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第8章 乙女ゲームが始まる
かくかく、しかじか、身の上話(アヤハside)
しおりを挟む(アヤハside)
学園に入学した今日、私は奇跡の再会を果たした。
何十年も前に、事件に巻き込まれ命を落とした兄が、目の前にいる。夢のような光景で、何度手の甲をつねったか……。
今朝の衝撃を思い出しながら、チーズケーキをパクっと頬張る。
「……美味しい!」
「良かった。……ここのケーキは、全部美味しいんだ」
黒い髪をさらりと揺らしながら、お兄ちゃんは優雅にお茶を嗜んでいた。美人のお茶する姿って絵になるよねー。
学園別棟のカフェスペースは、乙女の夢を詰め込んだ優雅な喫茶店みたい。窓から中庭の綺麗な花壇が眺められるし、美味しいスイーツに紅茶もある。この『現実の高校ではありえないわ……』とツッコミを入れたくなるのが、乙女ゲームでお馴染みの生徒たち憩いの場だ。
窓から花の香りがほのかに運ばれる中で、私とお兄ちゃんはお茶を楽しんでいた。
「アヤハが聖女だなんて、随分と驚いたよ。……ただ、ここに居るということは、アヤハは日本で…… 」
そこでお兄ちゃんは、言葉を濁した。哀し気に眉を寄せた表情をして、次の言葉を紡げないみたいだった。お兄ちゃんは私が事故か、不幸な出来事で命を落としたと考えているのかな……?
「違うよ?私は天寿を全うしてから、この世界に来たの。……日本での生活は、とても幸せだったよ」
医者になった私は、結婚して子供を授かった。最期は病気で死んでしまったけど、満足した人生だった。
……ただ一つを除いては。
「私、死ぬときに神様にお願いしたんだ……。もう一度、お兄ちゃんに会いたいって。……本当に会えたから、びっくりしちゃった!」
大好きだったお兄ちゃんに、突然会えなくなった出来事がずっと心に残っていた。神様にお願いして、まさか本当に会えるとは思ってなかったけど……。
しかも、私が好きだったゲーム『聖女と紋章の騎士』の世界にお兄ちゃんが転生していた。おかげで、私も憧れのゲームの世界に入れたよ!
「……そう言えば、どうして公爵令嬢なんだ?原作では平民のまま学園に入学して、平民初のSクラス生徒になるはずだろう?」
お兄ちゃんが訝し気に首を傾げる。美形のお兄ちゃんが、そんなキョトン顔をして可愛い仕草をするなんて……。もう、相変わらず隙だらけなんだから。
「それは……。私がちょっと、ハッスルし過ぎたと言いますか……。原作と進行が変わっちゃったんだよね」
話が長くなるから、お互いのカップにおかわりの紅茶を先に注いで、私はこの世界に来てからの経緯を説明した。
「私はこの身体が13歳のときに、絢巴としての記憶を思い出したの。その時には、身体の持主である聖女の魂が居なくなる寸前だった……」
聖女は元より、イアートロス公爵家の長女だった。
父と母に愛され、大切に育てられていた。
でも貴族意識の高い祖父が、元平民である聖女の母親を相当嫌がり、母親と聖女の暗殺を企てたの。魔物がいる森を馬車で進む中、お世話係だった侍女に目の前で母親を殺された。
その上、魔物にも襲われて、生存者は聖女と幼い男の子の2名だけ。このできごとは、聖女に一生癒えることのない深い傷を負わせた。
「聖女は、公爵家に長年仕えて引退した老夫婦に、秘密裏に引き取られたの。……生きていると知られれば、また祖父に命を狙われるから、平民として隠れて生きていくことになった」
実の祖父に命を狙われ、各地を転々とする生活を送っていたけれど……。老夫婦はとても良い人達で、優しさで包み込んで聖女を大切に育ててくれた。
聖女は慎ましくも穏やかな生活で、心の傷が癒やされようとしていた。でも、その矢先に老夫婦が流行病で亡くなってしまう。聖女が13歳のときだった。
「私の記憶が蘇ったのは、老夫婦が亡くなった翌日……。聖魔法を発現した直後だった……。この身体は行き場のない怒りと、暗い絶望でいっぱいだった……」
この身体に入って数年経った今でも、そのときの感情を鮮明に覚えている。
どうして、今なの?
もっと早く聖魔法が発現していれば、親代わりになってくれた大切な老夫婦を、治癒することが出来たのに。
どうして、私なの?
私にはもう、守りたい大切な人もいない……。
私の大切なものは、ことごとく奪われていく。そんな残酷な世界を、どうして私が命懸けで救わなければいけないの?
それは息が詰まって吐き出せないほど、張り裂けそうな痛みの感情だった。その感情を最後に残して、聖女の魂は身体から出て行ってしまったのよね……。
その入れ替わりに、私の魂が身体に入った。
「私は、前世のゲーム知識をフル活用してね?髪と目の色を変える偽装ポーションを生成して身を隠した。……王都から遠い場所の診療所で働いて、学び舎にも通った。……そのときに、今のお父様と偶然再会してね」
代々医者の家系として知られている公爵家は、各地を回って診療所の現状や医療技術の調査を行っていた。そして、偶然にも、私の働いていた診療所を公爵が訪れたの。
私の身に着けていたペンダントを見て、お父様は驚いて固まっていた。母親の形見だったそのペンダントは、かつて父が母に贈った、世界で一点物の品だったから。
公爵に偽装ポーションを無効化されて、本当の姿を見せたときは大泣きしていたな……。正式に公爵家の長女として引き取られたのは、14歳のとき。お父様が祖父を断罪するのに1年かかった。
聖女ということを、しばらく国に内緒にしていたのはお父様の我儘だ。本当は聖女を見つけ次第、国に報告する義務があるのだけれど……。
長年離れ離れだった愛娘を、今度は命を落とすかもしれない戦場へと送り出す。そんなお父様の心情は、誰にも計り知れないよ……。だから、せめて勇者が現れるまで、聖女であることを秘密にして父と娘で穏やかに過ごそうと、お父様と決めたのだ。
「そのあと1年間は、家庭教師に勉強と礼儀作法を学んで、やっとこさ国立学園に入学できた、というわけです!」
「……ずいぶんと、アヤハは頑張ったんだな。すごいな、アヤハ」
お兄ちゃんは黙って、私の長い身の上話を聞いてくれた。労わるように、紫色の瞳を優しく細めて頭を撫でてくれる。お兄ちゃんに撫でられるの、大好きだったなあ。
前世ではお兄ちゃんよりもだいぶ年上だったけど、今は精神年齢が身体に引っ張られているみたいで、ついつい、お兄ちゃんに甘えてしまう。
身の上話が終わったところで、私は最重要事項をお兄ちゃんに確認しようと意気込んだ。
「……ところで、お兄ちゃん。お兄ちゃんの交流関係は、どんな感じ?仲良い人は出来た?」
そう、私の腐り切った思考はそのことで頭が一杯だったのだ!!
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