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第8章 乙女ゲームが始まる

外界が面白いことになってるよ!(サイコな暗部隊長side)

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(サイコな暗部隊長side)


お腹が空いた生徒で賑わう、食堂の中。

目の前の湯気立つオムレツに、すいっとナイフを刺し込む。銀色の刃が黄色く滑らかな肌に一線を引き、途端にトロリとした黄身が、蕩けたチーズと一緒に流れ出ていく。ケチャップの赤と混ざる様子を、ボクはうっとりと眺めていた。

この柔肌を裂くような感覚は、視覚でも触覚でもボクを満たしてくれる。思わずしなやかなナイフと、赤に染まった黄身が滴るフォークを眺めて、熱い溜息を漏らした。


ああ、いいなあ……。
何か切るようなモノ、他にないかなぁ?


ボクの表情があまりにも刺激的だったのか、正面に座っていた男子学生が顔を赤らめて咳払いをした。視線だけはチラッとこちらに寄越すあたり、何とも青二才で可愛いね?

君たちと同じ制服を着て、同じような体格に合わせて偽装しているけど、中身は経験豊富なだいぶ年上のお兄さんだ。

ちょっとお子様には、刺激が強かったかなぁ?


「こんなにも美味しいものを、毎日食べられるなんて学園は贅沢だなぁ」

程好く熱で蕩けたチーズをフォークに絡め取り、半熟卵とケチャップも一緒に掬い上げて口に頬張る。口一杯に広がるバターの香りと、トマトの酸味を堪能して思わず呟いた。


普段は味も見た目も無愛想な携帯食料を食べることがほとんどだ。こんなに美味しいものを学生に紛れて毎日食べられるのだから、王太子殿下の護衛兼、影の何でも屋も悪くない。


それに、たまに来る刺客がそこそこ楽しいしねぇ?

学園の厳戒態勢警備を掻い潜った者たちは、中々腕が立つから良い運動になる。今月はまだ来ていないんだ。早くナイフに血を吸わせたいな……。


チーズオムレツ朝食をペロリっと食べ終えて、ボクはデザートを頬張りつつ、周囲の話に耳を傾ける。王太子殿下と第二王子殿下は王族専用の堅牢な寮で朝食を食す。ボクがいなくても、部下だけで数時間は大丈夫だ。

そういう空いた時間に、情報収集がてら学生に紛れて、美味しいごはんにありつくのが最近のお気に入りだ。


そして、お気に入りといえば、もう一つ……。

大勢のざわめきが響く食堂内で、学生たちの視線が途端に動き出す。視線の先を辿れば、2人の男子学生が食堂から足早に出る後ろ姿を捉えた。茶褐色のツンツン髪の生徒と、気弱そうに見える生徒の2名。

完全にその生徒らが姿を消すと、近くにいた生徒たちが口々に話し始めた。


「今日は、宵闇の君の姿が見えないな……」

「ここ2週間、騎士様がいないと寂しそうですわ……。物憂げな顔も儚くて美しいけれど、少し心配ですわね」

「最近は必ず3人で朝食をお召し上がりになっていたのに……。今日は何かあったのかしら……」


噂は面白いほどに、1人の男子生徒の話題で持ちきりだ。思わず内心でニヤリっと口角を上げる。


もう1つの、ボクのお気に入り。

暗部隊長のボクの気配を察知し、攻撃を防いで反撃までしてきた1人の生徒。『宵闇の君』という2つ名を持つ、ヒズミという男子生徒だ。


あの子との戦闘を思い出すと胸が高鳴って、性的にも心的にも興奮してぞくっとする……。ヒズミの闇は、類を見ないほど透き通って美しい。ぜひとも我が手で、美しい死を司る闇の使徒に育てたい。

そう思っているのに……。緑風騎士団の奴らが、先手を打っていてかなり邪魔なんだよなぁ……。


そんなお気に入りのヒズミが、今の時間になっても朝食を食べに来ないのは確かに珍しい。それにヒズミの友人2人の不安げな顔と、焦って足早に去る様子。


「……ふぅん。覗いてみようかな?」

幸い、まだ王太子殿下が来るまでには時間があるしね。

ボクは食堂を出て物陰に隠れると、隠し通路に身を滑り込ませ天井裏へと登った。天井裏にある道を進み、先ほど食堂を出て行った男子生徒2名の姿を追う。そんなに時間もかからずに、対象を見つけて上から観察した。


茶褐色のツンツン髪の男子生徒が、廊下を足早に進みながら顔を顰める。確か、こいつはガゼットベルトという名前だったか?


「『絶望の倒錯』の状態異常が起こったか……。あまり酷くないといいけど……」

ガゼットベルトの言葉に、そういえばヒズミの情報が記された書類にそんなことが書かれていたと、思い出した。3ヶ月に一度、何かしらの状態異常がヒズミを襲うという。


「昨日、ヒズミが言っていた予想が当たったね……。今日状態異常になるかもって。……早く助けないと……」

気弱な青年は、リュイシルという名前だったはず。リュイシルは心配げに眉をハの字にして呟いた。この2人は事前にヒズミから、今日状態異常が起こりうると聞いていたようだ。


彼らは程なくして、ヒズミの寮室へと辿り着いた。試しにガゼットベルトがドアをノックしても、中から返答はない。


「ヒズミ……、開けるぞ」

カチャリっとガゼットベルトが扉を開け中に入り、リュイシルがそれに続く。整頓されたリビングに人の気配はなく、2人の物音だけが部屋に響いた。

ボクは2人よりも先に、リビングと続きになっている左右の部屋へ移動した。部屋に入って左がソレイユ、右がヒズミの部屋だ。一度、王太子殿下に覗きを頼まれたから覚えている。

左右の部屋を確認し終えたところで、ボクはふと首を傾げた。


……おかしいな?……本当にヒズミの気配がしない?


ソレイユの部屋はもちろんのこと、ヒズミの部屋にも人の姿が見当たらない。再びヒズミの部屋の天井裏に戻り、板の隙間から様子を伺う。


「ヒズミ?そこにいるの?」

リュイシルがヒズミの部屋に向かって、心配げに話しかけている。


「もしかして、返事ができないほど弱っているとか……?」

リュイシルの言葉にはっとして、ガゼットベルトは突撃とばかりに勢いよくドアを開けた。


「ヒズミ!!大丈夫か?!!」

ドアを開け放ったと同時に、カゼットベルトは叫びだす。綺麗に掃除された静まり返っていた部屋に、彼の焦った声だけが響いた。


「……誰もいない……?」

ヒズミの質素な部屋を見回したリュイシルが、困惑げに呟いた。机やベッド、クローゼットの必要最低限な生活必需品しかない部屋は、人が隠れられそうな場所も少ない。

ガゼットベルトは、クローゼットを開けてまでヒズミを探したが、左右に首を振る。リュイシルがベッド下を覗き込んで、「いないね……」と呟いた、その時だ。

カサリっと、小さな物音が耳に届いた。


「「っ?!」」

2人も物音に気がついたのだろう。音のしたベッドへと近づいていく。再びカサリっと布が擦れるような音が、ベッドヘッド辺りから聞こえた。ベッドヘッドに重ねられたクッションたちが、僅かに動いて崩れていく。

何かいるようだけど、一体いつからそこにいた?
全く気配なんてなかったのに……。


念のため、袖口に隠していた毒針を取り出す。クッションたちは小さく動くと、僅かな隙間から小さな人間の手がにょきっと出てきた。


「っ?!なんだ??」

ガゼットベルトの驚く声に、謎の生き物が身体をビクッと跳ねさせたのだろう。重なり合ったクッションが大きく崩れて、隠れていた正体が現れる。

恐る恐る外を伺うように、黒色の小さな頭が出てきた。


……わぁーお。


「……はっ?」
「……えっ?」

2人のぽかんとした間の抜けた声が重なって放たれる。

クッションの瓦礫からちょこんと顔を覗かせたのは、紫色の目。よっぽど大きな声でびっくりしたのか、大きくクリッとした目を潤ませて、ガゼットベルトとリュイシルを見上げている。

見るからにふくふくなほっぺは、怖くて泣きそうになり、ほんのりと赤く染まっている。


そして、艶めく黒壇の髪から生えた、ピクピクと動かす可愛らしい三角耳と、ズボンを履いたお尻から伸びる黒色の長い尻尾。

唖然としている2人に、黒猫獣人と思われる子供は極めつけとばかりにか細く鳴いた。


「……にぃゃー」

お行儀よくベッドに座って、潤んだ瞳で2人を見つめ返している。黒色の尻尾がゆらりと1回揺れた。


「……えっ?猫獣人の子供?……だれ??」

リュイシルが唖然としたまま、目の前にちょこんと座る猫獣人の子供に話しかける。子供はピンク色の小さな口を一生懸命動かして、舌っ足らずな口調で名乗った。


「…………ひにゅみ……」

ひにゅみ……?と2人は首を傾げる。数秒の沈黙のあと、リュイシルがはっとして顔を上げる。猫獣人の子供を怖がらせないように、身体を屈めてベッドに近づいた。

目線を子供に合わせると、実に緊張した様子で問いかける。


「……もしかして、ヒズミ……??」

リュイシルの問いかけに、黒猫獣人の子供は小さな頭をコクンっと縦に動かして頷いた。


「うそだろっ?!!」

ガゼットベルトの心からの叫びが、部屋に木霊する。


……なにこれ……。

なんか、めちゃくちゃ面白いことになってんだけど!!!




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