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第8章 乙女ゲームが始まる

心友たちの決意、寂しいけどまた会えるから

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ひんやりとした心地よさに、思い思いに寛いでいると、向かい側にに座っていたガゼットが、神妙な面持ちでぽつりと呟いた。


「俺さ……。本当は魔王討伐が、ものすごく怖いんだ。故郷と領民を守ることもだけど、何よりも命を落すかもしれないって恐怖があってさ。……たぶん、1人だったら逃げ出してたかもしれねえ……」


俯きがちに呟かれた言葉は、ほんの少しだけ震えているようで、それがガゼットの奥底に仕舞っていた本音なのだろうと察せられた。ガゼットは静かに顔をあげると、茶褐色の瞳に強い光を宿して俺を見つめた。


「……でも、ヒズミたちを見ていたら『自分の手で大切なものを守り抜く』っていう、決意が固まったんだ。……ヒズミとソレイユが命がけで国を守ろうとしている。俺もそれに報いたい、一緒に災厄に立ち向かいたい」


ガゼットの強く眩しい意志の籠もった言葉は、俺の胸を大きく打った。優秀な兄弟に劣等感を抱いていた卑屈な姿とは違う、決意を胸に秘めた強い青年が、そこにいた。


「……僕も、こんなに戦えるようになったのは、2人のおかげだよ。何の取柄も無くて、何もかも諦めていたけど……。今は違う。諦めたままじゃダメだなって。僕は僕なりに、故郷と2人のために戦うよ」


垂れ目がちな緑色の瞳を、優しげに細めながらリュイが俺に微笑んだ。気弱で自信なさげだった青年は、誰よりも冷静で、慎重に物事を見据える賢人に変わった。

2人の決意の言葉が、胸に刻まれていく。心の底から鼓舞されたような高揚と、2人の優しさが胸一杯に満ちていく。俺はこの世界で、こんなにも優しく心強い仲間が出来た。

それは何物にも代えがたい、眩しくて温かな宝物のようだった。


じんわりとした嬉しさに浸りながら、俺はマジックバックに手を差し入れた。リュイとガゼットだからこそ、受け取って欲しいものがあった。

彼らを護ってほしいという、願いを込めて。


「リュイ、ガゼット。2人とも手を出してくれ」

不思議そうにしながらも、リュイとガゼットは俺に手を差し出した。俺は真珠に似た輝石が付いた組紐を、2人の手のひらにそっと置く。


「『星喰いのかけら』を付けて作った、組紐だ。ソルの魔力が、ふんだんに込められている。これを武器に付けておくと、いざというときに役立つと思う」

俺が2人に渡したかったのは、ソルの魔力暴走を治めるために使用した輝石、『星喰いのかけら』だった。武器屋に行って輝石を加工してもらい、黒色の紐にそれぞれの瞳の色の糸を入れて、シンプルに仕上げてもらったのだ。

補充された魔力を何時でも取り出せる石は、魔力枯渇時や大きな魔導具を動かす際に役立つはずだ。組紐にしたのは、2人の武器に付けやすいようにするため。

あと2つの『星喰いのかけら』は、同じように組紐にして、俺とソルが武器に付けている。


「……勇者の魔力とか、すげぇ御守り……。ありがとな。大切にする」

「すごく、心強いよ。……2人とも、ありがとう」

組紐を受け取ったリュイとガゼットは、その手をゆっくりと握りしめていた。


リュイとガゼットは、夏休みが終わっても学園には戻って来ない。魔王討伐時に激戦地と化すであろう、自分たちの領地に留まって、敵を迎え撃つ準備をしていくのだ。彼らの戦いは、既に始まっている。


「今みたいな穏やかな時間を、守っていきたいな……」


リュイのささやかな願いが、夏風に靡く下草のさざめきに消えていった。


翌日、俺とソルは2人が乗った馬車の背を、小さくなるまで見送った。





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