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第10章 魔王戦
魔王討伐、意識のあるときに口移しって恥ずかし過ぎる
しおりを挟む「これで終わりだ」
ヴィンセントの灼熱の剣が、ローブごと魔王の心臓である鮮血色の魔石を貫いた。キンッ!と甲高い音が響き、ひび割れの音が立て続けに聞こえ始める。
漆黒のローブからは、血が滴るように魔石の破片が落ちていく。魔王の魔力が完全に絶たれた時、ヴィンセントは心臓から剣を思いっきり引き抜いた。硬い石が剣の動きに合わせて光を反射しながら砕け散っていく。
力を失くした魔王の身体は鮮血の魔石を散らしながら真っ逆さまに下に落ちて、大理石の地面に鈍い音を立てて叩きつけられた。
「終わったんだな……」
部屋を覆いつくしていた茨が黒煙となって消えていく様子を見ながら、エストがふうっと息を吐いた。厳かな部屋には魔王が座っていた玉座と、力をなくした魔王だけが取り残されていた。いつの間にか、柔らかな陽の光が天井の小さな窓から入り込んで、暗がりだった室内をぼんやりと照らしている。
「全員、無事か……?」
魔王が完全に事切れたことを確認したヴィンセントが全員へ安否を問う。戦闘の険しさがなくなり、俺は緊張や恐怖が綯い交ぜになった気持ちを押し出すように、どっと息を吐いた。
未だに興奮冷めやらぬ火照った身体を落ち着かせようと、肩で息をするのを繰り返す。
「……なんとか、な……」
息も絶え絶えで答えたジェイドに、ヴィンセントが駆け寄って魔力補充ポーションを手渡している。魔王の攻撃を防いだり、大規模魔法を使用して魔力を大幅に消費し、疲弊しきっているのだろう。
ボスを倒した部屋では、討伐者が部屋を立ち去るまで部屋に魔物が現れない。この玉座の間も例外ではない。俺たちは武器を収めて、各々緊張から身体を休める。各々ポーションを取り出して、回復に勤しんだ。
「複合魔法は、魔王には効果覿面だったな!」
訓練した甲斐があると、クレイセルは疲れた顔でも快活に笑った。前世のゲーム知識をフル活用して、全員で入念に準備したため、誰一人として命を落とすことなく魔王を倒せた。大怪我もしていないのは奇跡だ。
「魔王を、部屋の中央に移動させるぞ」
額に流れる汗を袖で拭いながら、アウルムが皆に中央を開けるように促して、風魔法で魔王の身体を運んだ。魔王の漆黒のローブが風に翻る様子を、俺はぼんやりと眺めていた。
乙女ゲームの攻略本でも、魔王の絵姿はこのローブ姿しか描かれていない。その漆黒の布が、本当の素顔をひた隠しているようだと、つらつらと頭に浮かんだ。
「……魔王の封印は、私に任せて。皆にずっと守ってもらっていたから、魔力も充分だよ」
魔力もポーションで補充したしね、と腕を曲げて力こぶを作るアヤハに、頼もしいなと笑みが零れる。アヤハは皆に休みように伝えてから、自身は部屋の中央に横たえられた魔王へと近づた。
頭上に上げたアヤハの手の平から、白金色の魔力がゆっくりと放たれる。魔力は細く絡まると、白金色の眩い線を紡ぎ、空中に複雑な円を描き始める。魔王を封印するための、聖女だけに伝えられる古の魔法陣だ。繊細な模様の魔法陣は、描き切るまでにしばらく時間がかかるらしい。
「くッ……!」
綺麗な模様が描かれる様を、ぼんやりとした思考で眺めていると、全身に鋭い痛みが走って思わず呻いた。身体が重怠く力が入らない感覚は、魔力枯渇寸前の証拠だ。
どおりで先程から思考がぼんやりするわけだと、呑気に考えていると、ぐらりと身体が傾いた。俺の身体は地面に打たれることなく、鍛えられた胸に受け止められていた。
「……怪我していたのに、無茶するから……。それに、『慧眼』で魔力も大分使ったでしょ?」
俺を優しく抱きとめたソルは、黄金の髪を揺らしながら、心配気な琥珀色の瞳で俺を見下ろした。ソルは俺を横抱きにして地面に座らせると、懐からポーションの瓶を2つ取り出して、治癒ポーションの瓶を俺の口に当てがった。
戦闘の興奮で、身体が痛みを麻痺させていたらしい。ここに来て茨の棘での負傷が、じんじんと波打つように痛み出す。
「……ありがとう、ソル。……うぇっ」
背中に手を回されて起き上がったまま、ソルにお礼を言いつつ、アヤハ特製の治癒ポーションを嚥下する。緑色のドロリとした液体に、聖魔法の特徴である白金色の粒子が混ざった治癒ポーションを飲むと、俺はあからさまに顔を顰めた。
「……まずい」
アヤハの作る治癒ポーションは、ハーブやら漢方やら、何か遠くのほうで苦い良薬が暴れまわっているような、奥深い味になっている。
前世の職業が女医だったアヤハ曰く、『治ると思って、簡単に怪我をされたくないの。怪我がすぐ治ったとしても、心には大きく負荷がかかるから』という理由で、あえて今後飲みたくなくなるように、治癒ポーションに苦い味を付けているらしい。
その考え自体は素晴らしいが、いざ飲むとクソまずい。俺の心からの呟きに、ソルが頭上で苦笑いをしたのが見えた。
味は凄まじいが、聖女が作る治癒ポーションは効果が格段に違う。身体中にあった茨の刺傷が、一瞬にして塞がり針を刺したような痛みが引いていく。
俺の口の中は、未だに苦みがエキセントリックに踊り狂っているんだがな……。
「ふふっ。すごい顔してる」
眉間に深く皺が寄っているであろう俺の顔を見下ろしたソルは、クスクスと少年のように楽し気に笑うと、手に持った魔力補充ポーションの瓶の栓を軽い音を立てて開けた。ソルはその透明な瓶を傾けて、中にあるサラリとした最上級ポーションを口に含む。
ああ、ソルも魔力が少なくなっているのか……、とソルの形の良い唇を目で追っていた時だ。俺を胸元に抱えていたソルがするりとローブを広げると、俺を覆い隠すように抱きしめた。すっぽりと隠れた俺が不思議に思ってソルを見上げると、琥珀色の瞳を細めて妖艶さに微笑む。
「……ソル……?んむっ?!!」
蜜色の甘やかな瞳が近づいて来るのを、綺麗だと見惚れていた俺の唇に、突如として柔らかなものが触れる。驚きで目を見開いたままでいると、ソルは悪戯気に目を細めてゆっくりと目を閉じた。黄金の睫毛が光に反射して透ける様子を見つめていた俺は、唇の力が抜けていたらしい。
「ンんっ!……ふぁっ……」
何度か角度を変えて優しく触れるソルの唇に、ふわふわとした心地で酔い痴れていると、途端にするりと湿った感触が隙間から入り込む。ソルの魔力と一緒に、ポーションがとぷとぷと俺の口に流れ込んだ。
先程まで苦みが支配していた口腔内に、爽やかな甘みが広がっていく。ソルの魔力は、いつも甘くて蕩けそうになるんだ。
「……んくっ」
ソルの柔らかな舌が、俺がポーションを飲み下せるように優しく動いて舌をくすぐる。何度か角度を変えて流し込まれ、俺が全てのポーションを飲み干すと、ソルの唇が名残惜しそうに離れていった。
艶やかな唇をソルが舌先でペロリと拭う。舌先に残る甘い痺れに、俺は自分の顔が真っ赤になるのが分かった。
「口直し。……それと、本当に無事でよかった……」
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