生してきた、俺。ほんの少し若返っていたのは、転生する際の代償にされたのだろうとユキは語った。ユキも同じだったらしい。
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