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第8章 乙女ゲームが始まる

今年の初雪、ソルとの穏やかな時間

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悔しさを滲ませる俺を抱き起こすと、スキアー先生は俺を諭すように優しく語りかけた。


「こんなに短期間で、中級の状態異常を感知できる事自体、素晴らしいことだよ。……今日は、ここまでにしよう。……お茶を用意するから、少し休んでから帰りなさい」


スキアー先生は俺に肩を貸しながら、続きの部屋になっている研究室へと俺を連れて行ってくれた。相変わらず研究室資料やら本でごった返しの部屋のソファに、俺をゆっくりと腰掛けさせてくれた。

湯気立つ紅茶が入ったマグカップをスキアー先生から受け取ると、スキアー先生も向かい側のソファに座って紅茶を啜る。


「ヒズミ君の闇は、深くて澄み切って美しい。『慧眼』もいずれ取得できるよ。……だから、そんなに焦らないで」

「はい……」


闇魔法の索敵の最上位、感知魔法の中でも最高レベルの『慧眼けいがん』。このスキルを習得すれば、あらゆる細かな殺気も、攻撃も察知できるようになる。敵からの状態異常を看破し、更には呪いさえも見破る事が可能になる。


だが、この習得がかなり難しいのだ。魔王討伐に向けて英傑たちが実力をつけていく中、俺だけが未だに何も身に着けていないことに、内心で焦っていた。

俺がこのスキルを身につければ、英傑たちの命を守るだけでなく、聖女の治癒魔法の温存にも繋がるのだ。


俺の力のない返事を聞いて、スキアー先生は優しく目元を細めて、俺の頭をポンッと撫でる。


「ヒズミ君は素直だし、飲み込みが早い。とても教えがいのある生徒だよ。……まったく、僕の一番最初に担当した生徒とは、大違いさ」

スキアー先生は焦げ茶色の瞳を、懐かしそうに細めた。


「その子は魔力量が多いのに、魔法の知識が全く無かったんだ。魔法を教えても、よく失敗してね?……でも、素直で芯の強い子だった……」

スキアー先生とその教え子は、2人で悪戦苦闘しながらも特訓を重ね、平民初の魔導師となったらしい。昔話を語るスキアー先生の、モノクルを掛けている右目が、レンズ越しに光った。


ガラスを隔てたせいだろうか?
一瞬だけ、スキアー先生の焦げ茶色の右目が、色鮮やかな色を帯びた気がして俺は目を瞬かせた。


「……何だかヒズミ君を見ていたら、その教え子を思い出すよ。実力は全然似てないのにね?」

なんでだろうなっと、スキアー先生は楽しげに微笑んだ。


しばしの間、先生と紅茶を飲んで語り合うなか、俺はふっと一つのランプに目が止まった。

まるで鳥籠のようにも見える繊細なデザインの、揺らめく青色の灯火。鳥籠の中を羽ばたく、黒色の蝶。何故か心を奪われるそのランプの蝶は、日に日に数が増えているように思えた。ぼんやりとランプを見上げていると、研究室の扉をノックする音が聞こえてきた。


「ちょうどいい頃合いだね。お迎えが来たみたいだよ?」

スキアー先生が扉に向かって返事をすると、琥珀色の瞳を持った青年が部屋に入ってくる
訓練を先に終えたソルが、俺を迎えに来てくれたのだ。


スキアー先生に挨拶をして、俺とソルは寮室へと一緒に帰った。寮室に戻った俺達は、夕食後にリビングでまったりとした一時を過ごしていた。外と室内の温度差で、曇る窓ガラスに、白色のものがチラついたのが見えた。


俺はふとソファから立ち上がると、窓際へと近づいた。そっと指先で窓の曇りを払いながら、外の景色を眺めて目を見開いた。


「ソル!雪だ!」

暗闇の中に、ふわりと雪が舞い落ちていく。純白の羽根のように舞うその姿に、思わず窓を開けて手を外に伸ばした。手のひらに、ふわりと真っ白な雪が落ちて、儚く消えていく。


「こらこら、風邪引くよ。……見るなら窓を閉めて、暖かくしないとね?」

雪を見てはしゃぐ俺の背後から、そっと手を伸ばされて窓が締められる。伸ばされた手はそのまま、俺を後ろから抱きしめた。ふわっとしたがブランケットが俺の頬をくすぐる。

俺とソルは、仲良く一緒にブランケットに包まっているようだ。これで、二人とも寒くない。背中に伝わる、ソルの温かな体温が心地よい。左肩に乗るソルの顎が、何だかくすぐったい。


「ソルは、あったかいな……。ずっとこうして居たいくらいだ」

この穏やかで、ささやかな幸せが、ずっと続けば良い。前に回られたソルの腕に、俺はそっと自分の手を重ねた。


「……オレもだよ。オレも、ヒズミとずっとこうして居たい」


厳しい寒さの冬は、修行の日々を続けるうちに足早に過ぎ去った。やがて、降り積もった雪は溶けて、葉が枯れ落ちていた木には蕾がつく。


肌に心地よい、ふんわりとした春風が靡く。
乙女ゲームが、今まさに、始まろうとしていた。




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