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第10章 魔王戦
玉座の間、ゲームでおなじみのアイテム回収も忘れずに
しおりを挟む「……倍に増やそうかな……」
……ソルは、一体何を、倍にしようというのか?
俺は頭を振って手元の宝石に集中することにした。念のためにアヤハに離れるように促してから、王冠に付いていた宝石へ魔力を流し込む。途端に、宝石に閉じ込められている金の蝶が忙しなくはためいた。
金の鱗粉で曲線を描きながら、蝶たちは刃面の右側へ上下に間隔を開けて止まる。
「ふわぁっ!」
一瞬、深青色の宝石がつるりと輝いたかと思うと、硬いはずの宝石がしゃぼん玉のように弾けた。パシャンっと軽い音と飛沫で、俺は驚きで間抜けな声が上げる。
「そんな間抜けなヒズミの声、初めて聞いたわ」
隣でケラケラと笑ったクレイセルをジト目で見つつ、手元に残った重みのある存在に目をやった。いや、硬かった石が突然水泡みたいに壊れるとか、ファンタジー過ぎてびっくりしたするだろ?
宝石に閉じ込められていた金色の剣と蝶が、細長い金属に変わっている。細かな彫刻が美しい金属は、ちょうど蝶たちが羽を休めた場所に突起が付いていた。まるで、棒鍵の下部のようだ。
「お兄ちゃん、それ貸して。鍵を組み立てるよ」
アヤハは俺の手から金属の棒を受け取ると、『禁断の果実の守り人』の部屋で獲得した鍵の持ち手をローブのポケットから取り出した。持ち手と細長い金属を両手で包むように握ると、淡い白金色の光がアヤハの指の隙間から漏れ出る。
聖魔法の魔力を手に流したアヤハは、しばらくしてよしっ、と頷いて両手を広げた。俺に見えるように差し出されたアヤハの手には、金と銀の入り交じった鍵が乗っている。植物のモチーフが彫られた棒鍵部分と、蝶の羽が合わさった模様の持ち手の鍵は、美術品と言っても良いくらい美しい。
「次に続く扉が、現れたっすね……」
ジェイドは翡翠色の髪を揺らしながら、ふいっとある方向を顎で指した。先程まで何もなかった壁に、木製の大きな両開き扉が現れていることに目を見張る。アーチ状の大きな真紅の扉は、アヤハが鍵を作ったと同時に壁に現れたらしい。
床に転がる王冠を横目に、役者も観客も姿を消した沈黙した劇場を俺達は後にした。扉を開けて進んだ先の螺旋階段をひたすら登る。何回目かの階段の踊り場に辿り着くと、格子状の窓から急に青色の光が射して何事かと覗き込んで驚いた。
真っ赤だった溶岩の湖全てを、青色の結界が覆っている。
「騎士たちが全ての魔物抑止ギミックを発動してくれたのか……。私たちも彼らの頑張りに報いらなければ」
アウルムが緊張した面持ちで、外を眺めながら呟いた。溶岩から出れなくなった魔物たちが、青色の結界の下で外に出ようと蠢いているのが見える。俺達がもしも負ければ、あの結界が壊れてより多くの魔物が噴出するのだ。
「そう硬くならないの。私達が勝つためにも、突っ立ってないでこの上等な壺を割ってくれないかしら?」
アヤハがアウルムに明るく笑いかけながら、踊り場の角にあった高級そうな壺を手渡した。アウルムが躊躇して、何とも言えない顔をするのが面白くて思わずクスクスと笑ってしまう。張りつめて重かった空気が、アヤハの明るい声で和らいでいく。
「ダンジョンと言えど、壺を割るのには抵抗があるな……。盗賊にでもなった気分だ」
育ちの良いアウルムがつるりとした陶器の壺を手に、苦笑いをしている。そんな近くで、クレイセルは意気揚々と階段に設置された花瓶を必要以上に壊して楽しんでいた。ラスボス戦の前の通路や部屋には、アイテムが色々落ちてたり、隠されてたりするんだよな……。
こういう時に回収しておかないと後で痛い目をみるから、アヤハが音頭を取って俺たちは盗賊のごとく色々な物を壊しながら階段を駆け上がった。俺も『感知』を発動してアイテムが隠された壁を破壊しているときに、アヤハが俺に近づいて思案気に問いかけてきた。
「……ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの『慧眼』って、呪い返しっていうの出来ないの?もし出来たら、この魔王の呪いも術者に反せんじゃないかな……」
日本の陰陽師とか、妖とかの漫画でよく出てくる、アレと言われて俺はふと考えた。『慧眼』は状態異常を跳ね返すスキル。そして、状態異常は一種の呪いに近いとスキアー先生から教わった。アヤハは俺から『慧眼』のスキルについて説明されたときに、魔王の呪いも反せないかとずっと考えていたらしい。
「先生からは、聞いたことがないな……」
でも、何故だろうか。『呪い返し』という言葉が妙に頭に残る。アヤハの言葉を頭で反芻しながら階段を登っていると、俺の視界が一気に開けた。思考の海から、無理やり現実に引き戻された。
それは今までに見た扉の中で、一番豪華で厳かな両開き扉だった。真っ赤で巨大な扉の渕に黒色の茨が花を咲かせて、カラスの羽根を思わせる両翼のモチーフと交差した長い2本の槍。扉の前には頑丈な鎖ががんじがらめに巻かれ、中心に大きな錠が付いていた。
扉だけでも異様なほどに物々しい雰囲気が漂っていた。
「……それじゃあ、開けるね」
アヤハは仰ぐほどに大きな扉の前で、ローブのポケットから金と銀色の混じった鍵を取り出した。鍵と同じ細かな彫刻が施された錠の鍵穴へ、アヤハが鍵を差し込もうと手を伸ばす。
華奢な手が小刻みに震えて、カチカチっという金属が小さくぶつかる。先程までの明るさは、皆を安心させるための気遣いだったのだろう。アヤハの震える手に、俺はそっと自身の手を重ねた。
「……俺も皆も、一緒にいる」
驚いた顔で見上げてきたアヤハに、俺は穏やかに微笑んだ。俺の右肩に乗っていたモルンが、トンっとアヤハの肩に飛び移ると、『ぼくもいるよー』というように、ふわりと尻尾でアヤハの頬をくすぐった。
「ふふっ、モルンもありがとう」
アヤハは振り返って、最終決戦に挑む面々をゆっくりと見回した。全員が頷き返すのを見てから、再び扉に向き合う。目を閉じて息をふうっと吐き出すと、アヤハは薄水色に金が舞う瞳へ強い光を宿した。
震えの収まったアヤハの手を、俺はゆっくりと鍵穴へ導いた。鍵の根元まで差し込んだところで、アヤハと一緒に右に回す。
鍵がはまった小さな音がしたあと、カシャンっと金属音を立てて錠が開く。扉を塞いでいた重々しい鎖が激しく擦れあう音を立て、扉の外側に吸い込まれるように蠢いた。扉を縛っていた鎖が取り除かれると、ゆっくりと軋んだ轟音を立てながら内側へ扉が開いていく。
「……俺たちは強い。必ず魔王を倒す。そして、全員無事に帰るんだ」
アウルムの凛とした力強い鼓舞と、揺るがない決意を胸に俺たちは鮮血の扉が招く闇へと足を踏み入れた。
全員が扉の内側に入ると、退路を断つように独りでに扉が閉まった。突如として暗闇に冷たい暗闇に仄暗い紫色の炎が揺らめく。俺たちの左右で揺らめく紫の炎は、低く短い音を連続して上げながら次々と部屋の奥へ明りを灯した。
全ての燭台に炎が灯ると、その歴史を感じさせる荘厳な室内が姿を現した。
「ここが、『玉座の間』か……」
エストが注意深く周囲を観察しながら、呟いた。
仄暗い色の大理石は俺たちの姿を映すほど滑らかで、凝った模様が彫られた長い柱が吹き抜けの天井へと伸びる。重厚な深紅の絨毯が、仄暗い部屋の中で一際鮮やかに見えた。絨毯は部屋の奥にある階段を上り、その頂点に君臨する漆黒の豪奢な椅子へと辿り着く。
そこに前屈みに腰掛ける、全身を黒く長いローブで覆われた人型のもの。黒い布塊にも見えなくは無いそれを目が捉えた瞬間、本能からの悪寒が全身を粟立たせた。
……なんて、底の見えない冷たさなのだろう。
例えるならば、決して太陽の光が届かない奈落の闇。
生き物であれば必ず感じる生気が、まるで無い。
人ではない。一瞬でそれが分かるほどの、異質で仄暗い霊気。
「……魔王」
俺の呟きが部屋の静寂を破ったとき、フードを被って見えない魔王の視線が、俺を射抜いたと感じた。
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