上 下
167 / 201
第9章 魔王討伐戦、全員無事に帰還せよ

禁断の果実の守り人、人を嬲る精神攻撃は嫌いだ

しおりを挟む



「……『禁断の果実の守り人』」

植物が生み出したゴーレムは、その身体に見合う大剣を手に動き出す。太い幹が血管みたいにうねって出来た身体は、大樹の束が蠢いているようだ。

守り人は土から足部分である根を出すと、逞しい両足を踏ん張るように曲げて腰を落とした。


「身体の中にある核を壊せば……っ?!うわっ!」

アヤハが遠くにいる守り人に、先制攻撃を仕掛けるべく両手を伸ばしたところで、アウルムが素早くアヤハの膝裏に手を差し入れた。そのまま、風魔法を使って勢いよく地面を蹴る。俺たちパーティーメンバーは、ほぼ同時に全員が地面を蹴っていた。


「来るぞ!!」

クレイセルの声が警戒を促す声が聞こえる中、守り人の節くれだった後ろ足が地面を蹴った。逞しい右足が大きく一歩を踏み出した直後、守り人の巨体が宙に浮いた。ヴォォっ!と大きな風切り音を聞いた瞬間、俺たちの目の前に轟音を立てて、巨体が着地する。


「……ぐっ!!」

守り人を中心に爆発したのかと思わせるほど、土が激しく舞う。地面に埋まっていた岩が高く飛ぶくらい、凄まじい風圧が俺の身体を襲い、思わず呻いてしまった。宙に浮いている俺たちの服が大きく翻る。


先ほどまで俺たちが居た場所は、下草がえぐれて焦茶の大地が剥き出しになっていた。避けなければ全員が圧死だ。あの巨体がジャンプで移動しただけで、これだけの威力なのだ。 

周囲を見回し、全員の無事を確認して安堵する。俺と同じく風魔法が使えないアヤハは、アウルムに横抱きにされて近くの宙を漂っている。それはまあ、一安心なんだがな……。


「……なんで、俺までお姫様抱っこなんだ……?」

「だって、ヒズミは風魔法使えないじゃない?……役得」


膝裏に逞しい腕が差し入れられ、俺はソルに横抱きにされながら宙を浮いていた。黄金の髪が視界の端でサラリと揺れる。確かに、俺は闇魔法以外使えない。だけど、これくらいの跳躍なら闇魔法でも対応可能だ。

それに、風魔法で俺を浮かせるだけで事足りるんじゃないか?お姫様抱っこはヒロインだけで十分だ。


その、戦闘中に思うのも何だが……。
皆がいる前で、目茶苦茶恥ずかしい……。


「……ありがと……」

風魔法を行使してくれたことにお礼を言いつつ、なんだか内心は面白くなくて、抗議の意味を込めてソルを下から睨みつける。俺の睨みは未だにソルに対して効果を発揮しない。


「どういたしまして」

ソルは悪戯っ子のように、琥珀色の瞳を細めて笑った。守り人は大ジャンプをした着地の余韻で、動きが止まっている。木の巨体を見下ろすと、ソルは表情を引き締めて真剣な口調で呟いた。


「話には聞いていたけど……。かなり大きいね」

俺の頭の中には、警告のアラート音とともに文字が表示されていた。

魔王討伐戦で最初に出会うボス『禁断の果実の守り人』。人間によって命を刈り取られた大樹たちが、負の感情から再び命を宿して集合した姿だ。植物系の魔物では最高レベル。石の剣は魔道具でもある。


地面に降り立った俺たちに、動きを止めていた守り人は大きく大剣を振りかぶる。風魔法を得意とするアウルム、ジェイド、ソルが、全員にブーストの魔法を施し、全員の回避速度を上げてくれた。地面に降ろされた俺は、肌を刺すゾクリっとした殺気を守り人から感じ取った。


「……狙いは、俺か」

巨体が剣を頭上に上げながら、俺へと身体を向ける。俺は、黒紫の魔力を双剣に纏わせた。


俺に向かって振りおろされた大剣を、ギリギリで左に跳躍して避けた。俺は守り人の攻撃直後にできる僅かな隙を利用して、魔力を流した双剣で大樹の表面を斬りつける。

キンッ!という甲高い音とともに、剣が弾かれた。硬いものに当たった両手が痺れる。


「……想像以上に、硬いな」

魔力を流して強化した双剣でも、かすり傷程度にしかなっていない。木のはずだというのに、まるで金属の鎧を相手にしたようだ。


「連続攻撃、来るぞ!!」

守り人が、石の大剣を大きく横に振る。ジェイドの声に合わせて、全員が回避行動を取った。大きな巨体とは思えないほど、剣を振るスピードは速い。その剣が振り下ろされるだけで、凄まじい衝撃波が起こる。

剣を地面に突き刺しての、広範囲にわたる地割れ攻撃も厄介だ。


「せめて、あの大剣をどうにか出来れば……」

何度目かの攻撃を躱した俺は、大剣が横に振り払われたタイミングを見計らって、石の大剣にトンっと降り立った。闇魔法の魔力を双剣に纏わせ、素早く石の剣の表面に傷をつけ駆け上がる。

魔力は墨のように黒く滴り、俺の動きに合わせてジグザグと黒線を引いていった。角になる部分には多めに墨を滲ませ点を作る。線が途絶えないように注意しながら、鞘の先端まで線を走らせた。

これは、いわば導火線だ。


鬱陶しいそうに大剣を立て続けに左右に振り回され、俺の身体は宙に舞った。ちょうど書き終えた頃合いだったから、都合が良い。


俺は宙に投げ出されたまま、俺は守り人の持つ大剣に、右片方の切っ先を向けた。大剣には墨だまりの点を繋いだ、つづら折りの線が書かれている。俺は双剣の切っ先に紫の雷を生み出し、黒色の導火線に飛ばす。


「爆ぜろ」

導火線の先に紫の雷ががチカッ!と着火したかと思うと、雷が黒色の線を素早く駆けあがる。大きく滲んだ墨だまりで紫色が眩しく輝き、瞬く間に激しく爆発する。

導火線を紫の雷が走り去り、次々と爆発を起こす。爆発が起こる度に石の剣は脆く砕け、守り人は堪らないとばかりに大剣から手を離した。

そのまま持っていれば、手ごと吹っ飛ぶもんな。


周囲には石屑となった大剣の欠片が飛び散り、白い噴煙が辺りを埋め尽くす。


これで、大剣での攻撃は封じた。


「かっけーなぁ!ヒズミ。……そんじゃ、俺もいきますか!『隕石の応酬』!」

クレイセルが上空に飛んだ岩塊を利用して、土魔法で一斉に守り人の頭上から岩を落とす。守り人の身体は、岩塊の攻撃によってバキバキっと壊れる音を立て所々へし折れた。

クレイセルの攻撃で、かなりのダメージを与えられたようだ。


長い左手で邪魔そうに岩を払い落とした守り人は、攻撃を仕掛けてきたクレイセルへと振り返った。巨体の頭部分の枝がギシギシと動きだし、枝が幾重にも絡まった、しわがれた老人を思わせる顔が露わになる。


……気味が悪いな。


人の目と口の位置にある、落ち窪んだ樹洞(うろ)に、陰湿な闇を感じて寒気がした。しわがれた老人の顔が、クレイセルへと向けられる。

くぐもった呼吸のような空気音が、口の部分にある穴から漏れ出てきた。


『……おぉ……』

ただの穴であるはずの目が、明確にクレイセルを捉えている気がする。口から漏れ出た呼吸音に、なぜか嘆きの色が混ざっている気がする。


『懐かしい血筋の者がいると思えば……。お主、火属性ではないな……?』

枝の髭を生やした老人は、さも好々爺だというように眉根を下げた。殊更な憐憫の情を視線から感じて、俺は舌打ちを打ちたくなるほどの、苛立ちを覚える。


甚だ、気分が悪い。
魔王城に現れるボスたちは、一定のダメージを与えらると、今度はこうやって英傑たちの心をかき乱すのだ。戦力を削ぐための、精神攻撃。


「っ?!!」

『お主の家系は代々、火属性が統べているだろう?……なんと、哀れなことよ……』


心の底から憐れんでいるというように、しかし周囲にの者たちに聞こえるようにはっきりと、守り人である巨体の老人はクレイセルに言い放った。






    
しおりを挟む
感想 205

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。

薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。 アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。 そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!! え? 僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!? ※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。  色んな国の言葉をMIXさせています。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

処理中です...