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第7章 乙女ゲームのシナリオが少しずつ動き出す
戦闘訓練の最中、禍々しい光の渦
しおりを挟む「これで、やっと君たちだけに集中できる。……さあ、私たちだけで決着をつけよう」
鋭利な紫水晶の柱を跳んで躱したアレンが、クツクツと喉を鳴らして笑った。程なくして、爆発音のあとにパリンっ!と保護石の割れる音が響く。
リュイも討ち取られたか……。思わず俺は奥歯を噛み締めた。
「……春の風」
ソルの小さな呟きのあとに、俺の身体を温かな風がふわりと包み込んだ。雨に打たれた重い服が一気に乾く。ソルの火魔法だ。ソルの心地よい魔力に髪も擽られ、俺は詰めていた息をそっと吐いた。
……残ったのは、俺とソルだけ。絶対絶命だな。
一呼吸、深く息を吸った。
近くにいるソルも、俺と同じく深呼吸している気配がする。ソルの息遣いに、俺は無意識に呼吸を合わせていた。感覚さえも共有しているような、不思議な一体感。
それはずっと2人で一緒に戦闘をして培った、俺たちだけの武器。何人たりとも揺るがせることができない、固い絆。
俺が闇魔法の最大限に魔力を練り上げると、隣にいたソルがはっと息を飲んだ。
「……ソル、頼んだぞ?」
俺がソルに薄く微笑むと、ソルが黙って頷いた。
これを使うと、俺は数秒間動けなくなる。その間にソルには頑張ってもらおう。リスクはデカいけど、ここで決着を着けなければ俺たちの体力が持たない。
……俺とソルなら、きっと大丈夫だ。
俺たちは無言で動き出した。
ソルが先陣を切って、紫水晶で覆われた床を駆け出す。ソルの頭上には、いくつもの光の球体が浮いていた。
「撃て!!」
ソルの気迫の籠った声に呼応して、光たちは閃光の銃弾となってアレンに一直線に向かった。アレンが小さな防御結界を盾に、攻撃をやり過ごす。
ソルが時間を稼いでいる後ろで、俺は魔力を一気に放出した。
「……暗黒の帳(とばり)!!」
俺の叫びとともに、蛍光紫の四角形が次々と俺を囲う。クルクルと回転する四角形はやがて大きくなり、訓練場全体に広がっていった。
端々に広がった四角形は、闇魔法の眩しい光の膜を立ち上らせる。広範囲にわたって、薄紫のカーテンが揺らめくように訓練場を囲った。
「閃光の覇者!!」
叫んだソルの身体が黄金に光り、長剣が眩しいほどの光を放つ。光を纏ったソルは風切り音を立てながら、アレンへと突進し斬りかかった。
甲高く耳に轟く金属音に、激しく剣が交わった衝撃で風圧が一帯に広がった。突風で身体が吹き飛びされそうになる。
「っ!その魔法をその年齢で使いこなすのか……。ならば、私も応えよう。『閃光の覇者』」
交わった刃を軋ませ、ソルとアレンは鍔迫り合いをしてお互いに一歩も譲らない。
光の速度を利用して、攻撃速度を上げる魔法『閃光の覇者』。高難度な魔法を駆使したソルを褒め、自身も同じ魔法で対応しようと勇んだアレンが、直後に訝しげな表情をするのが見えた。
「?!……ぐっ!!」
一瞬だけ大きく目を見開き、アレンは短いうめき声を上げて顔をしかめる。貴族然とした余裕の微笑みが、この模擬戦が始まってから初めて崩れた。
……どうやら、異変に気が付いたようだ。
今まで簡単に押し返していたソルの刃に、アレンが逆に押されている。徐々に剣がアレン側へと傾くと、アレンは力を一気に抜いて後退していった。
周囲をちらりと見遣り、アレンは苦々しい表情をして俺を睨みつけた。
「……えげつない魔法を仕掛けたな……。魔力まで吸うなんて」
アレンの声音は、切迫した緊張感を滲ませていた。
闇魔法の広範囲魔法『暗黒の帳』。
一定時間、敵の属性魔法を無効化し、なおかつ敵の魔力を吸い上げる大魔法だ。俺の場合は数十秒間に限られるし、効果が発動している間はその場から動けなくなる。
かなり魔力を消費したが、これでアレンの属性魔法は封じた。
「はっ!!」
アレンは武器強化と身体強化魔法のみで、それでもソルの剣を捌き続ける。属性魔法が使えず、さらには絶えず魔力を吸われても、この人は純粋にソルより強いのだ。
まずいな……。
最後の一手が決まらない。
あと少しで魔法の効果が解ける。ソルも焦りのせいか、アレンに切り掛かる動きが単調になっていた。俺たちの焦りは、アレンにも確実に伝わっているようだった。
ソルの攻撃を受けるのではなく、幾度となく躱して時間を稼いでいる。アレンの魔力が尽きるのが先か、こちらの闇魔法が尽きるのが先か……。
「くっ……!時間切れかっ!」
訓練場を覆っていた紫色の帳が、完全に消えた。俺は地面を蹴って急いでソルの元へと駆けた。ソルと一緒にアレンを挟み打ちにする。
アレンのレイピアに黄金の光が戻る。アレンに斬り掛かったソルの長剣が大きく弾かれ、ソルが体勢を大きく後ろに崩した。その僅かな隙を、目の前の騎士が見逃すはずが無かった。
「終わりだっ!!」
アレンが咆哮を挙げ、細剣の切っ先が眩しく光る。
魔力の濃さからして、ソルを仕留めに掛かっているのは明らかだった。鋭い閃光となった切っ先が、ソルを突き殺そうと左胸に一直線に向かう。
あまりにも早い攻撃に、ソルの防御は間に合いそうにない。
「反転!!」
咄嗟に俺は叫んで、なけなしの魔力をソルへと放出した。身体が強い力に引っ張られていく感覚がする。
瞬き一つの間に、俺とソルの立ち位置が入れ替る。
「ぐぅっ!!」
アレンがソルに刺突したレイピアの切っ先を、俺は交差させた双剣の中心で受け止めていた。あまりにも強い衝撃で爆風が起こり、俺は壁へと勢い良く身体が吹っ飛ばされる。
「かはっ!!」
ドゴォッ!!と鈍い音を立てながら、俺は硬い石壁に背中を強打した。パリンッ!と乾いた音が、俺の胸元から聞こえた。息が一瞬だけ止まり、胸に詰まった空気が喉から遅れて吐き出される。
あまりの衝撃に、打ち付けられた壁にはヒビが入ったのだろう。石屑となった壁の一部が俺と一緒に下へとずり落ちていった。
……双剣で防御しても、一発で致命傷になる威力。
やはり、アレンの攻撃は一撃必殺だったようだ。
俺の左胸に付けていた保護石が、粉々に砕け散っていた。薄紫の床に、赤色の小さな破片が光を反射して散らばっている。壁に打ち付けられた鈍い衝撃は感じたが、身体に痛みはなく、怪我もない。保護石の防御結界に守られたおかげだろう。
俺の死は、決して無駄にならないはずだ。
壁をずり落ちるときに、俺はアレンとソルの戦況を垣間見た。俺へ魔法を混じえた刺突をしたアレンは、その攻撃の余韻で右脇に一瞬の隙ができていた。
「行け……。ソル。」
壁を無様にずり落ちながら、俺はニヤリと笑って呟いた。隙ができたアレンの右側に、ソルが長剣を構え立っている。攻撃するなら、今がチャンスだ。
地面に身体がうつ伏せに落下して、身体を起き上がらせる。ソルの戦況を見守ろうと俺が顔を上げた、そのときだ。
ドクンっ。
訓練場の空気が、一瞬大きく脈打って歪んだ。
「っ?!」
目に見えない何かが、訓練場の大気を大きく打ち付けた。大きな鼓動は俺の脳内にも轟き、身体は上から押し潰されたように、地面にめり込むかと思うほど重くなる。
言いようのない危機感が、俺の身体を駆け巡る。そして、すぐに異変に気が付いた。
「……ソル……?」
アレンの傍に立つ、ソルの様子がおかしい。琥珀色の目を見開いたまま、両手を下に降ろして呆然と立ち尽くしている。
驚愕の表情で、ソルは俺を見ている。
……いや、見ているようで焦点が定まっていない。いつもなら必ず視線が合う琥珀色の瞳と、俺の視線が交わらない。
身体を小刻みに震えさせながら、ソルはカタカタと小さく口を動かした。
「……ヒズ、……ミ____?」
俺の名前を、蚊の鳴く様な声で呼んだソル。
その消え入りそうな呟きが終わった直後、ソルの全身から魔力が凄まじい勢いで一気に溢れ出た。
黄金の光が一閃となってソルから放たれ、訓練場の天井を突き破り、さらには空をも突き刺した。あまりの眩しさに思わず目を閉じる。
眩しい閃光が治まると、ソルはゆらり、ゆらりと怪しげな黄金の炎を纏わせ呆然と立ち尽くしている。
「魔力暴走だ!!!」
生徒の誰かの叫び声が、訓練場に響いた。
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