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第8章 乙女ゲームが始まる

新学期到来、乙女ゲームの主人公って可愛いよな

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柔らかな葉が春風にそよぐ中庭を、ふと生徒会室の窓越しに眺める。そわそわとする新入生たち見つけて、俺は思わず微笑んだ。先ほども迷子の新1年生を道案内したばかりだ。

真っ赤な顔でお礼を言われて可愛かったなあ。よっぽど緊張していたんだろう。


緊張しているのは、俺も同じだ……。
なんせ、俺自身もほんの少し環境が変わるからな。


窓際でぼんやりとしていると、星を思わせる銀色の髪が目の端でさらりと揺れた。朝早くから生徒会副会長の仕事を終わらせたエストが、俺の左襟を見て微笑んだ。


「……ずっと、ヒズミと一緒に授業を受けられることを楽しみにしていた。ヒズミがSクラスになってくれて、とても嬉しい」

銀色の髪をサラリと耳に掛けながら、同じ星色を持つ瞳を嬉しそうに細めて微笑んだ。美青年の心からの微笑みに、俺の緊張していた心が少しずつ和らいでいく。


「俺も、エストたちと一緒のクラスになれて嬉しいよ。クラスに馴染めるか不安だけど、色々とよろしくな?」

新学期になり、俺たち4人は無事に2学年に進級した。

制服の詰襟に付けた2つのピンバッチが、春の朝日に反射してチカっと瞬く。1つは学園を示す、ローマ数字の『Ⅱ』。そして、もう1つは学園の校章をあしらったものだ。


「まさか、僕たちもSクラスになるなんて……」

「未だに信じらんねぇ……」

リュイとガゼットは、数日前と同じことを呟いている。ピンバッチを配布される時も、Sクラスになったことに物凄く驚いていた。

俺達いつもの4人の左襟の校章は、緑色から深い蒼に変わった。皆が日頃頑張った甲斐あって、全員がAからSクラスに昇格したのだ。俺からしてみれば、リュイもガゼットも、ソルも実力からしてSクラスになって当然だろうと思っていた。


「もちろん。ヒズミが不安だというのなら、私の傍にずっと居ると良い。……勉強も、他のことも、色々と教えられるからな?」

「……おい、腹黒。オレもいるからな?好き勝手できると思うなよ?」


俺の隣に佇むソルが低く唸るような声で、エストを睨みつける。エストは涼やかな微笑みで、静かにその威嚇を受け流している。エストとソルの間には、普段通り静かに火花が散っていた。


相変わらず仲が良いなと思いつつ、俺はソルをしみじみと眺めた。ソルは厳しい訓練のおかげで、随分と逞しくなった。身体だけでなく、勇敢さと確固たる意志が風格に滲み出ている。


学園内の生徒たちも、昨年の夏から鍛え上げられたおかげで、顔つきが勇ましく変わっていた。皆が、王太子殿下であるロワの言葉を噛み締めた結果と言えるだろう。


新学期に急遽、ロワ始動で朝会をすることになった生徒会メンバーは、和気あいあいとした男子高生の日常を楽しんでいた。そんな和やかな雰囲気の中で、ふと違和感に気が付く。

いつもなら、エストとソルの攻防戦を眺めて笑う、2人の生徒の姿が見えない。


「……そう言えば、クレイセルとアウルムが来てないな?」

クレイセルは騎士団総括の息子だからか、こういった集まりには時間をきっちりと守る。第二王子であるアウルムもそうだ。2人が生徒会の集会に遅れて来ることは、非常に珍しい。


「あいつらには、職員室に迎えに行ってもらっているところだ……」

執務椅子の背もたれに首まで預け、ズリ落ちたような姿勢で座るロワが、頬杖をついてふわぁっとあくびをつつ答えた。

襟元を緩めて寛げた姿は、王太子殿下としてはお行儀が悪いけど、彼の威厳ある雰囲気にはよく似合っている。


「……ああ、そうか……」

迎えに行っているのは、例の転入生のことだろう。

数か月前から、俺たち生徒会でも受け入れ準備をしていた。学園に転入してすぐに、生徒会に入ることが決定していた生徒。俺たちと同じ学年で、同じクラスで共に学ぶことになるという女子学生だ。


俺は、この世界に来てから、この日が来ることを待ちわびていた。
待ち望んでいた、はずだ……。


元々、この世界自体が彼女と彼らの物語なのだから。彼女に出会った攻略対象者たちは、全員が輝かしく甘い恋をしていく。最後には、攻略対象者の誰かが彼女と結ばれる。そんな甘酸っぱくも幸せなストーリー。 

そんな恋をする彼らを見守り、行く末を見届けることが、俺という名前もないキャラクターの役割だ。

……それなのに。


「……?」

その女子学生が転入してくると聞いたときから、時折り胸がざわつく。胸の奥には冷たい棘が刺さった、ツキッと鋭利な痛みが伴うのは何故なんだろう。

ゲームとは微妙に女子学生の特徴が違うから、それに対する不安か?そっと左胸に手を当てて、息をふっと吐いた。無意識に肩に力が入っていたことに、自分でも驚く。


そろそろ来る頃だと、ロワが呟いた声に被さるよう、部屋に扉をノックする軽い音が響いた。程なくして扉から会わられたのは、炎を思わせる髪色の快活な青年と、サファイヤブルーの瞳を持つ金髪碧眼の王子様だ。


……その後ろから、もう1人の足音が聞こえる。


ああ……。
とうとう、この時が来たんだな……。


「遅くなり申し訳ございません、兄上……。イアートロス公爵令嬢をお連れしました」

アウルムが落ち着いた口調で宣ったあと、2人が道を開けるように横に移動した。クレイセルとアウルムが中央に立つ人物の手を取り、恭しくエスコートして前に出るように促した。


その少女を見た瞬間、俺は息を飲んだ。

そこに佇んでいたのは、この世の美しさと、可愛さを溶け込ませて作り出されたような、線が細くも愛らしい美少女だった。

淡いピンク色に近いチェリーブラウンの髪は、彼女の動きに合わせて肩下でサラリと揺れる。人形のように整った顔なのに、生命の息吹を感じさせるほのかに赤く染まった頬。

小さくも艶めく唇には、微笑を称えて。


伏し目がちだった彼女の瞼が、ゆっくりと開かれる。


「……お初にお目にかかります。イアートロス公爵家長女、アヤハ・イアートロスと申します」

背筋を伸ばし、上品なスカートの裾を持ち上げたイアートロス公爵令嬢は、絵画のように見事なカーテシーを披露した。


まっすぐと正面を見つめる目は、月を思わせる青白い光を放つ幻想的な瞳で吸い込まれそうになる。ムーンストーンという幻想的な輝きを放つ宝石の下半分は、砂金のように煌めく金。

あの揺らめくような金の魔力こそが、聖魔法を操る者の証だ。

膝下までの上品なスカートが、軽やかにふわっと揺れる。学園の上品な制服は、彼女にとても良く似合う。まるで、頭からブーツの足先までも彼女の為だけにデザインされたようにも思わせられた。


・・・・・・それも、当たり前か。
なぜなら彼女こそが、
この物語の、この世界の主人公なのだから。


攻略本の絵とまったく同じ、皆に愛される美貌と優しさを兼ね備えたヒロイン。
間違いなく、彼女が聖女だ。


俺は、斜め左にいるソルに自然と視線が動いていた。目を見張って、息を飲んだように固まったソルの横顔が見えた瞬間、水をかけられたような冷たさが胸を襲った。最近、俺自身の感情が分からない。

思わず、ソルを見ていた視線を反らした。


聖女であるイアートロス公爵令嬢は、カーテシーを終えてすぐに大きく目を見開いていた。そのムーンストーンの大きな瞳が、俺を見て固まっている。


「お……にい、ちゃん……?」

「……えっ?」


形の良い小さな唇から、不安げに吐息のような小さな声が漏れ出る。

次の瞬間には、イアートロス公爵令嬢は俺に向かって一目散に走り出し、勢いのままに抱き着いてくる。俺が咄嗟に彼女の身体を受け止めると、胸の中の公爵令嬢は目に涙を浮かべながら俺を見上げる。


「お兄ちゃん!!アヤハっ!伊賀崎絢巴だよ……!」


_____『伊賀崎 絢巴』


その音を聞いた途端、頭を打たれたような強い衝撃が、ぼんやりとした俺の思考をはっとさせた。歓喜と懐かしさ、愛しさが溢れ、すべての感情が俺の身体を戦慄かせた。


驚愕のままに目を見開いて、俺は胸の中で涙を流しながら縋る少女を見下ろした。人間は驚くと、本当に呟くことしか出来ないのかもしれない。手が震える。


「……あや、は……?絢巴なのか??」

「……そうだよ!……ずっと、ずっと……。会いたかったよ。お兄ちゃん……!!」


涙を零した聖女の瞳は、間近でみれば懐かしい色そのものだった。


伊賀崎 絢巴。
この名前を忘れることなんて、俺にできるはずがない。


俺の愛おしい、実の妹の名前だ。



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