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第8章 乙女ゲームが始まる

英傑と親睦を深める。でも、寂しいな……

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「今日はここまでにしよう」

ヴィンセントの訓練終了の言葉の後、返礼の掛け声が訓練場に響き渡った。汗をかいた肌には、秋風の寒さがちょうど良く感じる。


「ヒズミの戦闘は本当に美しいな。……舞うように軽やかなのに、いつの間にか鋭い一閃で敵が斬りつけられている」

きめ細かな肌に滲んだ汗をタオルで拭いながら、アウルムが俺に微笑みかける。金糸の髪から滴る汗さえも美しく見えてしまう。絶世の美青年とは、何て罪深い存在なのだろうか……。


「アウルムの指示が正確だから、こっちも動きやすいんだ。……戦闘時も、いつも頼りにしている」

俺の返事に、アウルムは少し照れたように頬を染め笑みを深くした。いつも大人びたアウルムが、少しだけ年相応の反応を見せてくれて、俺も嬉しくなる。


こんな表情を見せてくれるなんて、最初は想像もしていなかったな……。ましてや、王族を呼び捨てするとは思ってもいなかった。


俺はここ数日間、学園の訓練場で英傑たちと訓練をする機会が多くなった。俺が魔王討伐に同行する事が決まったからだ。

その訓練初日、アウルムに『長い名前は不便だ。アウルムと呼んでくれ。敬語も不要』と言われ、それ以降は第二王子殿下のことを名前で呼ぶようになった。


王族でありながら、平民、貴族といった枠にとらわれず、全員に平等に接する。そんなアウルムの姿こそ、人望を集めるのだろう。

風の英傑『統率者』という称号のとおり、彼はパーティーリーダーとして非常に優秀だった。


ちなみに、騎士団総括の息子であるクレイセル、緑風騎士団長のヴィンセントも、同じ理由で、俺に名前を呼ばれることを許してくれている。


「俺も褒めてくれよ、ヒズミ。今日の戦闘さ、俺、結構活躍したと思うんだけど?」

右肩に手を回され、のしっとした重みが身体全体にのしかかる。筋肉質な身体の体重を、俺に軽く預けた青年は、俺の左横から顔を近づけると、いたずらっ子のように笑った。


「クレイセルは最初のころに比べて、力任せじゃなくなった。今日の先制攻撃の魔法、見事だったな」

素直に俺が褒めると、クレイセルはふははっ!と嬉しそうに明るく笑う。土の英傑『先導者』のクレイセルは、ムードメーカー的存在だ。彼がいるだけでパーティーが明るくなり、爽やかな心地に包まれる。

こうやって無邪気に喜んで、肩を組んで来るクレイセルは人懐っこい大型ワンコみたいだ。

……クレイセルが俺の胸前まで回した右腕が、ギリギリっと俺を締め上げて苦しいから、そろそろ離してほしいんけどな……。


のしかかって来る大型犬に困っていると、目の前に大きな影が出来る。影の正体を上げようとした瞬間、左横から「いてっ!」という声が聞こえたと同時に、俺の身体がグイっと前方へと傾いた。

深緑色の騎士服に包まれた逞しい胸板に、俺は抱き留められる。


「おい、ヒズミから離れろ。苦しがってるだろう?」

低い男性の声が、頭上から冷たく言い放つ。灰色の瞳が俺を一瞬だけ見下ろすと、逞しいその腕でぎゅっと胸元に引き寄せられた。先ほどまで俺とじゃれ合っていたクレイセルが、俺の背中側で悲鳴を上げている。


「いだだだっ!!おっさ、ヴィンセント兄、痛い!」

「誰がおっさんだ。今から、追加で特別メニューでもするか?んっ?」


悲鳴を上げるクレイセルを振り返って見遣ると、ヴィンセントの右手が、クレイセルの顔面を正面から鷲掴みにしていた。

灼熱の髪を持つ青年の頭ごと、片手でギチギチと抑えつけている。凄いな……。アイアンクローなんて、初めて見た。


クレイセルが大人しくなったのを確認して、ヴィンセントは手を離した。痛みにうずくまるクレイセルを無視して、ヴィンセントは俺の背中を擦る。


「ヒズミ、大丈夫か?……あいつは脳筋だから、勘弁してやってくれ」

「ありがとう、ヴィンセント……。助かった」

アイスブルーの瞳を見上げてお礼を言うと、ヴィンセントは切れ長の目を細めて、俺の髪をくしゃりと撫でた。乱暴に見えて優しい手つきに、心地良くて思わず目を細める。


ヴィンセントは火の英傑『守護者』。彼がこのパーティーの柱だ。圧倒的実力が俺たちの戦闘を後押しするし、安心感が半端ない。


緑風騎士団は、学園に泊まり込みで生徒たちの訓練に当たっていた。目の前にいるヴィンセントも、その一人だ。


「……ンッ……」

俺の髪の感触を確かめるように撫でていた指が、後ろの首筋をそろりと掠めていく。触るか触らないかの、絶妙な力加減でくすぐられて、思わず俺は呻いて身じろいだ。


ううっ、くすぐったいのは苦手なのに……。

アイスブルーの瞳に無言で止めるよう訴えていた時に、涼やかな銀色が俺の視界の端を横切った。


「どさくさに紛れて、何をしている。……ヒズミ、野蛮な狼には気を付けろ。毒牙にかかってしまうぞ」

俺とヴィンセントの間に入るように、ぐいっとエストが身体を入れて俺たち2人を引き剥がす。しなやかな指が俺の右腕を引くと、ポスっとエストの胸に俺は収まっていた。


「エスト。今日は学園に帰って来れたんだな?」

「最近忙しくてな……。ヒズミが抱きしめてくれたら、元気が出そうだ」

いつも涼やかなエストが、こんなふうに甘える様な冗談を言うのは珍しい。俺はエストの背中に手を回して、ぽんぽんっと背中を叩いて労わった。 


「……おつかれさま、エスト」

俺がそう呟くと、背中に回された腕にぎゅっと力が籠って、一度強く抱きしめられた。少し身体を離すと、ダイヤモンドダストの瞳が嬉しそうに細めながら、俺の髪を優しく梳くように撫でる。


「……ありがとう、ヒズミ。疲れが吹き飛ぶな」

お礼を言うエストの顔は、やっぱり少し疲れの色が見える。エストは魔導師団と学園を行き来していて、最近はだいぶ忙しそうだ。俺たちの訓練に参加することもあれば、2、3日は学園に帰って来ないこともある。

それでも、訓練のときは水の英傑『大賢者』の実力を遺憾なく発揮していた。魔法に長け、さらに先見の明によって危険を回避する。


「……ソレイユが、あれだけ心配する理由が分かるな……。このぽやぽや美人が、戦闘では凛とした戦士になるのだから、全く不思議だ……」

じゃれ合ってるエストと俺を、アウルムが呆れ気味に眺めて呟いた。その隣でクレイセルも、可笑しそうにケタケタと笑っている。こうやって厳しい訓練の中、俺は英傑たちと親睦を深めていた。連携を伴う戦術は信頼が不可欠だからな。


夕食を取るために、皆で訓練場を後にする中、俺は皆に先に行くように伝えてその場に残った。


秋の冷たい風が肌を刺す夜空の下、遠くに佇む月に届きそうなくらい高い塔へと、俺は視線を向けた。王城の近くに聳え立つ、魔導師団本部だ。

英傑たちは、騎士団の訓練の合間に学園へ帰ってきている。ただ一人の英傑を除いては……。


ソルは今、あの塔を本拠地とする魔導師と騎士たちと共に、魔力制御の厳しい訓練を行っているのだと、エストから聞いている。


あの生徒会室でソルと別れてから、一週間が経過していた。その間に、俺とソルは全く顔を合わせていない。ソルが騎士団に泊まり込みで訓練しているということも理由の一つだが、それ以外にも理由があった。


俺とソルには、学園側から接触禁止命令が出ていた。

理由はソルの魔力暴走の原因に、少なくとも俺が絡んでいると推測されたからだ。特別訓練の際に、俺が情けなくも戦闘不能になった姿を、ソルに見せてしまったから……。

優しいソルにとって、俺が仮の死になった状態は、精神的に応えてしまったのかもしれない……。自分の未熟さが、こんなにも腹立たしい。

そして、何よりも……。


「……ソル……」


ソルに会えないことが、この上なく寂しかった。

この世界に来てから、傍らにはずっとソルがいた。たった一週間しか経っていないのに、人の気配がない静かな寮室に帰っても、ただ虚しさを感じてしまうばかりだ。


俺達の間では、手紙のやり取りも、他者を介しての伝言も禁じられている。魔力暴走にどう影響するか、分からないからだそうだ。つまり、完全に俺とソルは離れ離れになっていた。

ソルがどんな状態なのかも、全く俺には分からない。励ましの言葉もかけてやれない、何もしてやれないこの状況が、やるせなかった。


「……寂しいだなんて、言ってられないのにな……」

魔王討伐に向けて、大切な時期だというのに……。
寂しさが俺の心を、落ち着かせてくれない。


自嘲気味に呟いて、俺は無理矢理に俯いた。いつまでも未練がましく、ソルが居るかもしれない塔を見てしまいそうだったから。暗い気持ちで思考に囚われていた中、優しげな甘い声が俺を呼んだ。右肩を優しくポンッと叩かれた感触がして、思わず振り返る。


「そこの青年。明日、休日だよね?ちょっと、買い物に付き合ってくれる?……お兄さんが良いところに連れてってあげるよ」

振り返った俺の視界に飛び込んだのは、柔らかくも印象深い翡翠色だった。


「ジェイド……?」





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