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第9章 魔王討伐戦、全員無事に帰還せよ
超短期決戦、英傑の中で一番足が遅いのは誰?
しおりを挟む「行こう」
背中にアヤハを庇ったアウルムと俺が、魔王城へと戦いの一歩を踏み出した。
瞬きの間に空気が震え、身体が薄い魔力の皮膜を通り抜けた感覚がした。ダンジョン内部に入った証拠だ。俺たちに続いて足を踏み入れた部隊員たちが、一瞬にして目の前の景色が変わったことで、緊張と驚愕に身体を強張らせた気配がした。
この世のモノとは思えない美しい中庭に、皆が息を飲む音が聞こえる。
「……綺麗だな……」
俺も攻略本以外では初めて見る。魔王城のエントランス別名『静粛な中庭』の光景に、俺は目を奪われて呟いていた。
イラストと現実では、こうも違うのか。
「……魔王城には惜しいくらい、綺麗だ」
隣に立つジェイドが翡翠の髪を揺らしながら、繊細な細工が施された黒壁と、深い碧が織りなす世界を見上げて皮肉げに笑った。
勢いの少ない水の、細やかに流れる音が印象的に響く。彫刻で飾られた柱に、黒色のバラが咲き乱れて巻き付いていた。アーチ状の天井を支える柱に取り囲まれた円形の室内を、ゆらゆらと揺れる碧が照らす。
「……これは、噴水か?」
クレイセルが小さな一段だけの噴水を見つけて、首を傾げている。田舎の広場にあるような素朴な作りの噴水は、確かに荘厳な魔王城には似つかわしくない。
……この噴水も、この幻想的な庭も、一体何を意味するのだろうか?
控えめにちょろちょろと流れる蒼の水に、浅い水面が波打って揺れ動く。天井絵の墨色の星空は、透き通った水面が反射して鳥肌が立つほどに美しい。植物が生い茂る部屋から、左右に廊下が続くのが見える。俺たちが進むべき道は、ツタに隠れるように佇む正面の古びた両開き扉だ。
「……各自、健闘を祈る」
アウルムの静かな呟きを合図に、部隊員たちは一斉に左右、正面へと散った。各扉を慎重に開ける、蝶番が軋んだ重音が響く。俺たちも正面の扉を開けたと同時に、うなじを粟立たせる冷たい殺気を察知した。
「さっそく、お出ましか。……全員、油断するなよ」
隙なく剣を構えたヴィンセントが、同行する部隊員たちに進撃の合図を送り、廊下を足早に進んだ。赤い絨毯が続く道に、獲物を求めて唸る魔物たちが姿を現した。
魔物が蔓延る廊下を、英傑と部隊員たちは、危なげなく進む。俺も奇声を上げて天井から襲い来るサル型の魔物を、双剣を素早く振り抜き切り付けながら、駆けていた。
俺たちの作戦は、超短期決戦。
魔王城の攻略を1日、2日で果たすという、強硬手段だ。
この作戦を取った理由は、被害拡大阻止のため。
本来の魔王討伐は、しらみつぶしにダンジョンを進み、時には数週間の時間を費やして行われる。しかし戦闘する間にも、次々と溶岩から魔物は生まれ続け、外の領地を襲ってしまうのだ。
魔王討伐をしている間に、街一つが壊滅するのも珍しくはなかった。
俺とアヤハは悩んだ末、この超短期決戦を思い付いた。不可能と思われた計画は、アヤハの前世の乙女ゲーム知識があってこそ実現した。『前世で何周もゲームを攻略したんですもの。細かいトラップまで覚えているわ』と胸を張るアヤハの記憶と、『予言の書』が記すダンジョンマップを頼りに、必要最小限の動きで魔王を倒しに行く。
「小物に時間を費やすな!皆、遅れずついて来い!」
目の前に躍り出た狼型の魔物を、走りながら長剣で屠りつつ、ヴィンセントが全員に気合を入れた。必要な部屋だけを捜索し、道中の魔物も駆け抜けて、なるべく無視して戦闘を回避する。ヴィンセントの鋭い気合いに、クレイセルが小気味よく軽口を叩いた。
「特に、エストレイアだな!!」
ニカッと笑いながら、クレイセルは駆け抜けざまにクモ型の魔物を真っ二つに切りつけた。緑の鮮血が廊下の窓に鮮やかに飛散る。
「うるさい!……これだから、脳筋たちは……!!」
一番最後尾を任せられた俺の隣で、英傑の中で一番足の遅いエストが、悪態をついたあとに舌打ちをした。エストは運動音痴ではなく、むしろ良い方の分類だ。
今足が遅い理由は、魔導師が身に纏う装備にある。魔導師の装備は魔法を強化するため、魔石をふんだんに縫い付ける。その分、当たり前に重量も増す。軽い筋トレですか?くらいの重さになる。
「頑張れ、エスト。いざとなれば、俺がおんぶするよ」
「……ヒズミまで、からかうなんて……。ひどいな、拗ねるぞ?」
銀色の髪を靡かせながら、エストは美麗な顔を顰めて、ぷくっと頬を膨らませた。普段冷たいイケメンが、可愛い顔なんかして……。ギャップ萌えだ。
ちなみにアヤハは、レアアイテム装備のため、本気を出せばこの中の誰よりも早く走れる。程よい緊張感の中で事前の打ち合わせ通り、トラップを回避しつつ速やかに廊下を進む中、アウルムがふっと力を抜いて笑い、皆に伝達した。
「……魔物抑止ギミックを、さっそく1つ起動させてくれた。皆が優秀で頼もしいな」
先ほどエントランスで別れた部隊の1つが、順調に事を運んでくれている様子に、俺の心が鼓舞される。
超短期決戦で要となったのが、戦力の分散だ。魔王城内で、英傑部隊と、魔物抑止部隊2チーム、計3チームに分かれて行動する。
今、俺たちが進んでいる廊下がボスや魔王がいる本館。先ほどのエントランスの左右の道は、魔物の発生を抑えるギミックが設置された塔へと続く。
塔にあるギミックを起動させると、溶岩の表面に魔物の発生を抑え込む特殊な結界が出現する。一定時間、魔物が溶岩から這い出てくるのを防ぐことができるのだ。
本来なら左右の塔と、本館を行き来して魔王城は攻略するが、ゲーム内でも大きな時間ロスだった。幸い、左右の塔に出現する魔物はレベルがそれほど高くはない。部隊員たちにも攻略が可能だと判断して、英傑たちはボス戦に集中することにした。
全ては、優秀な戦士たちが集結したことで可能となった、信頼と絆の作戦だ。『仲間を信じて突き進め』という信念が、自然と合言葉になっていた。
魔物との戦闘を危なげなくこなし、俺たちは木製の扉の前に辿り着く。先ほどから通り過ぎている小さな部屋の扉ととは、明らかに扉の趣が違う。
「……林檎か……?」
隣に立つソルが、不思議そうに呟くのが聞こえた。
赤い木製の扉のふちを彩るのは、黒いシルエットで描かれた生い茂る葉と隠れるように実る林檎。これは俺たちがこれから足を踏み入れるステージに由来している。後ろを振り返って部隊員全員を見回したアウルムが、意を決したように正面の扉に手を掛けて開け放った。
薄暗い廊下から一転して、眩しさに目を細めた。陽暗闇から一転した雲一つない青空に、見とれている暇などない。
見渡す限りの一面の緑。靴底に伝わる下草の柔らかさと、鼻をつつく青葉独特の匂いに、ここが室内であることを忘れてしまいそうになる。
平原の真ん中にある、青々とした葉を茂らせ、ガラス細工のように透明なリンゴを実らせた1本の木。その横には、リンゴの木の数十倍近くはあろうかという灰色の巨木が鎮座する。ギシギシと軋む音に、ゆっくりと太く長い枝が天へと伸びていく。
……いや、正確には巨木が地割れを起こしながら、太い根を地面から足のように出して天へと立ち上がっているのだ。
地響きとともに焦げ茶の土を拭き上げて姿を現した、樹の巨兵が静寂を破る侵入者へと怒りの咆哮をあげた。
「……『禁断の果実の守り人』」
植物が生み出したゴーレムは、その身体に見合う大剣を手に動き出した。
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