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第8章 乙女ゲームが始まる

ソルの心配事、俺は幼子じゃないんだが

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「今日から、騎士団に泊まり込みで修業に行って来い。終わるまで授業も受けなくていい。……というか、習得するまで学園には帰って来れないからな?」


「……えっ?」

ソルが驚きの声を上げる中、既にアウルム殿下とクレイセルはソファから腰を上げていた。


「ソレイユ、アル、エストレイア、クレイセルの4人は急いで支度をして国立騎士団の詰所に行け。……アル、騎士団までの案内は頼んだ。」

「承知しました、兄上」

未だに、口を開けてポカンっとしているソルを他所に、アウルム殿下は淡々と頷いた。おそらくソル以外の3人は、事前に訓練について知っていたのだろう。


黙ってロワレクス王太子殿下の傍らに控えていたエストは、一番端に座るソルへと近づくと左肩をペシッと叩いた。


「何をぼさっとしている。行くぞ」

「……」

エストに促されたソルは、不安げに俺へと視線を寄越す。突然のこと続きで、頭が追い付いていないんだろうな……。


ソルの膨大な魔力を抑え込むのは、最優先事項だ。再び魔力暴走を起こせば、今度は本人の身体がその負荷に耐えられない。離れてしまって少し寂しくなるが、ソル自身のためだから……。

俺はソルを励ますためにも、一度強く頷いた。


「……ソル、大丈夫だ。ソルなら魔力制御を必ず習得出来る」

ソルは何故か神妙な顔をして、曖昧に俺へと頷き返した。


「……うん。ヒズミも色々と気をつけてね……?」


……??
えっと、何に気を付ければいいんだろう?

優しいソルのことだから、俺が体調を崩さないかとか、そう言うことだろうか?


「……ああ、分かった」

なにやら分からないが、とにかく油断しなければ良いのだろう。ソルを心配させまいと返事をすると、さらに眉根を寄せて顔をしかめる。

部屋のドア前まで向かっていたソルが、くるりと方向を変えて俺のほうに戻ってくる。俺よりも少し大きな手で両手を握られると、ソルはまっすぐと目を向けて俺に諭した。


「絶対分かってない。すぐに帰るから、待っていてヒズミ。……むやみに可愛い笑顔を振りまいちゃダメだ。人に隙を見せてもダメ。知らない人には、付いて行かない。……いいね?」


「……俺は、子供か?」

随分と俺に過保護になってしまうソルに、俺は半分いじけて顔を横に向けた。それに、なんだか変な言葉も入っていた気がするんだが……。可愛い笑顔なんて、俺にはもともと出来ない。


ソルのなおも心配そうな視線を浴びせる中、エストが強引にソルの首根っこを掴んで部屋の外へと連れ出していく。
観念したようにソルはうなだれると、引き摺られながら部屋から出て行った。


一気に静かになった生徒会室で、俺とロワレクス王太子殿下は2人きりになる。……正確に言うなら、2人だけではないのだけれど。


ロワレクス王太子殿下は、扉を眺めていたルビー色の瞳を俺へまっすぐと向けた。


「……さて、ヒズミ。お前も生徒会に入ってもらうぞ」

最初から拒否権は無いと言われていたから、断ることはできない。ただ、どうしても疑問に浮かぶことがある。


「……なぜです?俺は高位貴族でも無ければ、成績優秀者でもない……。ただの一般生徒です」

もっと言うなら、片田舎から出てきた冒険者であり、ただの平民だ。王太子殿下から直々の指名とは言え、俺が生徒会に所属すると他生徒から反感を買う気がするんだが……。


「……『ただの一般生徒』ねえ……?」

俺の言葉を反芻したロワレクス王太子殿下に、俺は首を傾げた。次の言葉を待っていると、俺の感知魔法に何かが反応した。


「っ?!」

天井からの僅かな風切り音を感知して、俺は瞬時にソファから飛び退いた。俺が座っていたソファの座面に、鋭利な金属が立て続けに刺さる。

黒色の小型ナイフの柄だけが、柔らかなで上質な生地から飛び出ていた。


俺はロワレクス王太子殿下へ、すぐに防御結界を施した。それと同時に、懐に忍ばせて置いた超薄型の短剣を数本指に挟んで取り出す。

気配があった天井へと、魔力を纏わせた短剣を投げ放つ。俺の投げた薄く鋭利な刃は天井へと深々と突き刺さった。


「……覆え」

闇魔法で編み出した雷が、短剣から天井に紫の稲光を走らせる。天井を雷で覆ったから、隠れている人物には逃げ場が無くなるはずだ。

程なくして天井から、一切の物音を立てずに黒色の影が降り立った。


全身黒づくめでフードを目深に被った人影は、ナイフを次々と俺に向けて投げてくる。俺は急ごしらえで闇魔法の鉱石を構築し、紫水晶の短剣を両手に構える。

甲高い音が響かせながら、投げれたナイフを弾き返す。


……この攻撃は、あくまでも目くらましだ。
その証拠に俺の足元から魔力の流れを感じる。


「拘束!」

楽し気な男性の声で人影が言い放つ。その声に呼応するように、足元から黒煙が立ち昇り帯状に伸びて、俺を拘束しようと動き出した。

影の布紐と言ったところだろうか……。
俺は高密度に練り上げた闇魔法を、指先に纏わせ帯に触れた。


「瓦解!」

影の帯全体を鉱石化し、細かな粒子に物質変化させる。パリンッ!という音とともに、黒い帯が粉々に散った。光を反射して黒色の破片が舞う中、気配を消した切っ先が、右側から俺の喉元を狙い近づく。

向けられた切っ先を弾き、人影に蹴りを繰り出して距離を取らせた。


「えー。あっさり拘束魔法、解除されちゃったんだけど……。隠し武器まで持ってるなんて、本当に君はうち向きだね?益々ほしいなぁー」

目の前の人影が、戯れるような声を出したところで、それまで黙って戦闘を見ていたロワレスク王太子殿下がぼそりと呟いた。


「チッ……、縛られとけよ……」


……今、ロワレクス王太子殿下から舌打ちと不穏な言葉が聞こえたんだが、気のせいだよな……?


「……まあ、良い。そこまでだ」

ロワレスク王太子殿下が目の前の人影に手を振ると、人影は臨戦態勢を解いた。 

俺はしばらく警戒したままだったが、相手が両手をヒラヒラとさせたところで、ようやく手に握っていた闇魔法の短剣を消した。

影そのものであるような印象を与える、全身黒色の服を着た男は、俺に目線を合わせるように屈んだ。

身長が俺より頭2つ分は高い。


「君には初めて会うよね?名乗れないけど、王太子殿下の影として動いている、暗部隊長だよ。よろしくね……?」

フードで隠れて表情は分からないが、こちらの様子を愉快げに窺う雰囲気が伝わった。 

この怪しげでとても希薄な気配を感じるのは、今回が初めてではない。


「……いえ。お会いするのは、初めてではないかと…… 」

「う~ん?どうしてかな??」

顔を隠したままの暗部隊長が、子供へ問いかける優し気な口調で聞いてくる。

フードで隠された視線は、明らかに俺を強く射貫いているのが伝わってきて、その戯れる口調と視線の鋭さの格差に奇妙な感覚になる。


「……騎士団との特別訓練の際、ご覧になっていましたよね?訓練場の柱の隅で」

先生方や生徒、騎士団員がいる中で一つだけ、特異な存在だった気配。俺たちの様子を、隠れながら見ている存在に俺は気が付いていた。


「っ!!やーっぱり!君はいいねえ!最高だ!」

暗部隊長に両手を取られて、上下に忙しなく振り回される。はぁ、はぁと興奮気味に荒い息を吐く暗部隊長を、ロワレスク王太子殿下は呆れた目で見ていた。
やがて、俺たち2人に席に座るよう申し付ける。


「今回の特別訓練の結果、最優秀学生はヒズミだった。全騎士団から、スカウトしたいと打診が来ているほどだからな」

ついでに、目の前の暗部からもな……。とロワレクス王太子殿下は付け加えた。

これだけの功績があれば、誰も生徒会入りに文句は言えまい、とロワレスク王太子殿下が断言する。さらに、「第一、暗部隊長の攻撃をいなす学生が、一般生徒なはずがねえだろうが!」とぼやいていた。


「ヒズミには英傑と共に最前線で戦ってほしい……。それに、ヒズミは実に興味深い。……カンパーニュでのスタンピードの件と言い、魔王城の件と言い……な?」

「っ?!」


「どんな些細なことでも良い。ヒズミは気が付いたことを、すぐに俺に共有してほしい。生徒会にヒズミがいれば、何時でも情報を聞ける。……頼んだぞ」


    
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