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第7章 乙女ゲームのシナリオが少しずつ動き出す

魔王復活への足音、予期せぬ事態(ロワレクスside)

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(ロワレクスside)


学園の古めかし廊下を足早に進みながら、俺は隣を歩く学校保健師へ説明を求める。


「被害人数は……?」

「負傷者は生徒2名。戦闘中だった他の騎士と生徒に怪我はありません。魔力暴走の直後に、1人の教師が防御結界を施したおかげです。壁に激突し気を失った騎士にも、怪我はありません」


流石は俺の魔法の師であるアイトリア。あいつがいなかったら、清風騎士団員の命は無かっただろう。


訓練場は爆風で観覧席の座席が宙を飛び、石壁は崩れ落ちて、天井には大きな穴がぽっかりと開いた。荒れ果てた訓練場の様子からも、人命に被害がでなかったのは奇跡だと言える。

あれだけ大規模な魔力暴走は、下手したら辺り一帯が野に帰る、それぐらいの魔力量だった。


それを無理矢理にでも抑え込んだあの1年は、やはり英傑の器だということだろうか。もう1人、気がかりな生徒がいるがな……。


「……負傷した生徒の容態は?」

「1名は軽傷です。勇者も今は落ち着いています。……それにしても、まさか『星喰いのかけら』がこの世に存在するなんて……」

学校保健師が、未だに信じられないという口ぶりで呟く。

……あの青年なら、何を持っていても驚かないがな……。
むしろ、そういった幻想的なものの方から、美しく澄んだ彼に寄って来ているとさえ感じる。


古代の大賢者が生み出したアーティファクトであり、存在しているかさえも怪しかった秘宝『星喰のかけら』。


それが一男子生徒の懐から出てきたなんて、やはり彼は面白い。廊下を歩く最中、美しい闇の青年を思い浮かべ内心ほくそ笑む。表情には出さないまま、隣を歩く学校保健師へと視線を向けた。浮ついた学校保健師へと釘を刺す。


「……その話は内密にしろ」

意識しないまま自分でも驚くほどに、地を這うような低い声が出た。俺の怒気が混じった声に、学校保健師は顔面蒼白で首を上下に忙しなく動かす。


どうやって勇者の体内を暴れ回っていた魔力を落ち着かせたのか、後々調査が入るだろう。しかし、彼のことを報告する気は一切ない。

あのクソ親父のことだ。美しく不思議な魅力を持つ彼の存在を知れば、何に利用するか分からない。


闇の花は密やかに、夜露を滴らせて月夜に咲くのが最も美しいのだ。それを、王宮に漂う穢れた欲望の泥で汚したくはない。

今回はエストレイアがアーティファクトを持っていたことにする。エストレイヤは大賢者の子孫だ。所持していたとしても、なんら不思議ではない。


歴史的発見に浮かれていた学校保健師が黙りこくったのを無視して、学園長室の前で足を止めた。学園長室の重厚な扉を、学校保健師が恭しくノックする。

俺が名乗りを上げると、入室を許す返事より先に扉が内側に開いた。


「ロワレクス王太子殿下、お待ちしておりました。既に全員集まっております」

くすんだグレーとベージュを混ぜたような色の髪を、ゆるりと項で一括りにした中年男性が、ドアを開けて俺を出迎えた。年相応の色気を持つ男性は、仕立ての良い紫紺の服を身に纏い、厳しさも備えた緑色の瞳を細めて落ち着いた様子で微笑む。


「……すまないな、学園長。今回ばかりは、王太子として事を進めさせてもらう」

学園に通っている間は、俺も生徒の一員だ。普段なら学園長の指示に従う義務があるのだが、今回ばかりは緊急だった。学園長もそれを分かっていて、俺の指示に従ってくれている。

有能な人材は緊急事態にも臨機応変に対応してくれるから、非常に助かる。


学園長室の長机に座る屈強な男たちの視線が、俺へと集中する。各騎士団員の2トップが、今日この学園に揃っているのは幸運というべきか……。

厳しい顔をする面々の中に、ミルクティー色の頭が見える。訓練場にいたアイトリアも、今回は当事者として集めてもらった。学校保健師も同様だ。


俺は全員の顔が見える一番中央の席に腰を下ろすと、さっそく本題に入った。


「緊急で集まってもらったのは、他でもない……。英傑の1人、勇者が現れた。」

俺は言葉を放ったと同時に、全員の顔を注意深く観察した。

未だに欠番となっていた勇者が現れたとあって、騎士団員や学園長は驚きの表情で息を飲む。学校保健師は治療中に紋章を確認したから、表情に変わりはない。


一人だけ、複雑そうな表情をした男がいる。
右角隅に座っているアイトリアは、俺から視線を下に少しだけ伏せると、眉間にしわを寄せた。


アイトリアは勇者である生徒と、カンパーニュの冒険者ギルドで出会い、学園入学前からの仲だと聞いている。

……訓練場にいたのは、おそらく偶然ではないな……。


「勇者の名はソレイユ。1学年Aクラスに所属する男子生徒だ……。今回の魔力暴走を引き起こした、張本人でもある」

これには、緑風騎士団の団長、副団長が目を見張っていた。彼らはソレイユが学園に入学する際の推薦者だったか……。


「魔王復活のときが、いよいよ近づいた。……明日、国民に勇者が現れたこと、並びに魔王復活の時期について伝える」

不安を煽る形にはなってしまうが、国民自体にも危機感を持ってもらわなくては困るのだ。いざというときに国民自身で動いてくれなくては、守れる者も守れない。


「これによって、国民が混乱に陥るのは避けられない。各騎士団は街の治安に目を光らせろ。そして、もう一つ……」


「英傑たちの実力強化のため、騎士団は英傑とともに訓練を実施せよ。それぞれの英傑に適した訓練を、騎士団総括が考えている。」

今の若き英傑たちは、まだまだ実力不足だ。
俺の弟と騎士団総括の息子である脳筋は、魔物との戦闘に不慣れ。戦闘訓練でも柔軟性に欠けた。

エストレイアの戦略を考える頭脳は申し分ない。あとは勇者も交えての連携戦術と、魔法の実力をさらに上げてもらう。

ソレイユに関しては、膨大な魔力を制御することが最優先だ。それさえ出来るようになれば、英傑の中でもかなりの戦力となるだろう。


「私も今後は、彼らと長く時間を共にしたほうが良いでしょう。必要時は学園に泊まり込んでも?」

アイスブルーの切れ長の瞳を向け、ヴィンセント緑風騎士団長が俺へと問いかける。


「ああ、頼んだ。……彼らはまだ戦場の厳しさを知らないだろう。戦いに慣れたお前の力が必要になる。……学園長、協力を頼んだ」

魔王との戦いは、一日では終わらない。その長い戦いの最中で、精神的に堪えるものがあるだろう。そういった面では、歴戦の戦士である、この者が守護者としてふさわしい。


「承知しました」

学園長の淡々とした返事を聞いていた矢先、左耳につけているイヤーカフから緊急伝達魔法を知らせる、耳障りな音が聞こえた。大方、勇者の件で王が騒いでいるのだろうと嫌々ながらも報告を受ける。


「……っ?!なっ……」

いつもより上擦った声で発せられた、宰相からの報告に俺は目を見張る。


これは図られたタイミングか?
それとも、神の悪戯なのか……?

……なんて、おあつらえ向きなんだ。


「……たった今、王宮から緊急連絡が入った…… 」

そこで、俺は言葉を切った。自分を落ち着かせるために、あえて間を開ける。


「……聖女が見つかった」


一瞬、部屋の時が止まったかのように無音になった。



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