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第10章 魔王戦

迎えに行くから、待っていて(ソレイユside)

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(ソレイユside)



目の前で、何が起きたのか分からなかった。


ただオレの最愛の人が、ひどく安心したように柔らかな微笑みを浮かべた後、闇の手に飲み込まれていくのを、唖然としながら見ていたんだ。

手を伸ばして愛しい人を捕まえる時間さえ、オレには与えられなかった。ヒズミを喰らった闇は、漆黒のローブへと即座に引き寄せられ、その姿ごと扉の中へと消えていく。


「ヒズミーーーっ!!!!」

次の瞬間には、オレは愛しい人の名前を絶叫しながら扉に向かって駆けていた。扉の隙間に手を挟もうとしたオレの目の前で、扉は無情にも重い音を立て完全に閉じる。


「クソっ!開けよ!!……ヒズミ!!ヒズミっ!」

金細工の美しい扉に、オレは全力で壊す勢いで拳を叩きつけた。ありったけの魔力を思いっきり何度も、扉にぶつける。オレの拳が悲鳴を上げる中、目の前の扉はビクともしない。それが、己の無力さを突きつけられているようで、怒りと苛立ちで頭の中はぐちゃぐちゃだった。


……また、失うのか?
己の無力のせいで、命よりも大切な存在を。
生涯をかけて守ると誓った、最愛の人を。


頭の中が灰色に覆われる。思考が上手く働かない。腹の底から這い上る激しい怒りで、頭がおかしくなりそうだった。白々しいほどに純白の扉を、叫びながら激情のままに殴り続けていた、その時だ。


キンッ!と澄んだ音が、胸元から聞こえた。その音は激情に飲まれていたオレの耳にもよく届く、凛として美しい静かな音で。最愛の人の声を思い出させる音にはっとして、オレは胸元に下げていたペンダントを取り出した。


「……『深愛の導き』」

愛しい人そのものを映した、夕焼けから宵闇の色へと染まる美しい宝石がオレの手の平の上で、呼吸をするように光っていた。

温かな光を明滅させるそれは、ただの宝石ではない。愛し合った者を繋ぐ、導きの宝石だ。その宝石の光はゆっくりと煙のように流れて、しきりにオレを扉の内側へ進めようと暗闇に溶けていく。

親愛の導きは死者には発動しない。
オレの鼓動が全身に響き渡るほどに、歓喜で大きく脈打った。これは確信だ。


「……ヒズミは、生きてる」

この宝石に従って道を辿れば、ヒズミに会える。

絶望するのは、まだ早い。
何かあるはずだ。ヒズミを助け出す方法が。


「アヤハ!!封印を止めろ!!」

今だに顔面を蒼白させて呆けているアヤハは、俺の怒号に近い叫びに身体をビクリっと大きく跳ねさせる。


「……でき、ないよ……。一度発動した封印魔法は……」

そのあとの言葉を紡ぐことなく、アヤハは茫然としながら弱々しく左右に首を振った。

封印魔法は一度発動してしまえば、誰にも制止することができないと言い伝えられている。それは例え術者が死んだとしても、魔王を確実に封印するためなのだと、聖女であるアヤハ自身からオレたちは聞かされていた。

この魔法を誰よりも理解しているアヤハだからこそ、仄暗い瞳で絶望を滲ませているのだろう。


現にオレの目の前にある扉は、早くこの世界から消え去ろうと、下から金色の砂に変わって流れて行っていた。


「ヒズミは生きてる。この扉の中で、生きてるんだっ!『深愛の導き』が、まだ光ってる!」


オレの叫びが、静寂な部屋に響き渡った。そのたった一言が、ヒズミが生きているという真実が、絶望に侵されて動けなくなっていた皆の意識を、一気に吹き飛ばした。ここまで共に戦った仲間たちが、一斉に動き出す。


「……お兄ちゃんが、生きてる…………?」

オレの胸元に光る神秘の宝石に視線を写したアヤハは、はっと目を見開いた。涙も出ないほどの絶望に翳っていた薄水色の瞳は、未だに色が戻らない。

その頼りなく縮こまって震えるアヤハの背後に、白金色の髪を揺らしながら青年がそっと近づいた。アウルムが、優しくアヤハを抱きしめる。


「諦めるなアヤハ。アヤハにとって、ヒズミは唯一の兄なのだろう?」

アヤハと向かい合ったアウルムは、アヤハの小さな両肩に手を置いて、深青色の瞳で真っ直ぐとアヤハを見つめ言い聞かせた。アウルムの言葉は誰よりも重みがあって、何よりも味方を鼓舞する。


「アヤハなら、封印を止められる。必ずできる」

アウルムの真摯で力強い言葉で、涙の膜で覆われ霞んだアヤハの瞳が水を打ったように震えて光が戻っていく。地面に力なく置かれたアヤハの小さな手に、アウルムがそっと手を重ねて握りしめる。

アヤハの瞳に、強い光が宿った。


「……そうよ。絶対にお兄ちゃんは渡さない。また1人でどこかに行くなんて、許さないんだから!……歴代最強の聖女の力を、舐めんじゃないわよ!!」

高らかな咆哮を上げて、アヤハは力強く両手を封印の扉へと伸ばした。聖魔法の白金色の魔力が、眩い光を放ちながら扉へと一気に放出される。オレの下腹部まで消失していた扉が、まるで時間を巻き戻すかのように金の砂が集まり出して、再びゆっくりと姿を現し始める。


「……うぅっ……!魔力が足りない……っ!」

不可侵と言われている封印魔法に抗っているせいで、反発する魔力に押されていると、アヤハが額に汗を滲ませながら呻いた。扉の消失は止まったものの、魔力が足りないためか姿が中途半端に消えたままになっている。


「アヤハ、私の魔力も使え」

アヤハの背中にアウルムの手がそっと回される。アヤハに魔力を譲渡しているのだろう。身体接触だけで魔力を譲渡できる聖女の純白の装備が、白金色の光をさらに輝かせた。


「俺たちの魔力も使ってくれ……!!」

クレイセルとエストも駆け付け、アヤハの背中に手の平を当てる。純白の装備がより一層輝きを放ち、扉を覆うように放たれた聖魔法の魔力がさらに眩く光った。金色の砂が一斉に集まり出し、扉が再び完全なる姿で現れる。


「……形を保つので精一杯かも……っ!!」

「こっちで扉を開ける!!」


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