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第9章 魔王討伐戦、全員無事に帰還せよ
運命に抗え、エストは恋をしてたんだな……
しおりを挟む『今回の舞台の主人公は、金髪碧眼の王子様と、銀色の貴公子かしら?』
『題名は『愛を知らない人形たち』でどうかな?』
双子の視線に捉えられたアウルムとエストが、警戒をさらに強めて身体に纏う魔力を上げる。生まれながらにして使命を背負い、己の生き方を周りの人間に押し付けられた2人。その闇は心に深く根付いている。
彼らの心の闇は、自由と愛情だ。
『さあ、みんな!楽しいお芝居の時間だよ!』
燕尾服特有の長い裾が大きく翻った直後、双子弟の魔力が一気に爆発した。高らかな声を合図に何処からともなく、キャハハッ!と楽しそうな子供の笑い声が響き渡る。この場には明らかに不釣り合いな無邪気さに、俺は頭上を見上げて呟いた。
「……第二形態だ」
頭上の暗闇から次々と白色の影が現れて、空中で弧を描いて飛んでいる。胸に抱ける位の小さな人型のぬいぐるみが、楽しそうに笑いながら空を飛んでいた。
頭が大きく、目に☓印でボタンが縫い付けられたぬいぐるみ達が、ジグザグとした口を大きく開いて笑っていた。白色の服を纏う双子の玩具たちは、亡霊のように飛び交い俺たちを見下ろす。
『よくも我が愛しき娘を殺したな。娘を殺した元凶のお前と、関わりたくもない』
ワンピースのような服の裾をはためかせ、ぬいぐるみがジグザグの口をパカパカと動かした。そこから出てきた声は、子供姿には似つかわしくない大人の低い声だ。
どこからともなく、重低音のオペラが旋律を奏でる。
「……アウルム、耳を貸すな」
苦虫を噛みつぶしたような顔をして、クレイセルが忠告する。アウルムが生まれたと同時に、母である王妃は難産で命を落とした。今のは母方の父、アウルムの祖父が幼いアウルムに実際に放った言葉だ。
アウルムはしがらみの強い王宮内で唯一、愛を注いでくれるはずだった母親を失い、愛情を知らずに育った。少年は自分の身を守るために、我儘を一切言わない見本通りの王子になった。
本人の心は、空っぽに満たされないまま。
『品行方正な王子は、実に扱いやすくて良いですなぁ。私達の言うことをよく聞く』
『英傑として役目を終えたら、今度は他国との小競り合いに駆り出す気だろう?王は人使いが荒い……』
憎悪と欲望が入り混じった言葉が、次々とぬいぐるみの口から紡がれていく。剣を構えたまま、アウルムは肩を震わせて俯いた。光を反射して透明にも見える白金色の髪が小刻みに震えている。
『反乱の筆頭に丁度よいではないか。なに、失敗したのなら、第二王子のせいにすればよい……。王位継承権がらみの暴挙だとな』
一部の貴族たちは、筆頭にアウルムを祀り上げ政治の実権を握りうと目論んでいた。その先にあるのは、反乱者としての死か、政治の傀儡となるしかない。
『うふっ。可哀想に……。貴方は魔王討伐を倒しても、国の奴隷となるか、反逆者として命を落とすかの、哀しい未来しかないのね?』
無言で佇むアウルムの様子に気を良くしたのか、双子の姉が彼へと歩み寄っていく。うふふっと可愛らしい笑みを貼り付けた顔が、アウルムを下から覗き込んだ。
『その微笑みも、周囲の人に媚びを売るための習慣でしょう?本当は誰にも愛されていない、利用されるだけの王子様』
剣を降ろしたアウルムは、力を抜いて両手を降ろした。頭上で響く、カタカタと軋む作り物たちの拍手が聞こえて、えらく気に障る。
『……ねえ、君は誰かに愛された記憶が、ひと時でもあるかい?』
アウルムの隣にいるエストに近づいた弟は、煽るように顔を傾げながら顔を覗き込んだ。銀色の星空を思わせる瞳を、はっとしたようにエストが見開いた。
『君は家族に捨てられた。それでも、恋焦がれて泣き叫んでいたね?』
『うわーん……。ちちうえーー!!ははうえーー!』
『みすてないで!!ここはこわいよ!さびしいよ!』
胸を引き裂くように悲痛な幼子の泣き声が、空を飛ぶぬいぐるみの口から次々と発せられる。目を見開いたまま固まるエストに、紅い目を向けて微笑みながら男の子が近づいていく。
『泣き叫んでも誰も来なかった。親に愛されなかった君は、さらに叶わない恋もしているみたいだね?可哀そうに……』
双子の姉弟は、エストとアウルムへ触れれる距離まで詰めていた。双子の赤い瞳が、人の心を貶めようとギラギラと脂ぎったように見えた。勝利を確信したように厭らしく笑った気配がする。ダメ押しとばかりに、双子のマリオネットは口を揃えて言葉を発した。
『魔王討伐を終えても、君たちに帰る場所なんて無いよ?生きる意味さえも、無くなるね』
『いらなくなったら捨てられる、ただの言いなり人形。……そんな人生、わたしたちが終わらせて差し上げ____ 』
クスクスと笑いながら発せられていた言葉が、突然途絶える。人形の背中から、銀色の切っ先が突き出て、シャンデリアの光に輝いていた。
「ふははっ。……良くしゃべる人形だ」
方を揺らして小さく笑ったと同時に、アウルムの立つ地面から一気に風魔法の魔力が爆発し、風が吹き荒れる。猛烈は風のかまいたちが、少女の姿をした人形を切り刻んだ。ほんの一瞬の、つむじ風のように巻き起こったかまいたちの渦に、鮮血色のドレスごと人形が斬りつけられていく。
少女のものとは思えない、濁音まみれの悲鳴が劇場に木霊する。
「……私が笑顔を絶やさない理由は、餌だよ。反乱勢力を炙り出すためのな……。それに、私は国の奴隷にはならない。兄上と一緒に現王を倒すと約束したからだ」
いつもの王子然とした微笑みは鳴りを潜め、サファイアブルーの瞳は怒りに震えている。冷静な口調とは裏腹に、過激なまでの暴風が少女を襲った。
「確かに私は生きる意味を失っていた。自分の人生の道の少なさに、絶望して何も行動を起こさない人形だったさ……。だが、今は違う」
アウルムは、ちらりと後ろに視線を送った。そこには前方に手をかざして、全員に聖魔法の防御結界を張るアヤハの姿がある。心配そうにアウルムを見つめるアヤハに、アウルムは優しく目を細めた。
仮面の笑顔ではない、心からの優しげな微笑みだ。
「愛しい者に出会ってから、灰色の世界が変わった。私の居場所は彼女の隣。彼女の笑顔を守るために、私は存在する」
アウルムは、双子の姉の胸に刺した長剣を引き抜く。身体の所々が土塊のように崩れた人形が藻掻く姿を、アウルムは平然と見上げる。アウルムの握りしめた長剣は、人形の核である赤い魔石を貫いていた。
『ギャァァァッ!!』
涼やかな水の魔力が頬を撫でていった直後、沢山の甲高い悲鳴が劇場に木霊した。宙を飛んでいたぬいぐるみ達が、身体を水の槍に貫かれ壁に縫い付けている。
魔力の発生源を辿ると、そこには水の槍で心臓を貫かれて苦しむ、双子の弟の姿があった。
「……家族の愛を知らないから、何だというのだ?哀しさを知っているから、私は誰よりも愛の大切さを知っている。それに……」
エストは銀色の瞳をついっと細めて、後ろでぬいぐるみの残党を切りつけていたソルへ振り返った。挑発するような視線を向ける。
「叶わない恋などと、誰が決めた?私はまだ諦めていない。人生は長いからな?……虎視眈々と獲物を狙うさ」
「っ!」
隣に立つソルが瞬時に俺の前に立って、鋭い殺気をエスト方向に向けて放ったのを、ソルの逞しい背中越しに感じ取った。
なんだ?新手の攻撃が来たのか?
そんな危険な気配は、しなかったと思うんだが……。
疑問に思ってソルの背中から顔を出すと、銀色の美しい瞳と目が合った。俺と目があったエストが、小さく微笑む。何処か寂しげな美青年の微笑みに魅入っていると、エストが再び双子弟の向き直る。
星色の瞳が、強い光を宿して男の子を射抜いた。
「恋を知った私は、以前より強くなれた。この感情を知らなかった頃より、ずっと……。例え、この想いが叶わなかったとしても、恋をしたことに後悔はない」
エストはそう言い切ると、双子弟の心臓に刺さった水の槍を右手で握りしめた。
「私達はもう、言いなりの人形ではない」
「光を見出した、人間だ」
アウルムとエストが、同時に武器を右手を横に払った。長剣と槍の刃が、双子たちの心臓である魔石を砕いていく。砕けた赤い魔石の破片が、キラキラと光を浴びて地面に落ちていく。
生命を失った双子の人形は、ガシャンっ!と音を立てて地面に崩れ落ちた。壊れた人形達の上に、パラパラと緩んだ糸が重なって落ちる。双子の人形はこれで戦闘不能だ。
「あとは、人形の長だけか……」
アイスブルーの目を細めながら、ヴィンセントが思案気に頭上の暗闇を見上げた。ヴィンセントの言う通り、闇に潜む傀儡師を撃破すれば、この戦闘は終わりだ。
問題は、どうやって暗闇からこちらに引きずり出すかだが……。
「……そろそろ、頃合いですね」
水色の目に冷たさを宿したアトリが、頭上の闇を見上げて冷笑した。
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