125 / 201
第7章 乙女ゲームのシナリオが少しずつ動き出す
戦闘訓練の最中、禍々しい光の渦
しおりを挟む「これで、やっと君たちだけに集中できる。……さあ、私たちだけで決着をつけよう」
鋭利な紫水晶の柱を跳んで躱したアレンが、クツクツと喉を鳴らして笑った。程なくして、爆発音のあとにパリンっ!と保護石の割れる音が響く。
リュイも討ち取られたか……。思わず俺は奥歯を噛み締めた。
「……春の風」
ソルの小さな呟きのあとに、俺の身体を温かな風がふわりと包み込んだ。雨に打たれた重い服が一気に乾く。ソルの火魔法だ。ソルの心地よい魔力に髪も擽られ、俺は詰めていた息をそっと吐いた。
……残ったのは、俺とソルだけ。絶対絶命だな。
一呼吸、深く息を吸った。
近くにいるソルも、俺と同じく深呼吸している気配がする。ソルの息遣いに、俺は無意識に呼吸を合わせていた。感覚さえも共有しているような、不思議な一体感。
それはずっと2人で一緒に戦闘をして培った、俺たちだけの武器。何人たりとも揺るがせることができない、固い絆。
俺が闇魔法の最大限に魔力を練り上げると、隣にいたソルがはっと息を飲んだ。
「……ソル、頼んだぞ?」
俺がソルに薄く微笑むと、ソルが黙って頷いた。
これを使うと、俺は数秒間動けなくなる。その間にソルには頑張ってもらおう。リスクはデカいけど、ここで決着を着けなければ俺たちの体力が持たない。
……俺とソルなら、きっと大丈夫だ。
俺たちは無言で動き出した。
ソルが先陣を切って、紫水晶で覆われた床を駆け出す。ソルの頭上には、いくつもの光の球体が浮いていた。
「撃て!!」
ソルの気迫の籠った声に呼応して、光たちは閃光の銃弾となってアレンに一直線に向かった。アレンが小さな防御結界を盾に、攻撃をやり過ごす。
ソルが時間を稼いでいる後ろで、俺は魔力を一気に放出した。
「……暗黒の帳(とばり)!!」
俺の叫びとともに、蛍光紫の四角形が次々と俺を囲う。クルクルと回転する四角形はやがて大きくなり、訓練場全体に広がっていった。
端々に広がった四角形は、闇魔法の眩しい光の膜を立ち上らせる。広範囲にわたって、薄紫のカーテンが揺らめくように訓練場を囲った。
「閃光の覇者!!」
叫んだソルの身体が黄金に光り、長剣が眩しいほどの光を放つ。光を纏ったソルは風切り音を立てながら、アレンへと突進し斬りかかった。
甲高く耳に轟く金属音に、激しく剣が交わった衝撃で風圧が一帯に広がった。突風で身体が吹き飛びされそうになる。
「っ!その魔法をその年齢で使いこなすのか……。ならば、私も応えよう。『閃光の覇者』」
交わった刃を軋ませ、ソルとアレンは鍔迫り合いをしてお互いに一歩も譲らない。
光の速度を利用して、攻撃速度を上げる魔法『閃光の覇者』。高難度な魔法を駆使したソルを褒め、自身も同じ魔法で対応しようと勇んだアレンが、直後に訝しげな表情をするのが見えた。
「?!……ぐっ!!」
一瞬だけ大きく目を見開き、アレンは短いうめき声を上げて顔をしかめる。貴族然とした余裕の微笑みが、この模擬戦が始まってから初めて崩れた。
……どうやら、異変に気が付いたようだ。
今まで簡単に押し返していたソルの刃に、アレンが逆に押されている。徐々に剣がアレン側へと傾くと、アレンは力を一気に抜いて後退していった。
周囲をちらりと見遣り、アレンは苦々しい表情をして俺を睨みつけた。
「……えげつない魔法を仕掛けたな……。魔力まで吸うなんて」
アレンの声音は、切迫した緊張感を滲ませていた。
闇魔法の広範囲魔法『暗黒の帳』。
一定時間、敵の属性魔法を無効化し、なおかつ敵の魔力を吸い上げる大魔法だ。俺の場合は数十秒間に限られるし、効果が発動している間はその場から動けなくなる。
かなり魔力を消費したが、これでアレンの属性魔法は封じた。
「はっ!!」
アレンは武器強化と身体強化魔法のみで、それでもソルの剣を捌き続ける。属性魔法が使えず、さらには絶えず魔力を吸われても、この人は純粋にソルより強いのだ。
まずいな……。
最後の一手が決まらない。
あと少しで魔法の効果が解ける。ソルも焦りのせいか、アレンに切り掛かる動きが単調になっていた。俺たちの焦りは、アレンにも確実に伝わっているようだった。
ソルの攻撃を受けるのではなく、幾度となく躱して時間を稼いでいる。アレンの魔力が尽きるのが先か、こちらの闇魔法が尽きるのが先か……。
「くっ……!時間切れかっ!」
訓練場を覆っていた紫色の帳が、完全に消えた。俺は地面を蹴って急いでソルの元へと駆けた。ソルと一緒にアレンを挟み打ちにする。
アレンのレイピアに黄金の光が戻る。アレンに斬り掛かったソルの長剣が大きく弾かれ、ソルが体勢を大きく後ろに崩した。その僅かな隙を、目の前の騎士が見逃すはずが無かった。
「終わりだっ!!」
アレンが咆哮を挙げ、細剣の切っ先が眩しく光る。
魔力の濃さからして、ソルを仕留めに掛かっているのは明らかだった。鋭い閃光となった切っ先が、ソルを突き殺そうと左胸に一直線に向かう。
あまりにも早い攻撃に、ソルの防御は間に合いそうにない。
「反転!!」
咄嗟に俺は叫んで、なけなしの魔力をソルへと放出した。身体が強い力に引っ張られていく感覚がする。
瞬き一つの間に、俺とソルの立ち位置が入れ替る。
「ぐぅっ!!」
アレンがソルに刺突したレイピアの切っ先を、俺は交差させた双剣の中心で受け止めていた。あまりにも強い衝撃で爆風が起こり、俺は壁へと勢い良く身体が吹っ飛ばされる。
「かはっ!!」
ドゴォッ!!と鈍い音を立てながら、俺は硬い石壁に背中を強打した。パリンッ!と乾いた音が、俺の胸元から聞こえた。息が一瞬だけ止まり、胸に詰まった空気が喉から遅れて吐き出される。
あまりの衝撃に、打ち付けられた壁にはヒビが入ったのだろう。石屑となった壁の一部が俺と一緒に下へとずり落ちていった。
……双剣で防御しても、一発で致命傷になる威力。
やはり、アレンの攻撃は一撃必殺だったようだ。
俺の左胸に付けていた保護石が、粉々に砕け散っていた。薄紫の床に、赤色の小さな破片が光を反射して散らばっている。壁に打ち付けられた鈍い衝撃は感じたが、身体に痛みはなく、怪我もない。保護石の防御結界に守られたおかげだろう。
俺の死は、決して無駄にならないはずだ。
壁をずり落ちるときに、俺はアレンとソルの戦況を垣間見た。俺へ魔法を混じえた刺突をしたアレンは、その攻撃の余韻で右脇に一瞬の隙ができていた。
「行け……。ソル。」
壁を無様にずり落ちながら、俺はニヤリと笑って呟いた。隙ができたアレンの右側に、ソルが長剣を構え立っている。攻撃するなら、今がチャンスだ。
地面に身体がうつ伏せに落下して、身体を起き上がらせる。ソルの戦況を見守ろうと俺が顔を上げた、そのときだ。
ドクンっ。
訓練場の空気が、一瞬大きく脈打って歪んだ。
「っ?!」
目に見えない何かが、訓練場の大気を大きく打ち付けた。大きな鼓動は俺の脳内にも轟き、身体は上から押し潰されたように、地面にめり込むかと思うほど重くなる。
言いようのない危機感が、俺の身体を駆け巡る。そして、すぐに異変に気が付いた。
「……ソル……?」
アレンの傍に立つ、ソルの様子がおかしい。琥珀色の目を見開いたまま、両手を下に降ろして呆然と立ち尽くしている。
驚愕の表情で、ソルは俺を見ている。
……いや、見ているようで焦点が定まっていない。いつもなら必ず視線が合う琥珀色の瞳と、俺の視線が交わらない。
身体を小刻みに震えさせながら、ソルはカタカタと小さく口を動かした。
「……ヒズ、……ミ____?」
俺の名前を、蚊の鳴く様な声で呼んだソル。
その消え入りそうな呟きが終わった直後、ソルの全身から魔力が凄まじい勢いで一気に溢れ出た。
黄金の光が一閃となってソルから放たれ、訓練場の天井を突き破り、さらには空をも突き刺した。あまりの眩しさに思わず目を閉じる。
眩しい閃光が治まると、ソルはゆらり、ゆらりと怪しげな黄金の炎を纏わせ呆然と立ち尽くしている。
「魔力暴走だ!!!」
生徒の誰かの叫び声が、訓練場に響いた。
131
お気に入りに追加
6,033
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。
薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。
アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。
そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!!
え?
僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!?
※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。
色んな国の言葉をMIXさせています。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ
秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」
ワタクシ、フラれてしまいました。
でも、これで良かったのです。
どのみち、結婚は無理でしたもの。
だってー。
実はワタクシ…男なんだわ。
だからオレは逃げ出した。
貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。
なのにー。
「ずっと、君の事が好きだったんだ」
数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?
この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。
幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる