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第9章 魔王討伐戦、全員無事に帰還せよ
子供のマリオネット、見た目に騙されるな
しおりを挟む長く続く廊下の最終地に現れたのは、幾重に折り目を重ねた鮮血のカーテンだった。闇を囲う布は舞台の幕を思わせる重厚さだ。俺達を誘う暗闇の先を見つめ、アヤハが唸った。
「……私、次のステージが凄く嫌いだったの……。ボスの名前は『狂宴のマリオネット』」
俺だけに聞こえるように言ったアヤハの呟きに、同感だと頷いてみせる。『禁断の果実の守り人』よりも、魔物のレベルが上がるのはもちろんだ。でも、それ以上に次のボスは、人の心をザワつかせる厭らしさがある。
「……行こう」
アウルムの合図のもと、全員がカーテンを潜り抜ける。足を踏み入れた途端に、タンっ!、タンっ!という大きな音が、立て続けに聞こえた。同時に頭上からは円形の光が降り注ぎ、俺たち一人一人を際立たせるように強く照らす。
熱を感じるほど明るいその光源は、舞台役者を照らすスポットライトのようだ。眩しさに細めていた目を開くと、俺は室内の豪華絢爛さに目を奪われた。
「……劇場、か……?」
ぐるりと周囲を囲み、上にも延々と続く観覧席を見回しながら、悪趣味だとアウルムが眉を潜めた。アウルムの呟きが良く反響するから、ここの天井はだいぶ高いらしい。ふと見上げた天井は、穴のように真っ暗な闇が続いていた。
ガラスの雫が重なったシャンデリアが、闇夜に浮かびながら見事に光りを散らして、柱や壁を彩っている。
「……人……ではないな。気味が悪い」
上に連なる欄干から、身を乗り出すように俺達を見下ろす観客たちを見て、エストは美貌の顔を顰めて呟いた。エストが不気味がるのも無理はない。観客全員が全く同じ顔で、俺たちを見下ろしているからだ。
貴族のような衣装を身に纏った観客たちは、大人から子供に至るまで、目も口も細く弧を描いた仮面を被っている。彼らは、この部屋の主が用意した傍観者。舞台背景の絵画に等しい。
「……ああ、全てが操り人形だ」
エストの問いに答えながら、俺は目を凝らして観客たちを観察する。光の当たり具合で細い糸が白く見え隠れして、動く度にカタカタと音がする。作り物であるはずなのに、不躾な視線を彼らから感じるのが、薄ら寒い恐怖を煽った。
豪華な部屋に漂う仄暗さと陰湿さは、この人形たちの視線のせいでもあるのだ。そして、部屋の中央に佇む二対の人形のせいでもある。
「これが次のボスなんだよな……?子供じゃねぇか」
クレイセルは、自分よりも幾分も背の低い人形たちを見て露骨に顔を顰めた。子供好きなクレイセルにとって、子供の姿をした魔物を傷付けることに抵抗があるようだ。
背中合わせで座る子供の人形は、左側が男の子、右側が女の子で、顔がそっくりの双子だった。フリルを沢山あしらった赤色のドレスに身を包む女の子と、赤色の半ズボンに燕尾服を着た男の子が、手を繋いで仲良く背中をくっつけて眠っている。
微笑みを称えて眠る人形は、とても可愛らしい。
ただ、その見た目に騙されてはいけない。攻撃は残酷で、この乙女ゲーム内でも1、2位を争うプレーヤー泣かせの魔物。
「来るよ!」
アヤハの言葉を合図に、全員が臨戦態勢に入る。2体の閉じられていた瞼が、上にゆっくりと持ち上がった。長い睫毛がシャンデリアの光を纏ったかと思うと、大きな紅玉の瞳が露わになる。
カタカタっと小刻みに首を震わせながら、二対の人形の顔がこちらを向いた。
『あら?新しいお友達かしら?』
『そうみたいだね、おねえちゃん。新しいお友達だ』
鳥のさえずりを思わせる可愛らしい子供の声が、全く動かない口から言葉を紡ぐ。小さく微笑む唇は艶やかな桃色で、同じ色の頬はふっくらと愛らしい。
『わあ!皆とても美しくて、儚いわ!これなら、今日の舞台は最高のものになるわよ!!』
最初に言葉を発した女の子の人形は、ふわふわとウェーブする灰色の長い髪を揺らしながら、元気よく起き上がった。俺達を見る色付けされただけの目は、嬉しさを乗せた声とは裏腹に、何の感情も感じ取れない。
女の子が楽しいとばかりに、男の子の手を取ったままクルリとターンをする。ふわりとドレスの裾が舞い、裾に装飾された黒色の鋭利な金属が、シャランっという音を奏でた。
『たくさんのお友達が来てくれて、うれしいなぁ。……今度は、最後まで皆で一緒に遊ぼうね?』
男の子はサラリとした灰色の髪を揺らして、女の子の可愛らしいターンを右手で支えていた。滑らかな陶器を思わせる肌は、全く血の気がない純白だ。
この美しい肌に血が通うことはなく、深紅の瞳孔にも光が宿ることなど決してない。それがまた、虚無を思わせるようで不気味だった。
「『狂宴のマリオネット』……か」
彼らの異名を、俺は思わず呟いていた。
マリオネットとは、操り人形のことだ。名前の通り、男の子と女の子の身体のあちこちに、無数の糸が繋がっているのが見える。見上げた天井は闇の中だが、明らかに魔物の気配がする。姿が見えなくても、この子供たちや観客を操っている傀儡師(くぐつし)が、あの暗闇の中に潜んでいるのだ。
「……戦闘開始」
アイスブルーの瞳に殺気を称えたヴィンセントが、淡々と開戦を告げた。決して開くことのない子供たちの唇から、挑発するようにクスクスと可愛らしい笑い声が聞こえる。
子供たちを操る糸が次々と張りつめて、動きが機敏になる。両手を取り合った双子たちは、クルクルと部屋の中でダンスを踊り始める。女の子のドレスの裾がふわりと舞うと、優雅なスカートの動きに合わせてシャランっと金属音がなった。
ドレスに付いた鋭利な刃物が、裾からこちらに向けて一気に放たれる。
「ぐっ?!なんという悪趣味な……」
エストは心底不快だというように顔を顰めてながら、女の子から放たれた漆黒のナイフを、長剣で弾き返した。弾かれたナイフが、艶めく床に突き刺さる。それを見た女の子が、うふふっと意味ありげに笑った。
「っ?!!なっ?!!」
突き刺さったナイフから、灼熱の炎がほとばしり、床からいつくもの火柱が上がる。激しく揺れるの中で、女の子が動かない口でうっそりと笑う気配がした。
『ただナイフを飛ばすだけでは、つまらないでしょう?私は、派手な演出が大好きなの!!』
女の子がスカートを翻す度に、ナイフが半円状に放たれて、床に突き刺さっては火柱が俺たちを襲う。このままでは、俺たちの逃げ場がなくなってしまいそうだ。
「『氷華の甘露』」
俺の右前にいたアトリは静かに言葉を発すると、銀色の美しい杖の先をトンっと床に打ち付けた。杖が打たれた場所から涼し気な波動が波紋を作り、ミルクティー色の髪がふわりと舞う。
水色の波紋は瞬く間に部屋全体に広がり、キンッ!と澄み切った音を立てて床を分厚い氷が覆った。
『きゃああ!!何よこれ!!』
悲鳴を上げる女の子の両足を、氷のツタが絡め取り身動きを封じる。床から生えた氷のツタは成長の速度を上げて六花の花を咲かせ、女の子の全身を締め付けようと絡みつく。
「……すごい……」
あまりの魔法発現の速さと威力の強さに、俺は感嘆して思わず呟いていた。部屋に広がった白色の冷気が、一瞬にして火柱を鎮火させ、さらに次の炎攻撃も無効にする。敵へも攻撃を仕掛けるという、攻守を兼ね備えた見事な氷魔法だ。
「ヒズミに褒められると、なんだか照れますね……。でも凄く嬉しいです」
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