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第8章 乙女ゲームが始まる
意外に主は子供好きだよ!(サイコな暗部隊長side)
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先に身を潜ませていたモモンガと合流し、再びヒズミは隠し通路を進んでいく。
ヒズミとモルンが今いる場所は、学園別棟だ。部活動室が連なる生徒憩いの場を順調に進む中、突然、きゅるるぅっと小さくて、切ない音が聞こえた。
「…おなか、すいた……」
ヒズミがリンゴを片手に、お腹に手を当てて俯く。
今の小動物が鳴くような音、お腹の音だったの?!
小さいとお腹の音まで可愛いんだねぇ。
そろそろ、お昼の時間だし、お腹が空くのも当然だ。
モルンとヒズミは辺りを確認してから、赤い絨毯の廊下に姿を現した。等間隔に続く窓から、陽が差し込んで日向を作る。
ヒズミは、ひと際大きな窓の前にある、革張りのベンチへ近づいた。
両手に抱えたリンゴを先にベンチに置くと、ヒズミは「うんしょ……」とベンチをよじ登る。無事に登り終えたヒズミは、両手に大切そうに抱えたリンゴを、隣に座るモルンに差し出した。
「……もるんも…、たべよ……?」
「キュイ!」
モモンガは嬉しそうに返事をすると、リンゴにピトッと両手を添えた。途端にリンゴに金色の線が走り、8分の1個だけが綺麗に切りとられる。
あのモモンガ、優秀な個体だなぁ……。
「もっと、たべないの……?」
モモンガは首を左右に振ると、リンゴ8分の1個を器用に受け取って、かじかじと食べ始める。
ヒズミは残りの8分の7個となったリンゴに、一口かじりついた。目を細め嬉しそうに「おいしい……」と呟くと、しゃくっと音を立て食べ進める。
「……おなか、いっぱい……」
リンゴを食べ終え満足そうにお腹をさすったヒズミは、窓に背中を預けた。窓から差す程良い陽は、ヒズミの背中に当たって随分と心地よさそうだ。
ヒズミは次第に、かくんっと頭を揺らし始める。大きな紫の目がとろんっとして、瞼で覆われていく。いっぱい歩いたあとに、満腹になって眠くなっちゃったんだねぇ。
とうとうヒズミは、こてんっとベンチの座面に横になり眠ってしまった。気持ちよさそうに、くぅくぅ寝息を立てるヒズミの隣で、モモンガも尻尾をほっかぶりにして、丸くなって眠る。
なにこの、可愛いに満ち溢れた空間……。
そんな午後の癒しの空間に、絹糸を思わせる白髪を優雅に靡かせた青年が近づいてくる。足早に通り過ぎようとしたところで、ピタッと足を止めた。
「……何でこんなところで、チビ猫が寝てんだ?」
ルビーの瞳を驚きで見開いた王太子殿下が、眠るヒズミを見て首を傾げる。そう言えば、この学園別棟には生徒会室があったねぇ。
「おーい、こんなところで寝ていると、風邪ひくぞ」
王太子殿下は、眠るヒズミの身体を優しく揺すった。日差しが温かいとはいえ、季節は秋だ。日が翳ると室内でも肌寒くなる。
起きないヒズミに王太子殿下は短息をすると、そっと胸にヒズミを抱き上げた。ピクっと隣にいたモモンガが反応して、身体を起こす。
「……?ヒズミのお手伝いモモンガが、何で子守りをしてるんだ?……お前も一緒に来るか?」
ヒズミを優しく抱きかかえ、王太子殿下はモモンガについてくるように促した。モモンガは廊下を進む王太子殿下の足元を、ちょんちょんっと着いて行く。
「……ふにゃっ……??」
生徒会室に入ったところで、王太子殿下の胸で眠っていたヒズミが目を開けた。寝ぼけ眼で周囲を見渡して、不思議そうに首を傾げる。ソファに降ろされたヒズミは、ぽやんっとした目で王太子殿下を見上げた。
「……まだ眠そうだから、もう少し寝てろ」
王太子殿下はヒズミの頭をくしゃりと撫でると、そのまま猫耳のついた頭をソファに傾けさせた。
寝ぼけているヒズミは、素直にぽふっとソファの座面に頭を付ける。王太子殿下は自分の上着を脱ぐと、ヒズミにかけた。
王太子殿下がふわぁっ、とあくびをしたのを見て、ヒズミは目の前に立つ王太子殿下のズボンを、控えめに引っ張る。
「……いっしょ、……ねる?」
「……なんだ?1人で寝れねえのか?」
しゃあねえなぁ、と言いながら、王太子殿下はヒズミの隣に身体を横たわらせた。
ソファは、王太子殿下が子猫ヒズミに腕枕をして寝ても、余裕の広さがある。腕の中で微睡むヒズミの身体を、王太子殿下は寝かしつけるように優しく叩いた。
……傍若無人に見えて、子供には優しいんだよなぁ。
小さな寝息が聞こえたところで、王太子殿下は寝転びながら呟いた。
「……影、いるか?」
「はーい」
そろそろ呼ばれる頃だと思ってたからねぇ。様子を覗き込んでいた天井裏から、ボクは静かに降り立った。ソファに横になる王太子殿下を見下ろすと、ボクのほうに背中を向けたまま、指令を出す。
「この子供の事情を探れ。獣人の連れ去りも視野に入れろ。どうするかはお前に任せる。……少し寝る」
獣人の子供は可愛いから、愛玩目的で誘拐されることはままある。人身売買は世界的に厳しく禁止されているけど、無いとは言い切れない。
王太子殿下は万が一のことも考えたのだろう。ボクに任せるという言葉は、命を摘み取っても良いという意味だ。
「御意」
……まあ、今回に関しては王太子殿下が危惧していることは何一つないんだけどねぇ?
指令を請け負って、再び天井裏に身を隠して様子を見守る。
最近の王太子殿下は、だいぶお疲れだ。
魔王討伐任務を王から丸投げされ、全ての計画を王太子殿下が立てている。そして密かに王を失脚させようと、仲間たちと共謀している。
全ては、この国と英傑である弟を守るために。
「……おまえ、あったかいな」
自身の上着をかけて眠るヒズミを、そっと近くに引き寄せて、ワイシャツ姿の王太子殿下は目を瞑った。
程なくして規則正しい寝息が聞こえ始めた。お手伝いモモンガはボクを一瞥した後、ソファのひじ掛けの部分で丸くなった。
寝る間も惜しんで働いていた主に、しばしの休息を。子猫の居場所は、もう少し後で部下たちから先生たちへ教えるとしよう。
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