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第9章 魔王討伐戦、全員無事に帰還せよ

魔王の復活、魔王城の出現

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冬の名残が残る冷たい風が、紫紺のローブを翻し頬をなぞっていく。ゴツゴツとした岩肌が続くこの場所は、ツァールトハイト家の領地から馬で2時間ほどの距離にある活火山だ。



「不気味だな……」

以前訪ねたときの火山の状況を思い出した俺は、思わず呟いていた。熱対応の装備でなければ歩けないくらい、この山は火山活動が活発だった。それが今は鳴りを潜め、寒さに凍える黒い岩の死山と化している。

俺は懐に手を入れて、懐中時計を取り出した。規則正しく時を刻む針は、日の出の時刻を指している。約束の時間まで、残り半刻を切った。


「いよいよか……」

懐中時計を片手に持ったまま、俺は馬の背に乗って遠くを振り返った。数百頭の馬と、馬に騎乗した鎧騎士たちの頭が並ぶさらに向こう側を、振り返って仰ぎ見た。

分厚い雲で覆われた曇天を背にそびえ立つのは、ガゼットの実家であるフェーレース家領地の外門だ。ここからは小さく見える門は、実際は巨大で堅牢な鉄壁と化していた。以前まで設置されていた石造りの門を、さらに見上げる程に高く分厚い鉄板で覆い強化したものだ。


左を見れば、同じように鉄壁で強化されたリュイの実家、ツァールトハイト家領地の外門が見える。魔王復活について進言した1学年時の夏休み以降、俺たちの言葉を信じてくれた大人たちは、しっかりと領地を守るために動いてくれたのだ。



俺は大人たちよりも真っ先に、俺の言葉を信じてくれた大切な友人2人の姿を思い浮かべていた。左腰につけた剣の柄へ先に手を伸ばした。柄の先には真珠のような輝きを放つ『星喰のかけら』が、美しい組紐で括り付けられて揺れている。そっと象牙色の宝石に触れて、2人の無事を祈る。

彼らは強い。実力も、胸の内に秘めている心も。
だから、きっと大丈夫だ。


「夜明けだというのに、暗すぎるな……」

前方で馬に跨ったアウルムが、頭上を見上げながら顔を顰めた。つられて見上げた朝日の登っているはずの空は、分厚い黒色の雲に覆われ仄暗い闇が支配する。

不穏な雷の音とともに、雲の中を青白い閃光が蠢くのが、なんともおどろおどろしい。こんな天候まで、ゲームと一緒じゃなくていいのになと、内心で苦笑いをする。


日光が遮られる暗闇は、魔物たちの活動が活発になる。この世界の神は、人間に過酷な環境で試練を与えることを好むらしい。


「この装備、こんなにフリフリで可愛い見た目なのに防御力が高いって、凄く矛盾してるよね。……さすがファンタジーのレアアイテムってとこかな?」

チェリーブラウンの髪を靡かせ、隣で馬に乗るアヤハが俺にからりと笑った。くるぶしまである白色のローブの裾は風で揺れる度、先端に付けられた小さな金色の鈴が繊細な音を奏でる。音は目に見えない清らかな波動となって、辺り一帯を神聖な空気に浄化していく。


「アヤハに、とても良く似合っている……。まるで神が遣わした天使みたいだ」

眩しいものでも見るかのように、アヤハの右隣にいたクレイセルが目を細めて褒め称える。

アヤハが身に纏う聖職者のような服は、聖女のみが装備可能なレアアイテム『天使の鐘』。幾重ものレースは、ふわりと天使の羽根のように軽やかに広がる。可憐なヒロインが着ると、本当に天使と見紛うほどに美しい。


「ありがとう」

素直な賛辞に短くお礼を言って、アヤハは穏やかに微笑んだ。穢れの無い純白の服は、凛とした聖女の威厳を際立たせていた。そんな可憐な美少女の勇ましい横顔を見て、俺はアヤハの方へと馬を寄せた。


英傑と厳しい訓練を耐え抜いたアヤハは、歴代最強の聖女と言われるほどまでに成長した。今だって戦いの時が迫っているというのに、泣き言の一つも言わない。凛とした表情も変えないまま、来たる時を待っていた。


……アヤハは昔から頑張り屋で、責任感の強い子だったからな……。でも、本当は怖がりな女の子であることを、兄の俺だけが知っている。


俺は馬の手綱を握っているアヤハの左手に、そっと自分の手を重ねた。裾に隠れていたアヤハの小さな手を、ぎゅっと優しく握る。弾かれたように、アヤハが目を見開いて俺を見た。


「……俺たちにやれることは、全てやってきた。アヤハは一人じゃない。歴代最強の英傑と、騎士団がついてる。……俺も一緒に戦って、アヤハを守る」

握ったアヤハのしなやかな指は、カタカタと小刻みに震えて、蒼白になり冷たくなっていた。俺を見上げていたムーンストーンの瞳には、先ほどから恐怖が滲んでいる。


それは、アヤハが他人には決して気付かれまいと、巧妙に隠していた本心からの恐怖であり、血のつながりのある兄妹だからこそ分かる、僅かな心の揺れだった。


「……うん……」

俯いたアヤハの返事は、今にも消え入りそうなほどに小さい。

聖女が怯えていれば、戦いに臨む他の騎士たちや国民が不安に駆られ、最悪の場合は総崩れになる。常に前を向き皆を穏やかな微笑みで包み込んで、少しの恐怖も顔に出してはいけない。

それが、この国が求める聖女像だった。アヤハはその小さな背中に、とてつもない重圧を背負っているのだ。


俺は、アヤハの唯一の兄だ。

前世から魂が繋がっている、家族なんだ。だから俺だけは、不安な妹に寄り添ってあげたい。辛いと決して自分から口にはしない、強く優しい妹の心労を、和らげてやりたい。


俺はアヤハの頭にそっと両手を添えると、アヤハの額に俺の額をこつんっとくっつけた。アヤハの少し早くなっている呼吸を落ち着かせるように、意識的に呼吸を遅くする。


アヤハの息遣いが、俺と同じくらい遅く深くなったのを見計らって、俺はゆっくりと目を閉じた。

前世に良くやっていた、兄妹だけのおまじないだ。


「……大丈夫。俺たちなら、必ず成し遂げられる」

自分とアヤハの心深くに言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を刻んでいく。強い想いを込めた言葉を、己に刷り込ませて暗示させる。


このおまじないが、効かなかったことなんてない。
俺達兄妹の間では、最強のおまじないなんだ。


アヤハが目を開く気配がして、俺もゆっくりと目を開いた。月明かりのような神秘の色を宿す、水色の瞳には、小さな数多の星が金色に輝き舞っていた。

その瞳に、もう恐れはない。


「……そうだね。やれることは全部やったもの。私達ならできる。絶対に大丈夫。魔王を倒して、全員無事に帰ってくるんだから」


穏やかながらも意志の籠ったアヤハの言葉は、戦闘への緊張と恐怖で張りつめたこの場に、良く響いた。澄み切った風が弱気な心を攫い、騎士たちの心に静かな闘志の炎を燈す。百数人の騎士たちが、一つの大きな闘志となったような感覚がした。


アヤハから離れて左隣で馬に騎乗したソルへと、視線を送る。俺と同じ紫紺のローブに身を包んだソルは、琥珀色の瞳をまっすぐと俺に向けて力強く頷いた。


「魔王城の出現まで、あと☓秒!!」

騎士団員の時を数える声が、火山の麓に響く。不穏な雷鳴がより激しくなり、今にも落雷しそうなほどに黒雲に閃光が幾重も走った。隊列の全員が、息を殺して身構える。


「__3!__2!__1……」


時刻を数え終えた瞬間、激しい轟音を響かせて火山の山頂へ太く青白い閃光が落雷した。地面が激しく揺れて、ミシミシと地面の割れる音があちこちから聞こえた。

地面からの振動を馬たちが、何度か足踏みして耐えていたくれている。忙しなく足を動かす馬の背から、俺は目の前へと顔を上げた。


「なっ……?!」

現実離れした目の前の光景に、俺は息を飲んだ。

落雷した火山の大地が割れ、ゴゴゴゴっと聞いたこともない轟音を立てながら石屑を転がして崩れていく。いくつもの高い塔が、崩れた火山の地面から曇天の空へと伸びて姿を表していく。漆黒の城壁が顔を出すたびに、ゾクッと鳥肌が立った。

建物だというのに、背中に嫌な汗が流れるほどの禍々しさを感じる。


「何という、おぞましい光景だ……」

心からの嫌悪するような低い声で、前方にいるエストの呟きが聞こえた。山の山頂は盃のように中央がえぐれ、盃の中を真っ赤に燃える溶岩が満たした。ドロリとした溶岩の灼熱の熱さが、紅い湖の中にはそびえ立つ漆黒の城の姿を歪ませる。

鋭利な棘を持つ黒色の茨が、地面の割れ目から生え出て、城全体を守るように囲う。天然の有刺鉄線でといったところか。茨が覆う塔の格子状の窓からは、蠢く魔物たちの姿が見え隠れしていた。

あの城の中に、一体どれほどの魔物が待ち受けているのだろうか?


「……どうやら、呆けてもいられないようですね?」

後ろに並んでいたアトリからは、杖を構える風切り音が聞こえた。

溶岩の紅さを写した雲が、不自然に燃え上がって暗闇を明るくした。赤黒い空には飛翔する黒い影が、こちらに向かって羽ばたいてくるのが見えた。異形たちの濁音まみれの咆哮が聞こえる。

滾った赤黒い溶岩から這い出てきた異形たちの、鋭くギラついた殺気を放つ目が、いくつも俺達に向けられていた。


赤黒いマグマがドロリと流れる堀に囲われた、漆黒の魔王城。そして、溶岩の堀を跨ぐように長い石橋が、俺達を誘い込むように出現する。


「行くぞっ!!!」


『統率者』であるアウルムが、気迫と共に馬に鞭を打った。短く気合いの返事を返した騎士団が一斉に駆け出す。

ギラギラと血走った光を放つ異形たちの群れの中へと、俺たちは馬をかけさせた。


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