上 下
148 / 201
第8章 乙女ゲームが始まる

今年の初雪、ソルとの穏やかな時間

しおりを挟む


悔しさを滲ませる俺を抱き起こすと、スキアー先生は俺を諭すように優しく語りかけた。


「こんなに短期間で、中級の状態異常を感知できる事自体、素晴らしいことだよ。……今日は、ここまでにしよう。……お茶を用意するから、少し休んでから帰りなさい」


スキアー先生は俺に肩を貸しながら、続きの部屋になっている研究室へと俺を連れて行ってくれた。相変わらず研究室資料やら本でごった返しの部屋のソファに、俺をゆっくりと腰掛けさせてくれた。

湯気立つ紅茶が入ったマグカップをスキアー先生から受け取ると、スキアー先生も向かい側のソファに座って紅茶を啜る。


「ヒズミ君の闇は、深くて澄み切って美しい。『慧眼』もいずれ取得できるよ。……だから、そんなに焦らないで」

「はい……」


闇魔法の索敵の最上位、感知魔法の中でも最高レベルの『慧眼けいがん』。このスキルを習得すれば、あらゆる細かな殺気も、攻撃も察知できるようになる。敵からの状態異常を看破し、更には呪いさえも見破る事が可能になる。


だが、この習得がかなり難しいのだ。魔王討伐に向けて英傑たちが実力をつけていく中、俺だけが未だに何も身に着けていないことに、内心で焦っていた。

俺がこのスキルを身につければ、英傑たちの命を守るだけでなく、聖女の治癒魔法の温存にも繋がるのだ。


俺の力のない返事を聞いて、スキアー先生は優しく目元を細めて、俺の頭をポンッと撫でる。


「ヒズミ君は素直だし、飲み込みが早い。とても教えがいのある生徒だよ。……まったく、僕の一番最初に担当した生徒とは、大違いさ」

スキアー先生は焦げ茶色の瞳を、懐かしそうに細めた。


「その子は魔力量が多いのに、魔法の知識が全く無かったんだ。魔法を教えても、よく失敗してね?……でも、素直で芯の強い子だった……」

スキアー先生とその教え子は、2人で悪戦苦闘しながらも特訓を重ね、平民初の魔導師となったらしい。昔話を語るスキアー先生の、モノクルを掛けている右目が、レンズ越しに光った。


ガラスを隔てたせいだろうか?
一瞬だけ、スキアー先生の焦げ茶色の右目が、色鮮やかな色を帯びた気がして俺は目を瞬かせた。


「……何だかヒズミ君を見ていたら、その教え子を思い出すよ。実力は全然似てないのにね?」

なんでだろうなっと、スキアー先生は楽しげに微笑んだ。


しばしの間、先生と紅茶を飲んで語り合うなか、俺はふっと一つのランプに目が止まった。

まるで鳥籠のようにも見える繊細なデザインの、揺らめく青色の灯火。鳥籠の中を羽ばたく、黒色の蝶。何故か心を奪われるそのランプの蝶は、日に日に数が増えているように思えた。ぼんやりとランプを見上げていると、研究室の扉をノックする音が聞こえてきた。


「ちょうどいい頃合いだね。お迎えが来たみたいだよ?」

スキアー先生が扉に向かって返事をすると、琥珀色の瞳を持った青年が部屋に入ってくる
訓練を先に終えたソルが、俺を迎えに来てくれたのだ。


スキアー先生に挨拶をして、俺とソルは寮室へと一緒に帰った。寮室に戻った俺達は、夕食後にリビングでまったりとした一時を過ごしていた。外と室内の温度差で、曇る窓ガラスに、白色のものがチラついたのが見えた。


俺はふとソファから立ち上がると、窓際へと近づいた。そっと指先で窓の曇りを払いながら、外の景色を眺めて目を見開いた。


「ソル!雪だ!」

暗闇の中に、ふわりと雪が舞い落ちていく。純白の羽根のように舞うその姿に、思わず窓を開けて手を外に伸ばした。手のひらに、ふわりと真っ白な雪が落ちて、儚く消えていく。


「こらこら、風邪引くよ。……見るなら窓を閉めて、暖かくしないとね?」

雪を見てはしゃぐ俺の背後から、そっと手を伸ばされて窓が締められる。伸ばされた手はそのまま、俺を後ろから抱きしめた。ふわっとしたがブランケットが俺の頬をくすぐる。

俺とソルは、仲良く一緒にブランケットに包まっているようだ。これで、二人とも寒くない。背中に伝わる、ソルの温かな体温が心地よい。左肩に乗るソルの顎が、何だかくすぐったい。


「ソルは、あったかいな……。ずっとこうして居たいくらいだ」

この穏やかで、ささやかな幸せが、ずっと続けば良い。前に回られたソルの腕に、俺はそっと自分の手を重ねた。


「……オレもだよ。オレも、ヒズミとずっとこうして居たい」


厳しい寒さの冬は、修行の日々を続けるうちに足早に過ぎ去った。やがて、降り積もった雪は溶けて、葉が枯れ落ちていた木には蕾がつく。


肌に心地よい、ふんわりとした春風が靡く。
乙女ゲームが、今まさに、始まろうとしていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

異世界に転生してもゲイだった俺、この世界でも隠しつつ推しを眺めながら生きていきます~推しが婚約したら、出家(自由に生きる)します~

kurimomo
BL
俺がゲイだと自覚したのは、高校生の時だった。中学生までは女性と付き合っていたのだが、高校生になると、「なんか違うな」と感じ始めた。ネットで調べた結果、自分がいわゆるゲイなのではないかとの結論に至った。同級生や友人のことを好きになるも、それを伝える勇気が出なかった。 そうこうしているうちに、俺にはカミングアウトをする勇気がなく、こうして三十歳までゲイであることを隠しながら独身のままである。周りからはなぜ結婚しないのかと聞かれるが、その追及を気持ちを押し殺しながら躱していく日々。俺は幸せになれるのだろうか………。 そんな日々の中、襲われている女性を助けようとして、腹部を刺されてしまった。そして、同性婚が認められる、そんな幸せな世界への転生を祈り静かに息を引き取った。 気が付くと、病弱だが高スペックな身体、アース・ジーマルの体に転生した。病弱が理由で思うような生活は送れなかった。しかし、それには理由があって………。 それから、偶然一人の少年の出会った。一目見た瞬間から恋に落ちてしまった。その少年は、この国王子でそして、俺は側近になることができて………。 魔法と剣、そして貴族院など王道ファンタジーの中にBL要素を詰め込んだ作品となっております。R指定は本当の最後に書く予定なので、純粋にファンタジーの世界のBL恋愛(両片思い)を楽しみたい方向けの作品となっております。この様な作品でよければ、少しだけでも目を通していただければ幸いです。 GW明けからは、週末に投稿予定です。よろしくお願いいたします。

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される。

拍羅
BL
転生したら奴隷商人?!いや、いやそんなことしたらダメでしょ 親の跡を継いで奴隷商人にはなったけど、両親のような残虐な行いはしません!俺は皆んなが行きたい家族の元へと送り出します。 え、新しく来た彼が全く理想の家族像を教えてくれないんだけど…。ちょっと、待ってその貴族の格好した人たち誰でしょうか ※独自の世界線

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

処理中です...