上 下
151 / 201
第8章 乙女ゲームが始まる

かくかく、しかじか、身の上話(アヤハside)

しおりを挟む



(アヤハside)



学園に入学した今日、私は奇跡の再会を果たした。
何十年も前に、事件に巻き込まれ命を落とした兄が、目の前にいる。夢のような光景で、何度手の甲をつねったか……。

今朝の衝撃を思い出しながら、チーズケーキをパクっと頬張る。


「……美味しい!」

「良かった。……ここのケーキは、全部美味しいんだ」

黒い髪をさらりと揺らしながら、お兄ちゃんは優雅にお茶を嗜んでいた。美人のお茶する姿って絵になるよねー。


学園別棟のカフェスペースは、乙女の夢を詰め込んだ優雅な喫茶店みたい。窓から中庭の綺麗な花壇が眺められるし、美味しいスイーツに紅茶もある。この『現実の高校ではありえないわ……』とツッコミを入れたくなるのが、乙女ゲームでお馴染みの生徒たち憩いの場だ。

窓から花の香りがほのかに運ばれる中で、私とお兄ちゃんはお茶を楽しんでいた。


「アヤハが聖女だなんて、随分と驚いたよ。……ただ、ここに居るということは、アヤハは日本で…… 」

そこでお兄ちゃんは、言葉を濁した。哀し気に眉を寄せた表情をして、次の言葉を紡げないみたいだった。お兄ちゃんは私が事故か、不幸な出来事で命を落としたと考えているのかな……?


「違うよ?私は天寿を全うしてから、この世界に来たの。……日本での生活は、とても幸せだったよ」

医者になった私は、結婚して子供を授かった。最期は病気で死んでしまったけど、満足した人生だった。


……ただ一つを除いては。


「私、死ぬときに神様にお願いしたんだ……。もう一度、お兄ちゃんに会いたいって。……本当に会えたから、びっくりしちゃった!」


大好きだったお兄ちゃんに、突然会えなくなった出来事がずっと心に残っていた。神様にお願いして、まさか本当に会えるとは思ってなかったけど……。

しかも、私が好きだったゲーム『聖女と紋章の騎士』の世界にお兄ちゃんが転生していた。おかげで、私も憧れのゲームの世界に入れたよ!


「……そう言えば、どうして公爵令嬢なんだ?原作では平民のまま学園に入学して、平民初のSクラス生徒になるはずだろう?」


お兄ちゃんが訝し気に首を傾げる。美形のお兄ちゃんが、そんなキョトン顔をして可愛い仕草をするなんて……。もう、相変わらず隙だらけなんだから。


「それは……。私がちょっと、ハッスルし過ぎたと言いますか……。原作と進行が変わっちゃったんだよね」

話が長くなるから、お互いのカップにおかわりの紅茶を先に注いで、私はこの世界に来てからの経緯を説明した。


「私はこの身体が13歳のときに、絢巴としての記憶を思い出したの。その時には、身体の持主である聖女の魂が居なくなる寸前だった……」


聖女は元より、イアートロス公爵家の長女だった。
父と母に愛され、大切に育てられていた。

でも貴族意識の高い祖父が、元平民である聖女の母親を相当嫌がり、母親と聖女の暗殺を企てたの。魔物がいる森を馬車で進む中、お世話係だった侍女に目の前で母親を殺された。


その上、魔物にも襲われて、生存者は聖女と幼い男の子の2名だけ。このできごとは、聖女に一生癒えることのない深い傷を負わせた。


「聖女は、公爵家に長年仕えて引退した老夫婦に、秘密裏に引き取られたの。……生きていると知られれば、また祖父に命を狙われるから、平民として隠れて生きていくことになった」


実の祖父に命を狙われ、各地を転々とする生活を送っていたけれど……。老夫婦はとても良い人達で、優しさで包み込んで聖女を大切に育ててくれた。

聖女は慎ましくも穏やかな生活で、心の傷が癒やされようとしていた。でも、その矢先に老夫婦が流行病で亡くなってしまう。聖女が13歳のときだった。


「私の記憶が蘇ったのは、老夫婦が亡くなった翌日……。聖魔法を発現した直後だった……。この身体は行き場のない怒りと、暗い絶望でいっぱいだった……」


この身体に入って数年経った今でも、そのときの感情を鮮明に覚えている。


どうして、今なの?
もっと早く聖魔法が発現していれば、親代わりになってくれた大切な老夫婦を、治癒することが出来たのに。

どうして、私なの?
私にはもう、守りたい大切な人もいない……。


私の大切なものは、ことごとく奪われていく。そんな残酷な世界を、どうして私が命懸けで救わなければいけないの?


それは息が詰まって吐き出せないほど、張り裂けそうな痛みの感情だった。その感情を最後に残して、聖女の魂は身体から出て行ってしまったのよね……。

その入れ替わりに、私の魂が身体に入った。


「私は、前世のゲーム知識をフル活用してね?髪と目の色を変える偽装ポーションを生成して身を隠した。……王都から遠い場所の診療所で働いて、学び舎にも通った。……そのときに、今のお父様と偶然再会してね」


代々医者の家系として知られている公爵家は、各地を回って診療所の現状や医療技術の調査を行っていた。そして、偶然にも、私の働いていた診療所を公爵が訪れたの。

私の身に着けていたペンダントを見て、お父様は驚いて固まっていた。母親の形見だったそのペンダントは、かつて父が母に贈った、世界で一点物の品だったから。


公爵に偽装ポーションを無効化されて、本当の姿を見せたときは大泣きしていたな……。正式に公爵家の長女として引き取られたのは、14歳のとき。お父様が祖父を断罪するのに1年かかった。

聖女ということを、しばらく国に内緒にしていたのはお父様の我儘だ。本当は聖女を見つけ次第、国に報告する義務があるのだけれど……。

長年離れ離れだった愛娘を、今度は命を落とすかもしれない戦場へと送り出す。そんなお父様の心情は、誰にも計り知れないよ……。だから、せめて勇者が現れるまで、聖女であることを秘密にして父と娘で穏やかに過ごそうと、お父様と決めたのだ。


「そのあと1年間は、家庭教師に勉強と礼儀作法を学んで、やっとこさ国立学園に入学できた、というわけです!」

「……ずいぶんと、アヤハは頑張ったんだな。すごいな、アヤハ」


お兄ちゃんは黙って、私の長い身の上話を聞いてくれた。労わるように、紫色の瞳を優しく細めて頭を撫でてくれる。お兄ちゃんに撫でられるの、大好きだったなあ。


前世ではお兄ちゃんよりもだいぶ年上だったけど、今は精神年齢が身体に引っ張られているみたいで、ついつい、お兄ちゃんに甘えてしまう。


身の上話が終わったところで、私は最重要事項をお兄ちゃんに確認しようと意気込んだ。


「……ところで、お兄ちゃん。お兄ちゃんの交流関係は、どんな感じ?仲良い人は出来た?」


そう、私の腐り切った思考はそのことで頭が一杯だったのだ!!




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

異世界に転生してもゲイだった俺、この世界でも隠しつつ推しを眺めながら生きていきます~推しが婚約したら、出家(自由に生きる)します~

kurimomo
BL
俺がゲイだと自覚したのは、高校生の時だった。中学生までは女性と付き合っていたのだが、高校生になると、「なんか違うな」と感じ始めた。ネットで調べた結果、自分がいわゆるゲイなのではないかとの結論に至った。同級生や友人のことを好きになるも、それを伝える勇気が出なかった。 そうこうしているうちに、俺にはカミングアウトをする勇気がなく、こうして三十歳までゲイであることを隠しながら独身のままである。周りからはなぜ結婚しないのかと聞かれるが、その追及を気持ちを押し殺しながら躱していく日々。俺は幸せになれるのだろうか………。 そんな日々の中、襲われている女性を助けようとして、腹部を刺されてしまった。そして、同性婚が認められる、そんな幸せな世界への転生を祈り静かに息を引き取った。 気が付くと、病弱だが高スペックな身体、アース・ジーマルの体に転生した。病弱が理由で思うような生活は送れなかった。しかし、それには理由があって………。 それから、偶然一人の少年の出会った。一目見た瞬間から恋に落ちてしまった。その少年は、この国王子でそして、俺は側近になることができて………。 魔法と剣、そして貴族院など王道ファンタジーの中にBL要素を詰め込んだ作品となっております。R指定は本当の最後に書く予定なので、純粋にファンタジーの世界のBL恋愛(両片思い)を楽しみたい方向けの作品となっております。この様な作品でよければ、少しだけでも目を通していただければ幸いです。 GW明けからは、週末に投稿予定です。よろしくお願いいたします。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

俺にはラブラブな超絶イケメンのスパダリ彼氏がいるので、王道学園とやらに無理やり巻き込まないでくださいっ!!

しおりんごん
BL
俺の名前は 笹島 小太郎 高校2年生のちょっと激しめの甘党 顔は可もなく不可もなく、、、と思いたい 身長は170、、、行ってる、、、し ウルセェ!本人が言ってるんだからほんとなんだよ! そんな比較的どこにでもいそうな人柄の俺だが少し周りと違うことがあって、、、 それは、、、 俺には超絶ラブラブなイケメン彼氏がいるのだ!!! 容姿端麗、文武両道 金髪碧眼(ロシアの血が多く入ってるかららしい) 一つ下の学年で、通ってる高校は違うけど、一週間に一度は放課後デートを欠かさないそんなスパダリ完璧彼氏! 名前を堂坂レオンくん! 俺はレオンが大好きだし、レオンも俺が大好きで (自己肯定感が高すぎるって? 実は付き合いたての時に、なんで俺なんか、、、って1人で考えて喧嘩して 結局レオンからわからせという名のおしお、(re 、、、ま、まぁレオンからわかりやすすぎる愛情を一思いに受けてたらそりゃ自身も出るわなっていうこと!) ちょうどこの春レオンが高校に上がって、それでも変わりないラブラブな生活を送っていたんだけど なんとある日空から人が降って来て! ※ファンタジーでもなんでもなく、物理的に降って来たんだ 信じられるか?いや、信じろ 腐ってる姉さんたちが言うには、そいつはみんな大好き王道転校生! 、、、ってなんだ? 兎にも角にも、そいつが現れてから俺の高校がおかしくなってる? いやなんだよ平凡巻き込まれ役って! あーもう!そんな睨むな!牽制するな! 俺には超絶ラブラブな彼氏がいるからそっちのいざこざに巻き込まないでくださいっ!!! ※主人公は固定カプ、、、というか、初っ端から2人でイチャイチャしてるし、ずっと変わりません ※同姓同士の婚姻が認められている世界線での話です ※王道学園とはなんぞや?という人のために一応説明を載せていますが、私には文才が圧倒的に足りないのでわからないままでしたら、他の方の作品を参照していただきたいです🙇‍♀️ ※シリアスは皆無です 終始ドタバタイチャイチャラブコメディでおとどけします

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件

雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。 主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。 その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。 リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。 個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。 ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。 リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。 だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。 その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。 数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。 ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。 だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。 次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。 ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。 ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。 後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。 彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。 一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。 ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。 そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。 ※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。 ※現在、改稿したものを順次投稿中です。  詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

処理中です...